Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
液体状態における酢酸,ギ酸メチルの分子間相互作用依存性
西田 尚大金井 清二徳島 高堀川 裕加高橋 修
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2015 年 14 巻 3 号 p. 60-62

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Abstract

We performed theoretically to reproduce site-selective X-ray emission spectroscopy (XES) spectra of acetic acid and methyl formate in the liquid phase at two oxygen K-edge (OC=O and OOH,OCH3) to observe the intermolecular interaction dependence of XES spectra. Structure sampling as a cluster model was performed from a snapshot of molecular dynamics simulation. Relative intensities of XES with core-hole excited state dynamics simulation were calculated using density functional theory. We found that theoretical XES spectra were well reproduced experimentally.

1 背景・目的

近年,軟X線発光分光法 (X-ray Emission Spectroscopy: XES) の発展に伴い液体状態での軟X線発光スペクトル(XESスペクトル) が実験的に観測されるようになってきた [1,2,3,4].XESとは,分子中の特定原子上に局在化する内殻電子を励起した後の緩和過程時に放出する光の強度を観測する分光法であり,この分光法によって得られるスペクトルから分子の価電子状態密度分布を知ることができる.XESスペクトルは特定原子上の内殻電子を励起した後の発光強度を観測するため励起サイト近傍の分子構造によりスペクトルの外形が大きく異なるといった特徴を持つ.以前,徳島らは,液体酢酸での2酸素端 (OC=O, OOH) を選択的に励起した際のXESスペクトルを報告した [3].さらに今回,酢酸の構造異性体となるギ酸メチルに対しても2酸素端 (OC=O, OOCH3) を選択的に励起した場合でのXESスペクトルの測定を行った.液体状態において酢酸はOH…O 間の強い分子間相互作用が存在するが,ギ酸メチルは CH…O 間での分子間相互作用となり,酢酸の場合よりも弱いと予想される.そこで,本研究では酢酸とギ酸メチルの液体状態を忠実に記述したモデルを用いて2酸素端 (OC=O, OOH,OCH3) を選択的に励起した場合で得られるXESスペクトルを理論計算により算出し,実験で得られたスペクトルの再現をとる事でXESスペクトルの分子間相互作用依存性を観測することを目標とした.もしスペクトルの再現ができれば理論計算における分子間相互作用を正確に再現できたことになり,さらに各酸素端を励起した際の緩和過程時に生じるダイナミクスもスペクトルを算出する過程から知ることができる.

2 計算方法

まず平衡状態における液体状態の酢酸,ギ酸メチルを再現するため,分子動力学ソフトウェアパッケージGROMACS [5]を用い,OPLS-AA力場 [6,7]による1000分子でのNPT-アンサンブル下の分子動力学計算をタイムステップ0.2 fsとして40 ps間行った.続いてこの分子動力学計算によって得られた平衡状態の内の1つのスナップショットに対しクラスタ状に特定分子数をランダムに構造サンプリングし,このクラスタの中心上にある酢酸,ギ酸メチル1分子の2酸素端のいずれかに内殻正孔状態を生成し,タイムステップを0.25 fsとした40 fs間の内殻正孔動力学計算を行った.そしてこの計算によって得られた0∼20 fs間のトラジェクトリーに対して線スペクトル上に発光強度を求めた.これらの計算には密度汎関数プログラムdeMon2k [8]を使用した.最終的なXESスペクトルの計算には線スペクトルに対して半値幅を0.2 eVとしたGauss型関数でコンボリューションを行い,酸素端の内殻正孔寿命時間 τ ( = 4.1  fs ) に基づく指数関数型の減衰曲線による重みを付け,スペクトルの時間変化を足し合わせることで最終的1つのクラスタに対する理論スペクトルを得た.この操作を約100通りのサンプリングした構造に適用し,得られたスペクトルの平均を実験スペクトルと比較する理論スペクトルとした.

3 結果・考察

Figures 1, 2にそれぞれ酢酸とギ酸メチルの場合で得られた理論スペクトルと実験スペクトル,及びクラスタ中の励起サイトを持つ分子と分子間相互作用を形成している分子の0 fs と20 fs 時における構造の一例を示す.赤の点線は1分子モデルから得られた線スペクトルである.

Figure 1.

 Theoretical and experimental XES spectra at two oxygen K-edge (OC=O and OOH) in liquid acetic acid. Snapshots of dimer structures in the cluster model by the core-hole excited state dynamics at 0 and 20 fs for OC=O and OOH 1s excitations are also shown.

Figure 2.

 Theoretical and experimental XES spectra at two oxygen K-edge (OC=O and OOH) in liquid methyl formate. Snapshots of dimer structures in the cluster model by the core-hole excited state dynamics at 0 and 20 fs for OC=O and OOMe 1s excitations are also shown.

Figure 1より酢酸,ギ酸メチルの場合で実験スペクトルのOC=O 励起の場合のシャープなスペクトルとOOH, OOCH3 励起の場合のブロードなスペクトルを理論スペクトルは良く再現できていることが分かる.分子の構造変化についてはOC=O 励起の場合,20 fs 後の構造は0 fs 時の構造とほとんど同じであるが,OOH,OCH3 端励起の場合ではC–O 結合の伸長が起こり,酢酸のOOH端励起ではプロトンの転位が多くのクラスタで確認された.従って,OOH,OCH3 端励起の方がOC=O 励起よりも内殻正孔状態での分子のダイナミクスが大きいことが分かる.特にこのダイナミクスの大きい酢酸のOOH 励起の場合,理論スペクトルは1分子モデルの線スペクトルと比較して515から525 eVの範囲で実験スペクトルを良く再現していることが分かる.よって,内殻正孔状態での分子のダイナミクスを考慮し,クラスタモデルから得られる理論スペクトルはダイナミクスを考慮しない1分子モデルから得られる線スペクトルよりもより良く実験スペクトルを再現することができることが分かる.さらに酢酸とギ酸メチルの実験スペクトルに見られる特徴として,OC=O 励起時の524 eV, 525 eV 辺りの2つのピークが酢酸とギ酸メチルの場合で強度が逆転している事と,ギ酸メチルのOOCH3 励起時には525 eV 辺りに大きな谷が生じていることが挙げられる.理論スペクトルはこれらの特徴を良く捉えており,分子間相互作用の違いにより実験的に見られるスペクトルの特徴も理論スペクトルは良く再現できていることが分かった.

Acknowledgment

本研究は文部科学省科研費,旭硝子財団の研究助成金の支援を受けておこなわれた.

参考文献
  • 1   J. H. Guo, Y. Luo, A. Augustsson, J. E. Rubensson, C. Såthe, H. Agren, H. Siegbahn, J. Nordgren, Phys. Rev. Lett., 89, 137402 (2002).
  • 2   S. Kashtanov, A. Augustson, J.-E. Rubensson, J. Nordgren, H. Agren, J.-H. Guo, Y. Luo, Phys. Rev. B, 71, 104205 (2005).
  • 3   T. Tokushima, Y. Horikawa, Y. Harada, O. Takahashi, A. Hiraya, S. Shin, Phys. Chem. Chem. Phys., 11, 1679 (2009).
  • 4   Y. Horikawa, T. Tokushima, Y. Harada, O. Takahashi, A. Chainani, Y. Senba, H. Ohashi, A. Hiraya, S. Shin, Phys. Chem. Chem. Phys., 11, 8679 (2009).
  • 5   S. Pronk, S. Páll, R. Schulz, P. Larsson, P. Bjelkmar, R. Apostolov, M. R. Shirts, J. C. Smith, P. M. Kasson, D. van der Spoel, B. Hess, E. Lindahl, Bioinformatics, 29, 845 (2013).
  • 6   W. L. Jorgensen, J. Tirado-Rives, J. Am. Chem. Soc., 110, 1657 (1988).
  • 7   W. L. Jorgensen, D. S. Maxwell, J. Tirado-Rives, J. Am. Chem. Soc., 118, 11225 (1996).
  • 8   P.C. Andreas M. Köster, Mark E. Casida, Roberto Flores-Moreno, Gerald Geudtner, Annick Goursot, Thomas Heine, Andrei Ipatov, Florian Janetzko, Jorge M. del Campo, Serguei Patchkovskii, J. Ulises Reveles, Dennis R. Salahub, Alberto Vela, deMon developers, 2006.
 
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