Journal of Computer Chemistry, Japan
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Letters (Selected Paper)
Spreadsheet-based Learning Material Development for Understanding Molecular Dynamics and Application to Quantum Mechanics
Kazuo NARUSHIMAToru IWATAKEYusaku KAWAKAMI
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2015 Volume 14 Issue 3 Pages 57-59

Details
Abstract

The author is confident that knowledge of electronic materials and molecular simulation will become indispensable for future students of electrical and electronic engineering majors.This paper presents an approach for an introductory lesson on molecular simulation just inaugurated by the author. Specifically, the first step of molecular simulation was incorporated into the lecture "The Basic Theory of Optical Property." This lesson was taught using spreadsheets (Excel; Microsoft Corp.), which are familiar and easily used software for students. Comments by students after the lesson included the following; "Abstract contents were well understood through exercises," and "The significance of simulations was abundantly clear." Consequently, the author believes that effects anticipated from this lesson (the objective of this lesson) were attained to a good degree.

1 緒言

最近の電気産業界の進歩は,その大半を材料の発展におっているといっても過言ではない.スマートフォンや,ICなどの情報分野のみならず,電力ケーブル,変圧器など強電分野においても,材料の発展によって産業が発展してきた.電気電子工学系の技術者は,材料の知識・技術,さらに技術を開発する力が,今後,ますます必要となってきている.ところで,伝統的な材料の開発は,破壊試験を含む実験を中心に進められてきた.しかし,この方法は,経費がかかってしまう.そこで,最近では,コンピュータによる分子シミュレーションを駆使した開発が盛んにおこなわれている.以上の理由から,電気電子工学系の高専の学生にも電気材料や分子シミュレーションの知識・技術が必要であると著者は強く感じている.電気材料の知識や技術は,特に気に留めなくとも,電気材料などの講義や実験実習で習得可能である.しかし,分子シミュレーションに関しては,学生は,どの科目からも教わっておらず,時代の要請に不十分と感じている.

そこで,著者等は,高等専門学校(高専)の専攻科の学生を対象に,分子シミュレーションのごく初歩を教える授業を作り,昨年度から実践した.本稿では,この取り組みについて述べる.

2 授業の概要と実践

著者が担当している講義「光物性基礎論」の一部に,分子シミュレーションのごく初歩の話を組み込んだ.昨年度,平成26年度は,前期に開講された.本講義は,本校の専攻科生産システム専攻の学生が対象である.生産システム専攻は,本校本科の電気工学科出身の学生の他に,機械工学系の学科を卒業した学生が所属している.

「光物性基礎論」は,光と物質の相互作用を講義するための科目である.光の一つの側面である光子と,物質との相互作用には,光電効果,コンプトン効果,ルミネセンスがあげられる.このうち,光電効果とルミネセンスには,光電管やLEDなど,既に実用化されている素子が多数あり,講義にもこれらの構造や動作原理を詳しく話すことが可能である.しかし,コンプトン効果を実用化した素子は,これまでになく,どうしても講義内容が貧弱となってしまう.

「1. 緒言」で述べた理由に加えて,コンプトン効果の講義内容を補うためにも,光子をオリゴマーに照射させ,コンプトン効果による相互作用と光子照射後のオリゴマーの挙動を,分子動力学法を用いて計算する授業(分子動力学法とコンプトン効果に関する授業)を作った.この授業は,5回行った.このうち,2回程度は,コンプトン効果と分子シミュレーションに関する座学,残りの3回は,コンプトン効果と分子動力学法のExcelを用いた計算を,実習形式で行った.この授業により1)コンプトン効果の理解を学生に促し,さらに,2)分子シミュレーション,特に分子動力学法の初歩を学生が理解できる,といった効果が見込まれる.なお,光電効果,ルミネセンスと,光の波動としての性質は,他の10回程度で講義している.

分子動力学法とコンプトン効果に関する授業を受講する学生にとって,分子シミュレーション,特に分子動力学法は,初めて聞く言葉である.そこで,この授業では,学生にとってなじみがあり,平易であるExcelを用いて行った.Excelは,セル計算を繰り返し行うことにより,分子動力学法のような繰り返し計算を行うことが可能であり,分子動力学法の初歩を教授するのにすぐれたソフトである.このExcelを用いて,物理現象,化学現象を説明するための書籍や授業における試みは,既に存在しており [1] [2],これらを参考にして授業を作り上げた.分子動力学法とコンプトン効果に関する授業で用いた物理モデルは,直鎖状オリゴマーに光子を一回照射し,その後のオリゴマーの動きを分子動力学法(MD法)で計算するものである [3].

半導体や金属(導体)は,従来,重要な電気材料であった.しかし,近年,盛んに研究されている有機半導体太陽電池では,導電性高分子が用いられているものもあり [4],高分子材料が注目されている.また,光照射を用いた新たな素子としてフォトクロミック素子があるが,これも高分子を用いている [5].このように高分子材料は,金属や半導体に並び,重要な材料になりつつある.しかし,高分子は構成する原子数が多いため,このまま使用しては,実習に時間がかかりすぎ,都合が悪い.そこで,構成原子数数が少なく,かつ,ほぼ同等の特性を持つオリゴマ-を授業では用いた.ポリエチレンを模擬し,CH2原子団を5個をオリゴマーとみなし実習を行った.

実習は,著者等が作成したテキストに沿って進めた.このテキスト中では,Excelを用いた計算方法が詳細に記述されている.基本的には,受講する学生に,まず,(1)初期座標と初速度をExcelのセルに打ち込み,次に,(2)横の列のセルに,各原子団に働く力を計算させる.(3)加速度,速度,オリゴマーの座標を順次,計算させる.(4)新たに計算したオリゴマーの座標と速度を,初期座標と初速度とみなし,(2)~(4)を数回繰り返す,といったことを行ってもらった.(1)における初速度は,光子がオリゴマーに当たりコンプトン効果により,速度を持つ効果を取り入れている.

このような実習を行うことで,MD法のアルゴリズムは自然に身につくものと思われる.さらに,実習終了時に,例えば「本授業で行ったExcelの動作のアルゴリズムを考え,フローチャートで書け.自分でプログラム(Cなど)を作るつもりで考えよ.」といったレポートを課し,授業内容の理解を促している.なお,本実習で用いたオリゴマーのポテンシャルは,参考文献6中に記載されたアルカンのポテンシャルを用いている.本授業は,学生にMD法の初歩を学ぶことが目的であるので,電気,機械系の学生にとって,とっつきにくく,理解の難しいねじれ角のポテンシャルを除外し,2次元平面で計算を行っている.2次元平面にすることにより,スナップショットが書きやすくなり,学生の理解が増した.スナップショットの記述は,レポート課題の一つである.

3 本授業に関するまとめと今後の課題

平成26年度は,分子動力学法とコンプトン効果に関する授業を実践した初めての年度であった.学生に感想を求めたところ,「抽象的な内容であるコンプトン効果が,実習を行うことでよく理解できた.」,「シミュレーションの意義がよくわかった.」といった意見があり,この授業で見込まれる効果(目的)は,ある程度達成できたものと思われる.学期終了後に本校で一斉に実施される授業アンケートを見ても,例えば,「この授業に対する教員の熱意が感じられたかどうか.」の質問に対して,受講生の評価は,5段階中,4.6と「光物性基礎論」の講義全体の受講生の印象は,良好であり,「分子動力学法とコンプトン効果に関する授業」を含めて,「光物性基礎論」授業全体の目的も果たしたものと考えられる.しかし,一方で以下のような助言が受講した学生からあった.「プログラミングをした方がよい.」「計算結果を視覚にうったえたほうがよい.」

この授業を実施した講義「光物性基礎論」は,光と物質の相互作用を講義することが目的であるため,プログラミングまで行った場合,講義時間と講義内容全体のバランスが崩れてしまうため,実施は難しい.授業終了時に,アルゴリズムを考えさせるレポートを課すことで,今後もこの点は,補っていきたい.「計算結果を視覚にうったえたほうがよい」という助言については,共同研究者の岩武氏が執筆した参考文献3の例を,実習終了後の講義形式で示すことによって補った.参考文献3では,CH2原子団100個程度の例を示している.今後,計算結果を動画にし,授業中に受講する学生に再生することにより,さらに受講生の強く視覚にうったえることを計画している.

4 トンネル効果への応用

これまで,古典物理学であるニュートン力学を用いた分子動力学法における授業展開を述べてきた.これは,量子力学にも確率微分方程式を用いることにより,応用可能である.自由粒子の運動における確率微分法方程式は,MD法で用いるニュートン力学に量子揺らぎを加えたものとなっている.このため,Excelで容易に計算できる.さらに,トンネル効果についても計算できることがわかった [7,8,9].今,x = −0.5∼0.5にポテンシャルの壁がある系を考える.電子が,x = −0.5の壁より負の方向から移動している.Excelで複数回計算したところ,ほとんどのケースでは,壁の突端x = −0.5を抜けられないが,いくつかのケースでは,Figure 1に示すようにx = −0.5∼0.5の壁(Figure 1中では,共に赤線で表示)を電子が抜け,トンネル効果を示すことができた.Figure 1の縦軸は,電子のx座標を表し,横軸が時間経過を表している.グラフは,電子の移動した軌跡を表していることになる.

Figure 1.

 The electron passed through potentiel barrier calculated by spread sheet.

トンネル効果は,高専生は言うまでもなく,さらに大学の学部生レベルにも理解しにくいものであるが,Excelを用いれば,容易に理解できる可能性がある.今後は,分子動力学法と同様なテキストを開発することを計画している.

参考文献
  • 1   M. Yoshimura, "Excel de denjikigaku no kaihou ga wakaru hon", shuuwa sisutemu 2009.
  • 2   K. Yoshimura et.al., "Microsoft Excel wo mochiita kememotorikusu keisan (3)", nihon konpyuta kagakukai 2011nen shunkinenkaikouenyokoushu, toukyokougyoudaigaku(oookayama), 2011.06.15–17, p. 39.
  • 3   T. Iwatake, K. Narushima, J. Comput. Chem. Jpn., 13, 337 (2014).
  • 4   Koubunshi gakkai henshuu, "Yuuki hakumaku taiyoudenchi", NTS 2010.
  • 5   Nihon kagakukai henshuu "Hikari ga katsuyaku suru", dai nihon tosho 1986, p. 109–115.
  • 6   I. Okada, E. Ohsawa, "Bunshi simyureeshon nyuumon", kaibundou 1999, p. 30–31.
  • 7   K. Yosue, J. Zambrini, Ann. Phys., 159, 99 (1985).
  • 8   K. Yosue, "Ryoushi no michikusa", nihon hyouronsha 2009.
  • 9   K. Yosue, " Excel de manabu ryoushi rikigaku", koudansha 2001.
 
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