Journal of Computer Chemistry, Japan
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General Papers
Molecular Simulation of Potential Energies, Steric Changesand Substituent Effects in Urethane Formation Reactionsfrom Isocyanates
Kenichi SOMEKAWAMasaru MITSUSHIOTakehiko UEDA
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2016 Volume 15 Issue 2 Pages 32-40

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Abstract

ウレタン樹脂の製造と物性に関する基本的情報である,イソシアナートのウレタン化反応性と触媒作用,生成するカルバミン酸とそのエステルの脱炭酸と安定性および副生物の挙動について,計算化学を用いて検 討した.その際各節に示す基本的な実験結果につき,反応過程のエネルギーと立体化学変化をMOPAC-PM6 法 でシミュレーションして解析した.置換フェニルイソシアナートとアルコールとのウレタン化反応性が,フロンティア軌道HOMOとLUMOのエネルギーを利用する置換基分子のMullikenの電気陰性度値((IP + EA)/2),と大きい相関係数で表されることを示す.そのウレタン化反応は,1:2モル比の6員環錯体を経て,遷移状態の活性化エネルギー(Ea)は4∼13 kcal mol−1 と検証された.メチルアミンとのウレア化は反応性が高いが,それは会合体を形成し易く,Ea が小さいためと判断された.遷移状態構造の結果からは,3分子間の水素結合とその役割が理解される.第3級アミンの触媒作用は,上記1:2 錯体中のプロトンの捕捉促進とNCOへの受け渡しで,Eaを低下させると解析された.イソシアナートと水の反応で生成するカルバミン酸の不安定で発泡の事実等に関しては,分解の素過程の Ea が11 kcal mol−1と低く,アミンと CO2 に分解すると検証された.

1 は じ め に

1930年代に式(1)で示されるイソシアナートとアルコール類とのウレタン化反応が開発され,多官能な両者の反応に利用してポリウレタン化され,生成物が多様な機能性を持つことから,多くの研究開発と実用化がなされている.    X-NCO + ROH → X-NH-C(=O)-OR    (1)   

イソシアナートはさらにウレア体など種々の生成物を与え,新しい機能創出もあり,今や反応体としてイソシアナートを用いる工業は高分子産業の主力の一つとなり,自動車部品,生体・環境デバイス材料等多方面に展開されている [1].

ポリウレタンを与える反応は試薬,溶媒,また水分等で大きく変化する.また脱炭酸・発泡によるクッション性制御にも利用される.そのような関係の多くの実験データをK. C. Frischらは1962年に纏め [2],それは今もバイブル的著書と言われる.

例えば今日多用されているトルエン2,4-ジイソシアナート(TDI:C6H3(1-Me, 2,4-(NCO)2))など置換基を持つフェニルイソイアナートのアルコールとの反応速度定数(k)の対数値(log k)は,Hammettの置換基定数(σ)ときれいな一次の相関があり,傾きの反応定数(ρ)は1.98であり,求電子性置換基の促進作用が判明している.また活性化エネルギー(Ea)は置換基Xが電子求引性のとき,またRが供与性の時小さく,その範囲は5 ∼13 kcal mol−1である.横山らによるTDIとエチレングリコールとの反応解析でもEaは9 kcal mol−1 程度であり,反応機構ではアルコールが複数関与の錯体が示唆されている [3].一方で材料物性に関係するウレア化や3量体化(Eaは9 kcal mol−1) [4]などの反応も起こるので,その分子間相互作用の立体的,定量的解明が必要であるが,まだ十分な理解に至っていない [1].

1998年Nguyenらは,H-N=C=O + n (CH3OH), n = 1∼3)のメタノールクラスター実験データを得て,そのab initio計算を行っている.そこでn = 2の遷移状態構造の6員環モデルで初めて,Ea で15 kcal mol−1 以下が得られ,実験値がほぼ再現された [5].畑中は2009年MOPAC-PM3法で,2011年ab initio法計算で4員環モデルを採用しているが [6],実験値での検証は見られない.また2013年Wagnerらも特に多くの置換基XとRの基質につき,多くのab initio法で,いずれも遷移状態が複数の4員環モデルにつき計算している [7].TDIといろんなアルコールとのEaは,文献では9 ∼12 kcal mol−1と前置きしながら,20 kcal mol−1以上の大きい計算値となっている.4員環モデルではEa の実験値との一致の記載例はなく,問題がある.

またウレタン樹脂製造と機能性付与の開発現場では,高い効果の第3級アミン触媒探査が行われ,Eaで1∼11 kcal mol−1 が報告されている [8].村山らは二官能第3級アミンの高い触媒活性の原因を,B3LYP/6–31+G (d,p) レベルで解析した [9].しかし実験値との開きがある.またウレタン化反応へのモノアミンなどの触媒作用の,量子化学的解析例はまだほとんど見られない.

著者は最近不斉触媒を用いた光反応過程などにつき,エネルギーと立体化学の状況を,MOPAC-PM6法でシミュレーション解析し,不斉原因を解明した.また光異性化反応でその高い計算精度にも言及した [10].

そこで本報では,ウレタン化反応の実験値や現象を,PM6 法で定量的に説明できるか,次の項目を検討した.

1) K. C. Frischらの著書中の置換フェニルイソシアナートの反応での,ハメットプロットの直線性 [2]を,本法のフロンティア軌道情報で説明する.

2) PhNCOとH2O,MeOH等との反応の,1対2モル比反応情報 [3,4,5]を,PM6法で解析し,Eaと遷移状態構造,そして反応性の差の原因を系統的に明らかにする.

3) 式(1)のイソシアナートの置換基Xの反応性差 [7] についても解析する.

4) 第3級アミンの触媒作用で,Eaの減少 [8,9]を確認し,反応過程と作用点の立体化学の推定を行う.

5) 発泡現象とウレタン樹脂の安定性と副生物に関係するカルバミン酸の加水分解挙動を解明する.

2 計算実験と精度

富士通(株)ソフトウエアSCIGRESS MO Compact 1.0.6 のPM6法を用いた [11].基底状態計算法とその良好な計算精度の概略は最近の著書 [12]と報告 [10,13]で紹介した.シミュレーション解析法として,反応点間距離(RCC)をおよそ0.1Å ずつ変化させて生成物とし,生成熱(HOF)曲線の解析から水素結合エネルギーや活性化エネルギー(Ea, kcal mol−1)を得た.

3 ウレタン化反応のPM6 計算結果と考察

3.1 フェニルイソシアナートとアルコールとの ウレタン化反応へのフェニル置換基の効果解析

先に述べたK. C. Frischらの著書 [2]中Part IVのTableVIIとFigure 2に,表題の反応のHammettのフェニル基置換基定数σと反応速度定数 kの対数値,log kとの間に,相関係数R = 0.97のきれいな直線関係が示されている.しかし最近も量子化学による定量的取り扱いの記述は少ない [1].

Figure 2.

 PM6 simulation of reaction between PhNCO and two moles of MeOH.

著者は [12]の8章に,Hammettの置換基定数σとPM6法によるフロンティア軌道エネルギー情報が,高い相関係数を与える例などを示した.そこで上記TableVII の典型的な分子11個につき [2],PM6法による計算結果をTable 1の左側3列に載せる.右側2列にはそのTable VIIのウレタン化反応速度定数 kとlog kを載せた.Table 1 中の (IP + EA)/2 値はMulliken の電気陰性度 [12,14]で,(2)式で示される.IP, EA は夫々PM6法の軌道エネルギー EHOMO, ELUMOから得られる.

Table 1.  Relationship between Frontier orbital parameters and urethanization rates of substituted phenyl isocyanates

a) Reference [2]: Part 1, p.143 Table VII and Figure 2 (28 °C).

b) Reference [12]: p. 47 (Mulliken' Electronegativity).

Mulliken の電気陰性度 :    (IP + EA)/2 = |(EHOMO + ELUMO)|/2    (2)   

これらの数値を用いた相関テストで,式(2)のMullikenの電気陰性度とlog k が大きく相関すること(R = 0.97)が判明した.この場合EAだけやX-NCO のC原子単独の電子密度との相関は低い.分子全体の性質であるIPEA 両者の寄与である.まずPM6法でイソシアナートの求電子付加反応性が定量的に予測可能なことを示した.

3.2 フェニルイソシアナートと水,アルコール,アミンなど(活性水素基を持つ分子)との付加反応性の比較

表題の反応は一般的に式(3)で示される.そのR-Y-Hの反応性差はこれまでのデータから式(4)のようである [2,7,15].    Ph-N=C=O + R-Y-H → Ph-NHC=O(YR)    (3)   

反応性:H2O < EtOH (Ea = 11.1 kcalmol−1) <    MeOH (10.1 kcalmol−1)<< MeNH2    (4)   

反応基質Ph-N=C=Oに対する求核試薬R-Y-H 側の相対反応性の原因を調べるため,3.1項と同様にしてTable 2を作成した.

Table 2.  Frontier orbital parameters of R-Y-H, the addition reactions with PhN=C=O and the relative rates

a) Reference [15]. b) Atom. C: Net Atomic Charge of the Y atom in RYH by PM6. c) Reference [1b]. d) Reference [2],

p. 140; Activation energy (Ea, kcal mol−1).

3.1項の結果から,RYHの高い反応性は,Mullikenの電気陰性度が小さいことと相関大,が予想された.しかしそれ程でもない.むしろ反応性は,IP および原子Y (NまたはO)の原子電荷(Atomic Charge)との相関がみられる.フロンティア軌道相互作用では,求核試薬R-Y-H側ではHOMOエネルギー(の高さ)と最大係数位置での,PhNCOのLUMO軌道との重なりが重要である.上記作用に,小さいIPと Atom Cは有効と示唆される.詳しい相関は次項で示すが,RYHは2分子でPhNCOと会合して6員環錯体となり,遷移状態(TS)を経てウレタン等を与える.反応性は中間の錯体生成のし易さと,Eaの値に依存する.

3.3 PhNCOとメタノールとの反応のPM6シミュレーション

Table 2で示したが,まずEa等の実験データのあるメタノールの反応につき記す.

1節で上げた文献 [5]の,反応(H-N=C=O + nMeOH) のクラスター反応系へのab initio計算解析法を参考に,PM6法での解析は,(Ph-N=C=O + nMeOH)の n = 1とn = 2の反応につき行い,結果は次のようである.

1) n = 1の反応

PhNCOとMeOHと1:1比の,下線部接近操作でまず4.25 kcal mol−1安定化した(相互作用エネルギー:In) 4員環錯体の存在が認められた.それに加え,PhNCOとMeOHとの接近で生成系PhNHCOOMeが発生した.その反応過程の遷移状態(TS)のデータは次のようである.

Ea = 23.62 kcal mol−1,虚数振動数:1272.6i cm−1,振動部:NCO—HOMe.

このEa値はTable 2の,Ea = 10.1 kcal mol−1より大き過ぎる.また虚数振動位置も異なり,n = 1反応機構ではない.

2) n = 2の反応

n = 2での解析手順(A →D)と解析結果をFigure 1に示す.開始 Aは3分子のHOF和,Bは計算に用いたメタノール二量体(水素結合:Hb = 4.76 kcal mol−1(実験値4.6 ∼5.9 kcal mol-1 [16])を考慮した和,CはそれとPhNCOとの接近でさらに4.90 kcal mol−1(相互作用エネルギー:In)安定化した6員環錯体Bである.BはMeOH-NCO間の配位性結合と2か所の水素結合を有する.Bから遷移状態C (TS),生成系Dを得る過程は1)と同様の操作である.

Figure 1.

 PM6 simulation process of the reaction (PhNCO + 2MeOH), and the stable complex (B), transition state (C), Ea and product (D) energies, relatives (Parenthesis: HOF (kcal mol−1)). Hb: Hydrogen bond energy, In: Interaction energy.

Figure 2にB,C,Dの構造変化とTSでのIRC (極限反応座標)図を示す.またEa値,虚数振動情報を下記する.    Ea = 7.23 kcal mol−1   

虚数振動数:108i cm−1,振動部:NCO–HOMe.

このEa値はTable 2の実験値Eaに近い.虚数振動位置は,Table 1Table 2でも律速と判断されるNCO-MeOH (下線部)であり,またNCOへのHの付加は水素結合しているMeOHから供出される.以上のようにn = 2の,6員環錯体Bと遷移状態C経由の本反応機構が推定される.

3.4 PhNCOと水,メタノールおよびメチルアミンとの反応性での解析

水およびメチルアミンについても,その二量体とPhNCOとの間で,3.3項同様のPM6シミュレーションを行い,各々Figure 1およびFigure 2と同様のエネルギープロファイル,化学変換が得られた.Table 3にその反応性比較のデータを示す.Entry 2 のデータは3.3項2)のメタノールの計算結果の要約である.

Table 3.  Simulation results of addition reactions of PhNCO with H2O, MeOH and MeNH2

3個のEa値は,式(4)とTable 2の実験の反応性差を満足している.メチルアミンでは特にPhNCOとのCT性のIn (Interaction energy)が大きく,一方で Ea値は小さい.両者はその高い反応性の原因と判断される.即ち錯体Bになり易く,そこからのウレア化は Ea が小さく起こり易いことを示し.事実を説明する.

ところでTable 3 中の,水でのHb = 4.91 kcal mol−1は,PM6 (計算条件:真空中25 °C:無極性溶媒相当)で最適化した水二量体構造に対して得られたもので,2MeOHでもコンパクトな水素結合が見られる.それらのエネルギーは実験値に合うが,二量体構造は文献データ [16]と会わない.このことは3.6項で詳しく述べる.

3.5 X-NCOとメタノールとの反応のX基による反応性差の検証と推定

イソシアナートX-NCOでXが電子求引性基であるとウレタン化反応速度は(5)式のように速くなる [7].しかしXは他の因子もあり,不鮮明でまだ系統的でない.    n-Alkyl < MePh < Ph < NO2Ph       また SiH3CH2 < Me < FCH2—-    (5)   

一方実用的なTDIの多くのアルコールとのウレタン化のEa値は9.1∼11.5 kcal mol−1と報告されている [2].TDIの反応性は,Table 1よりPhNCOのそれとほぼ同じである.そこでXの基礎的基4種のH, CH3, FCH2, PhのX-NCOにつき,メタノールとの反応のシミュレーションで,PhNCOのデータと比較するTable 4を作成した.Entry 1の(PhNCO+MeOH)のデータは3.3項とTable 3に示し,説明した.Figure 3は Entry 4の反応の,PM6と文献 [5] の ab initio法での遷移状態TS構造を示す.

Table 4.  Simulation result of addition reactions of X-NCO with methanol

a,c. Reference [2]: kcal mol−1. b. Interaction energy, kcalmol−1. d. Relative Ea. e. Reference [5], ab initio calc. data.

Figure 3.

 Transition state structures of the reaction (HNCO + 2MeOH: Entry 4) by PM6 (and by ab initio of reference [5]) in Table 4.

この表によりPM6法によるEa値の大小は,式(5)など実験の定性的データと,また表中のab initio 計算による計算結果ともほぼ一致していると判断される.

ここでEntry 4のIn = 7.61 kcal mol−1は異常に大きい.それはシミュレーションにより,H-N = C=OのHがMeOHとの水素結合に関与していることに因ることが分かった.

反応性はInでなく,主にEaに依ると判断される.従ってEa計算で相対的反応性の検証と評価が可能である.ただし PM6は少し小さいEa値を与える傾向にある.

また図中の分子間距離のbと水素結合dとf部の2計算法での違いについては3.6項で述べる.

3.6 PM6 法による水素結合評価とその改善

3.3∼3.5項で錯体Bと遷移状態Cの計算につき,初期配置に用いた水の水素結合二量体の評価で,PM6は文献と比べ,エネルギーは良好だが,コンパクトな構造(ROO = 2.40Å)を与え,問題があることを述べた.即ち水の水素結合二量体については,築地の [16] の5章に正しい直線状構造(ROO = 2.95Å)が示され,そのエネルギーの理論的解析もある.先に大澤らの [17] のFigure 4.5には,MOPAC-AM1でのコンパクトな構造と. 6-31G**とPM3での直線状構造が紹介されていた.今回PM6はエネルギー評価では良好だが,構造での進化はなかった.一方著者はPM6が, [12]の8–11章で酢酸二量体や核酸塩基対(アデニン-チミン等)の水素結合評価や各種有機反応のエネルギー解析とも良好であることを紹介した.MOPACは有機分子関与の化学現象の解析精度を,計算パラメータの改善で向上してきた.計算対象で改善効果は異なり,注意が喚起される.

本節の計算では,PM6法の水素結合二量体評価の誤差が,イソシアナートに水等が分子間作用して安定な錯体Bや遷移状態Cに組み込まれるとき,BやCの構造とそれらのエネルギーとその差,活性化エネルギー(Ea)の評価では減少したと判断される.即ち B,Cは推定構造で,Eaは実験値に近似している.

最近リリースされたMOPAC2016では,分散力や水素結合などの弱い相互作用エネルギーをより精度良く再現できる新しいモデルハミルトニアン PM6-D3H4等が搭載 されている.そこでTable 5に,Table 4Figure 3に示したEntry 4の,(HNCO + 2MeOH) 反応 のTS構造につき,PM6計算,文献 [5]の ab initio 計算そしてPM6-D3H4 計算の3種の比較を示す.

Table 5.  Comparison of the TS structures (a- f in Figure 3) by ab initioa), PM6 and PM6-D3H4b) methods

PM6-D3H4では特にbおよび水素結合位置のdとfの距離が ab initio のそれに近く,そのハミルトニアンでの改善が示唆される.

4 イソシアナートのウレタン化反応への第3級アミンの触媒作用の解析

前節で記したが,フェニルイソシアナートと同等の反応性の,実用されているTDIとジオールとの反応の触媒として多くの第3級アミンがテストされ,Ea値が1∼11 kcal mol−1に減少し [8],活用されている.また触媒は8倍以上の促進作用ありとの報告などがある [18].

ここではその基本的な,3.3項で解析したPhNCOとメタノールとの反応への,トリエチルアミンの触媒作用の式(6)の,4分子反応系のシミュレーションを行う.前節のEa が 7.23 kcal mol−1から,Et3N関与でどれだけ減少するか,また遷移状態での触媒の立体的関わりを解明する.   

PhNCO + 2MeOH  Et 3 N PhNHCOOMe .MeOH (6)

そこで先ずPhNCOと2MeOHとの安定化(3.3項:4.90 kcal mol−1)より,PhNCOとEt3Nの安定化が8.66 kcal mol−1と大きい情報を得,Figure 4のA1に示す.安定化は主に水素結合(Hb)とCT性およびCH/π作用によるものと示唆され,点線で示した.

Figure 4.

 Interaction between PhNCO and Et3N (A1), and the catalytic reaction with 2MeOH for the urethane (B).

次にA1のNCO部とメタノール二量体相当のもの,MeOH.MeOHのOとの同様の接近で最安定配座錯体B (Figure 4の右: HOF = −130.65 kcal mol-1:以後Bcom)が得られた.この構造と次に挙げる原子間距離(Å)でEt3Nの触媒作用の第一歩が見られる.点線が主な作用を示す.以下に主な原子間距離を示す.    8C-10O: 1.54, 10O-26H: 1.63, 26H-13N: 1.12(Å)   

即ちEt3NがMeOHのH+を一旦捕捉しており,次の MeOとNCOの8Cとの反応性を高める.なおFigure 4のA1はメタノール関与前のPhNCOとEt3Nとの作用図である.Figure 5に,Figure 1同様の反応過程と系のエネルギー(HOF)を示す.

Figure 5.

 Energy profile of catalytic urethane formation from PhNCO and 2MeOH by Et3N. Energies (HOF: kcal mol−1).

A1にはメタノール2分子のエネルギーを算入している.またA2ではメタノールの水素結合を追加している.Complex.1はFigure 5の相互作用を,Complex.2はその後のメタノール二量体の作用での安定化(7.97 kcal mol−1)であり,6員環錯体(Bcom)を経ることを示す.その後反応点の接近を経て,遷移状態TSを得,生成系Dのフェニルカルバミン酸メチルまでの反応過程である.相互作用3種を分けて表す.

次にMeOの10OとNCOの8C,MeOHの27HとNCOの7Nの,更なる接近操作を行い,その過程で遷移状態TS: C (HOF = −126.73 kcal mol−1,虚数振動数 = 268.0i cm−1)を得た.Figure 6にそのTS構造(と虚数振動位置)とIRC 図を示す.そのEaはBcomとC (TS) の差から次のようで あり,その振動位置には振動(突起)が見え,TSを支持する.    Ea = 3.92 kcal mol−1       TS振動: 268.0i cm−1 ,位置;NCO-OMe主な原子間距離:8C-10O = 1.80,13N-26H = 1.38,10O-26H = 1.25.   

Figure 6.

 IRC data of catalytic urethane formation via the complex (Bcom) from PhNCO and 2MeOH by Et3N.

TS後それ以下のHOFで26Hが7Nへ移動し,生成系のフェニルカルバミン酸メチル錯体Dが導かれる.カルバミン酸メチルは残余MeOHとEt3Nで14.1 kcal mol−1安定化している.

TSでのEt3Nの触媒作用は,3.3項との差から 式(7)で表され,TSが3.31 kcal mol-1低減され,検証された.    ΔEa = 7.23ー3.92 = 3.31 (kcal mol−1)    (7)   

この反応系ではFigure 5から,Et3Nでかなりの発熱が予想される.また反応のEaは3.92 kcal mol−1 とかなり小さいので,これらは実験条件や安全管理の指針となる.

5 生成物のカルバミン酸の不安定・脱炭酸性とウレア化,およびカルバミン酸エステルの安定さについて

ポリウレタン工業ではカルバミン酸の脱炭酸による発泡性をクッション機能制御などに活用している.しかしカルバミン酸はなぜか単離が難しいなど [15],その本体エステルとの性質の違いは材料物性などでも問題となる.本節ではその違いの原因を解析するため,3.2節の生成物のフェニルカルバミン酸とフェニルカルバミン酸メチルについて,加水分解反応をシミュレーションで検証した.

5.1 フェニルカルバミン酸の水との反応

3.2項と同様に水2量体との接近を行い,Figure 7のアニリンとCO2の生成を伴う計算結果を得た.実験事実が検証される.式 (8)のEa = 11.4 kcal mol−1の反応である.    PhNHCOOH + 2H2O → PhNH2 + CO2 + 2H2O    (8)   

Figure 7.

 IRC data on the reaction of phenyl-carbamic acid with 2H2O.

初期配置での水はベンゼン環近くであったが,水の18H をカルバミン酸の12Nへ接近する操作で,追随する水分子はカルボン酸部に移動した.遷移状態ではH3O+イオン の生成が認められる.生成系DではアニリンとCO2が生成し,分解の実験結果を再現している.

またこの反応の活性化エネルギーは,Ea = 11.41 kcal mol−1と算出された.3.2項で得たPhNCOと水とのカルバミン酸化反応の,Ea = 9.12 kcal mol−1 とあまり変わらず,小さい.浅井らは最近,TDIと似たMDIと水からのカルバミン酸生成等をH1NMRで追跡し,その速いアミンとCO2への分解とそのウレア体への変化を明きらかしている [19].本法でも同様と推定される.カルバミン酸単離の難しさが解り,炭酸ガス発泡のクッション利用では反応条件の重要さが示唆される.また3.4項メチルアミンのPhNCOとの高い反応性情報はウレア体副生のし易さを推定させる.

5.2 フェニルカルバミン酸メチルと水との挙動

初期配置では5.1項と同様に水は相手のベンゼン環の近くに置いた.両者接近でのIRC結果をFigure 8に示す.

Figure 8.

 IRC data on the contact of methl phenyl-carbamate with 2H2O.

5.1項と同様の,NへのH2Oの接近は,TS構造では水分子のベンゼン面の上下への対称な移動をもたらした.その変化はNHの水素が水2分子と均等に交換するもので,エステル自体では何の変化もない.式(9)の平衡と判断される.下線部の変化は水素同位体でチェック出来るであろう.    PhNHCOOMe + 2H2O

(9)
PhNHCOOMe + 2H2O

またこの平衡の活性化エネルギーは,次の値である.    Ea = 21.38 kcal mol−1   

5.1項と比べ,かなり大きい.エステルでは水素結合を起こし難いため,水2分子は水素交換の有利な対称な位置に移動した.エステルが水にかなり安定な事実を説明する.PM6法はウレタン結合等の安定性評価に有効である.

6 結論

イソシアナートの反応解析に関し,PM6法での反応エネルギーと立体的状況の連続的観察で,次のように言える.

1) 置換フェニルイソシアナートとアルコールとのウレ タン化反応性は,置換基分子のMullikenの電気陰性度((IP + EA)/2),と強く相関し,本法で推定出来る.

2) イソシアナートとアルコール,水等との反応は,1:2モル比の6員環錯体(5 kcal mol−1 程度の安定化)を経て進み,遷移状態(TS)も6員環を保持し,活性化エネルギー(Ea)は4∼13 kcal mol−1 と検証された.メチルアミンなど(ウレア化)Eaは小さく,実験の高い反応性をよく説明出来る.遷移状態構造から,分子間の水素結合とその間の役割が分かり,塩基性のアミンでも活性水素が出現し,N=C=O 部と反応し易い.PM6とMOPAC2016のPM6-D3H4ハミルトニアンの関係も述べた.

3) イソシアナート類 X-N=C=O の反応性差(Xが電子求引性のとき活性)もEa値で判断出来る.

4) 第3級アミンの大きい触媒作用は,その4分子系の解析で,上記1:2 錯体中のプロトンの受け渡し役で,Ea 値を1/2程度に低下させると評価された.かなりの発熱が予想され,安全管理の情報となる.

5)イソシアナートの反応で生成するカルバミン酸とカルバミン酸メチルエステルの安定性差(前者は不安定,後者は安定)の事実に関して,それらと水2分子との接触挙動をシミュレーションした.前者のEa は上記反応と同等に小さく,アミンと CO2に分解し,事実を説明できる.後者のEaは大きく,しかもエステルの分解は見られず,単なる水素交換である.加水下の結合の安定性有無の原因を検証する手段となり得る.ウレタンの発泡制御の知見ともなる.

Acknowledgment

古川睦久長崎大学名誉教授・ながさきポリウレタン技術研究所所長様,吉村浩幸東ソー(株)ウレタン研究所所長様,同研究所柳原友様および旭硝子(株)ウレタン事業部市場開発営業部長和田浩志様には,本論文執筆に当たり,イソシアナートの反応性とポリウレタン関係文献の知見を頂き,また論文原稿へ丁寧なコメントとご教示を頂いた.深謝申し上げる.また鹿児島大学学術情報基盤センター相羽俊生様のご支援に感謝する.

参考文献
 
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