Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
生分解性キレート剤が作る鉄(III)錯体の構造予測
大友 秀一崎山 博史
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2016 年 14 巻 6 号 p. 184-185

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Abstract

The structures of iron(III) complexes with biodegradative chelating agent, methylglycinediacetic acid [H3(mgda)], were computationally predicted based on the DFT method. The structures of dinuclear iron(III) complexes, [Fe2O(mgda)2(CO3)]4– and [Fe2O(mgda)2(H2O)4]2–, were predicted, and the structures were thought to be similar to those of related dinuclear iron(III) complexes with nitrilotriacetate (nta3–), [Fe2O(nta)2(CO3)]4– and [Fe2O(nta)2(H2O)4]2–, respectively. The mgda complex, [Fe2O(mgda)2(H2O)4]2–, is thought to interact with hydrogen peroxide like the nta complex [Fe2O(nta)2(H2O)4]2–.

1 背景と目的

環境負荷の小さな生分解性キレート剤が開発され,注目を集めている.その一方でキレート剤の中には,鉄(III)イオンと結びつくことで細胞毒性や発がん性を示すものがあり [1,2,3,4,5],リスク評価に関する関心が高まっている.これまでの実験や量子化学計算から,過酸化水素と二点相互作用可能な二核鉄(III)錯体が細胞障害や発がんを引き起こすと考えられており,キレート剤が作る金属錯体の構造が分かればそのリスクをある程度予測できる可能性がある.

キレート剤が作る金属錯体の構造や性質について数多くの研究があるが,実験から溶液中の構造を詳細に調べることは容易でない.そこで本研究では,異性体数が多く構造推定が困難であると予想される生分解性キレート剤,メチルグリシン二酢酸H3(mgda)を配位子とした鉄(III)錯体について,その溶液内挙動を解明することを目的として,密度汎関数(DFT)法による構造予測をおこなった.本速報では特に二核鉄(III)錯体[Fe2O(mgda)2(CO3)]4–および[Fe2O(mgda)2(H2O)4]2–の構造を中心に報告する(Figure 1).

Figure 1.

 Chemical structure of H3(mgda).

2 方法

DFT計算に用いる鉄(III)錯体の初期構造はWinmostar [6] で作成した.DFT法による構造最適化計算は九州大学のFUJITSU PRIMERGY CX400 (TATARA)上,GAMESS [7,8] を用い,LC-BOP/6-31GおよびLC-BOP/6-31G** [9] でおこなった.

3 結果と考察

二核鉄(III)錯体[Fe2O(mgda)2(CO3)]4–の構造は,結晶構造が既知である二核鉄(III)錯体[Fe2O(nta)2(CO3)]4– [10] [H3(nta):ニトリロ三酢酸]と同様の骨格構造を持つと仮定し,すべての異性体を考慮して予測した.(ここでmgda3–のメチル基を水素に置換したものがnta3–である.)まず[Fe2O(nta)2(CO3)]4–の最適化構造を見いだし(Figure 2),次に二つのメチル基を図中の1∼6および1'∼6'それぞれのいずれかの位置に導入して構造最適化をおこなった.結果として,二つのメチル基の位置が4,4'となる場合が最安定であり,1,4'が二番目に安定,1,1'が三番目に安定であり,室温溶液中ではこの三種が混在すると予想された.すなわちmgda錯体はnta錯体と同様の構造をとり得るが,三種の異性体の混合物として存在すると考えられる.

Figure 2.

 Optimized structure of [Fe2O(nta)2(CO3)]4–.

[Fe2O(mgda)2(H2O)4]2–についても,先に計算で求めた[Fe2O(nta)2(H2O)4]2–の構造 [5]をもとに,同様の方法で構造を求め,室温溶液中では主としてそれぞれ二種および三種が混在する形となることが予想された.すなわち,この錯体種においてもmgda錯体はnta錯体と同様の構造をとり得るが,数種の異性体の混合物として存在すると考えられる.

ここでさらに細胞毒性や発がん性との関係が示唆された過酸化水素付加体の構造予測をおこなった(Figure 3).発がん性を示すnta錯体の過酸化水素付加体の予想構造 [5]をFigure 3Aに,mgda誘導体の最安定構造をFigure 3Bに示した.今回のmgda錯体はnta錯体とほぼ同様の過酸化水素付加体を形成し得ると予測された.なおmgda錯体の発がん性は現時点で不明である.実際の細胞毒性や発がん性を考える場合には,溶液中の単核鉄(III)錯体と二核鉄(III)錯体との間の平衡についても今後考慮していく必要がある.現在,その他の生分解性キレート剤が作る鉄(III)錯体についても溶液内の構造や過酸化水素との反応性について研究を進めている.

Figure 3.

 Optimized structures of [Fe2O(nta)2(H2O)4]2– (A) [5] and [Fe2O(mgda)2(H2O)4]2– (B).

本研究では,生分解性キレート剤mgda3–が作る鉄(III)錯体の構造を予測し,類似の構造を持つキレート剤nta3–が作る鉄(III)錯体とほぼ同様の構造になることが計算化学的手法によって予測された.

Acknowledgment

本研究は山形大学の運営交付金によっておこなわれた.TATARAの利用では,九州大学の稲富雄一博士にお世話になった.

References
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