2020 年 22 巻 1 号 p. 31-46
Human immunodeficiency virus type 1(HIV-1)はヒトに感染すると徐々に免疫システムを破壊し後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome, AIDS)を発症させる.最近では有効な治療法によってAIDS への進行を抑制することが可能となったが,ウイルス排除は不可能であり長期治療が必要である.HIV-1 感染症の特徴の一つに感染者内で遺伝子情報が少しずつ違う集団quasispecies の形成がある.その原因は感染者内で行われるウイルス複製の過程で複製エラーと遺伝子組換えの2つのメカニズムが協働することと考えられる.その結果免疫システムから免れ易い株や抗HIV-1 薬に耐性も持つ株が出現すると考えられている.本論文では,酵素反応速度論でよく使われている迅速平衡をHIV-1 感染症のマルチスケールモデルに取り入れた迅速平衡マルチスケールモデルを提示する.迅速平衡を取り入れることで長期間のウイルス株の多様性を再現することが可能となった.迅速平衡はウイルス感染症の数理モデル研究においても有効と考えられる.