Journal of Computer Chemistry, Japan
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電子を描く(4) ― pz軌道,d3z2r2軌道,f5z3−3zr2軌道
時田 澄男
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電子付録

2015 年 14 巻 5 号 p. A38-A41

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Abstract

水素原子の波動方程式を解くと,無数の原子軌道が導出される.これらのうち,z軸方向に伸びる p, d, および,f軌道をガラスブロック内に実3次元で彫刻し,球殻状節面や円錐面節面の描かれ方を調べた.

1 はじめに

前回は,水素原子のs軌道における球殻状節面の現れかたを解説した [1].水素原子のシュレーディンガーの波動方程式を解くと,主量子数 n, 方位量子数 l,または,磁気量子数 mが自然に導かれる.これらの量子数は,定められた範囲の0または整数であり,s軌道というのは,方位量子数 l,磁気量子数 mがともに0の軌道であった.

今回は,方位量子数 lが1, 2, 3, …で,磁気量子数 mが0である一連の軌道について取り扱う.方位量子数 lが1, 2, 3, …の軌道を p, d, f, …軌道という. p軌道の可視化は教科書によるばらつきが大きい.今回は,まず,この問題点を整理することから始めることにする.

2 教科書に描かれたp軌道

古い話で恐縮であるが,筆者が初めて教壇に立った頃のp軌道の描像は混乱を極めていた.現在でも,その余韻は多少なりとも残存している.磁気量子数 mが0のp 軌道はz方向に伸びているので,pz 軌道という.炭素原子の 2pz 軌道について,代表的な3例をFigure 1に示す.

Figure 1.

 Several representations of a carbon 2pz orbital. (a) a schematic picture [2]; (b) a spherical harmonics [3,4]; (c) isosurfaces [5].

最も実際の形からかけ離れているものは,Figure 1 (a) である.これは,模式図,あるいは,概念図とでもいうべきもので,有機化学の教科書で,π結合を模式的に示すときなどに良く使われる.

原子軌道の数式そのものではなく,その数式の一部を表示したものが,Figure 1 (b) である.原子軌道の数式が,次式 (1) で表されることは,前回示した [1].   

χ n , l , m = R n l ( r ) Θ l m ( θ ) Φ m ( ϕ ) (1)

原子軌道の数式 (1) における   

R n l ( r ) (2)
を動径波動関数ということも,前回述べた.残りの数式   
Θ l m ( θ ) Φ m ( ϕ ) (3)
を,球面調和関数,または,原子軌道の角部分という.この数式 (3) の部分だけを描いたものがFigure 1 (b) である.実際に,方位量子数 lに1,磁気量子数 mに0を当てはめた場合,次式となる.   
Θ 10 ( θ ) Φ 0 ( ϕ ) = 3 2 π cos θ (4)

この数式を描いたFigure 1 (b) は,rが任意の値をとるときの軌道の角依存性のみを示し,電子の3次元的な位置分布は何も示していない.式 (4) には主量子数 n が含まれていない.つまり,2pz, 3pz, 4pz, …に共通した数式であって,2pz 軌道に限定された数式ではないことにも注意する必要がある.

水素原子の 2pz 軌道の数式は,次式 (5) で表される.   

χ 2 , 1 , 0 = r 4 2 π exp ( r 2 ) cos θ (5)

この数式 (5) には指数関数の項が含まれているために,手計算では図式化が難しい.この数式の等値曲面をコンピューターの助けを借りて正しく描くと,Figure 1 (c) が得られる.すなわち,アンパンを2個対称に置いたような形となる.式 (1) は,水素原子の数式である.炭素原子でも,水素原子でも,原子軌道の形はほとんど変わらず,ただ,軌道の広がり方が変化するだけである.

以上をまとめると,Figure 1 (a) は,たとえば,講義などで軌道を手書きする時に用いられるz方向を強調した模式図,(b) は,原子軌道そのものではなく,2p, 3p, 4p, …に共通した球面調和関数を図示したもの,(c) が正しい形ということになる.

3 2 p z , 3 p z , 4 p z 軌道の電子雲

水素原子の 2 p z 3 p z および, 4 p z 軌道における電子の存在確率を,ガラスブロック内にレーザーで彫刻した (Figure 2).この方法は,Figure 1 (c) の等値曲面を描く方法とは異なり,空間全体にわたる電子の存在確率の変化の様子が,点の密度として反映される [3,4].アンパンの形ではなく,無限の広がりが表示できる.そのために,節面も暗部として明瞭に観察できることとなる.3種の軌道に共通する節面は,真ん中に黒線のように見えているz = 0の平面である.これは,式 (5) において, r cos θ = z であることから,理解できる.各軌道の広がりは,主量子数が2, 3, 4 と増加するにつれて大きくなり,球殻状の節面が,0, 1, 2 と増していく様子が観察できる.入れ子構造が明瞭に観察できるのもガラス彫刻ならではの特徴である.

Figure 2.

 Probability density distribution in the 3-dimensional representation of hydrogen 2 p z , 3 p z , and 4 p z orbitals in a 5 x 5 x 8 cm3 glass block [6,7].

4 3d 3 z 2 r 2 , 4d 3 z 2 r 2 , 5d 3 z 2 r 2 軌道

方位量子数 lが 2で,磁気量子数 mが0である一連の軌道,すなわち, 3d 3 z 2 r 2 4d 3 z 2 r 2 および, 5d 3 z 2 r 2 軌道における電子の存在確率をFigure 3に示した.等値曲面表示もあわせて示した (Figure 4).

Figure 3.

 Probability density distribution in the 3-dimensional representation of hydrogen 3d 3 z 2 r 2 , 4d 3 z 2 r 2 , and 5d 3 z 2 r 2 orbitals [6,7].

Figure 4.

 Contour surface representation of hydrogen 3d 3 z 2 r 2 , 4d 3 z 2 r 2 , and 5d 3 z 2 r 2 orbitals [8].

存在確率の表示 (Figure 3) では,円錐形の節面と球殻状の節面がきれいに観察できるが,等値曲面表示 (Figure 4) では不可能なので,節面を淡いブルーのネットで示した.円錐形の節面のz軸からの傾きは,θ = 54.7°,ならびに,125.3°である.

5 4f 5 z 3 3 z r 2 , 5f 5 z 3 3 z r 2 , 6f 5 z 3 3 z r 2 軌道

方位量子数 lが 3で,磁気量子数 mが0である一連の軌道,すなわち,表題の軌道における電子の存在確率を,ガラスブロック内にレーザーで彫刻した (Figure 5).複雑な入れ子構造が明瞭に観察できる.

Figure 5.

 Probability density distribution in the 3-dimensional representation of hydrogen 4f 5 z 3 3 z r 2 5f 5 z 3 3 z r 2 , and 6f 5 z 3 3 z r 2 orbitals [6,7].

これまでに述べてきた磁気量子数 mが0である一連の軌道における円錐形節面について統一的に記述するには,直円錐の定義を拡張して,頂点が底面に含まれる場合も含めることにすると都合が良い.

このような拡張された定義に従って,円錐形節面のかたちを図示したものが,Figure 6 である.厳密には,Z軸まわりに対称な平面節面と円錐形節面と言うべきであろう.

Figure 6.

 Planar and conical node (s) symmetrical about z axis of hydrogen p z (left), d 3 z 2 r 2 (center), and f 5 z 3 3 z r 2 orbitals (right) [9].

一般に,このような節面の総数は,Table 1 の [C] 欄に示すように,l − | m | で表される.球殻状節面の数は,[A] 欄に示すように,n − l − 1 で表される.

Table 1.  Nodes in atomic orbitals. n: principal quantum number; l: azimuthal quantum number; m: magnetic quantum number
node type number of nodes
[A] Spherical nodes n − l − 1
[B] Planar nodes containing z axis | m |
[C] Planar and conical nodes symmetrical about z axis l − | m |
total n − 1

6 おわりに

ガラス彫刻の特徴は,節面を持つ原子軌道の場合に顕著に現れることを,特定のp, d, および f軌道について取りまとめた.これらの軌道における動径波動関数や球面調和関数の導出法と,これらの積である原子軌道の具体的な数式の形は,補足資料(電子付録)に示した.Figure 6 の描き方や,円錐面がZ軸となす角θ の求め方も同様に付録としたので,適宜参照していただきたい.次回以降では,Table 1 [B] に示した節面の現れ方や,波動性の現れ方等々について,順次取扱っていく予定である.

参考文献
 
© 2015 日本コンピュータ化学会
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