Journal of Computer Chemistry, Japan
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巻頭言
研究するということと楽しむこと
善甫 康成
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2015 年 14 巻 3 号 p. A21

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最近の計算機の進歩には驚かされることが多い.もう限界だといわれていても数年すると,またその限界を超える技術革新が起こっている.さすがにムーアの法則を維持することは難しいようであるが,「限界」と言われると技術者・研究者は,その魂に火が付くのかもしれない.例えばPCを見ると,CPUはマルチコアになり,GPUなどが使われていたり,一世代前のEWSやスパコンをはるかに凌ぐ性能を示している.またソフト面でも高度な解析が可能なプログラムがインターネット上に多数公開されており無料で利用できる.私の知合いは量子化学のプログラムをスマートフォンに入れ画面をタップしながら計算を楽しんでいる.

これは限界を超えようとする気持ちと超えたときの感動が研究を進める原動力になるということである.研究で壁にぶつかると,基本に戻り鍵となる要因を探り,そこから様々な方向性を考えていくものである.私は物理屋であるせいか,「すべての物理量は基礎方程式から計算できる」という言葉に納得してしまう.不要なものをそぎ落とし,とにかく単純化して,ものを考えてみることが大好きである.自分の専門分野のシミュレーションをしているとき,計算手順通りに計算して,予想通りの値が出ると嬉しくなるものである.一度味わうと忘れられない感動である.たぶん知らないうちに一人で微笑んでいるのだろう.いつもと変わらないつもりなのに,周囲から何故か妙な顔で見られることがある.

プログラムを書くときも,壁にぶつかると基本に戻るのが鉄則である.小さなプログラムに戻り,本来どう動かすかを解決する鍵となる要因を探り,その積み上げで大型のプログラムに仕上げていく.このような試行錯誤の繰り返しである.皆さんもご存じの通り,計算機も構造が大きく変わり並列型が主流となってきた.一方で並列化の技術なども比較的普及し,簡便にできる時代となってきた.このスピード感も一度味わうと忘れられないくらいの感動だ.スパコンなど速い計算機を使うと,そのスピードが気分を和ませてくれ,更にもっとスピードを上げたくなる.少々工夫すると1桁2桁スピードアップすることもあり,そんな時は自転車から一気にレーシングカーをフルスロットルで運転しているような爽快な気持ちになる.

しかし,この感動に至るまでには,その何倍も苦しんでいることが多いようにも思う.計算機を使い始めてかなりの経験がある方だと思っているが,未だにプログラムを書くと必ずバグも一緒に書いてしまっている.諸先輩方もこれには苦労をされていたようで,共同でプログラムを作っている時など,次のような言葉が矢継ぎ早に出てくる.「設計をきっちりやらないと後が困るぞ」,「変数名は統一しろ」とか,「インターフェースは同じものが良い」,「データフォーマットを合わせないか」などである.これら多くのアドバイスを受けると,気分は被告席に座っているようになり,先輩たちが雄弁な検察官や弁護士に見えてくることもある.また,検討した結果をまとめ雑誌へ論文を投稿したときは悦に入っているが,雑誌を読んでいて先を越されたと思うような論文が出ていたりすると,「あぁ,もう嫌だ」と何度も大きな声を上げたくなる.時には査読者から「そりゃ,あんたが間違っている」と裁定をいただくこともある.急上昇と急降下の繰り返しである.

私は常々思っていることがある.壁にぶつかったときは,それに続く苦労を予想するのではなく,限界を超えた時の感動を想像しながら研究を進めると,自然と道が拓けるのではないかということである.それが楽しみながら研究を進めていく秘訣なのではないだろうか.皆さん,試してみませんか.

 
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