2016 Volume 15 Issue 2 Pages 23-31
Membrane bioreactor (MBR)とは微生物による汚濁物質の生分解と膜ろ過による固液分離を組み合わせた技術であり,省スペースで水処理を行えるという利点がある.しかし,MBRが抱える主要な問題の一つとしてファウリングがある.ファウリングとは膜が目詰まりする現象であり,膜の透過性能を低下させて運転コストを増大させる.そのため膜を薬品によって定期的に洗浄する必要があるが,薬品による洗浄にはコストがかかるため頻繁に洗浄を行うのは望ましくない.そこで適切な時期に洗浄を行うべくファウリングを予測するモデルの研究が行われている.既往の統計モデルによる予測手法では,MBRが新設直後で測定データが存在しない場合や予測する期間の運転条件と過去の運転条件が類似していない場合は予測困難である.そこで本研究では,ファウリングのメカニズムはあらゆるMBRにおいて共通だと考えられることに着目して,あるMBRにおけるファウリングを他のMBRでの測定データを用いた統計モデルによって予測する手法を提案した.実際のMBRで測定されたデータを用いたケーススタディでは,新設直後のMBRでのファウリング予測を行う際には,そのMBRでの測定データのみで構築されたモデルよりも,他のMBRでの測定データを合わせて構築したモデルの方が精度良く予測できることが確認された (Figures 4, 5, Table 2).
生活排水や工業排水の処理方法としてmembrane bioreactor (MBR)は広く用いられている [1].MBRでは微生物によって汚濁物質が生分解され,その後微生物と処理水が膜によって固液分離される.従来の活性汚泥法と比較して微生物を高濃度に保てるのに加えて,沈殿槽が不要であるので省スペースという利点がある [2].
MBRが抱える主要な問題の一つとしてファウリングが挙げられる [3].ファウリングとは活性汚泥やコロイド等のファウラントが膜細孔内部や膜表面へ付着する現象である.ファウリングは膜の透過性能の劣化につながり,定量運転の際には時間が経過するにつれてtransmembrane pressure (TMP)が上昇するため運転コストの増大を招く [4].
ファウリングへの対策としては曝気洗浄や逆圧洗浄,薬液洗浄などがある.曝気洗浄は膜表面に送り込んだ空気によって膜を搖動させる洗浄方法であり,また逆圧洗浄は通常とは逆方向に処理水を流してファウラントを除去する洗浄方法である.これらの物理洗浄だけでは除去できないファウラントが存在するので薬品を用いた膜の洗浄が定期的に行われている.薬品による化学的な洗浄方法は薬液洗浄と呼ばれ,膜透過性能を大幅に回復させるという利点を持つ.一方で,洗浄準備に時間を要する上に洗浄の実施には多大なコストがかかる.加えて過度にファウリングが進行すると薬液洗浄による洗浄回復性が低下するので,薬液洗浄は適切なタイミングで実施される必要がある.
そこでファウリング予測モデルに関する研究が行われている.モデルには,科学的背景から導かれた物理モデルやプロセスで測定されたデータを用いて統計的に構築された統計モデルがある.Liuらは,測定されたデータを用いてニューラルネットワークモデルを構築した [5].複数の物理モデルを組み合わせた場合よりもデータへのフィッティング精度が高くなる結果となった.また金子らは,化学工学的見地から導出されたモデルと統計モデルの予測精度を比較して統計モデルの方が優れた予測精度を持つことを示した [6].これは統計モデルでは運転条件や水質に関するパラメータを考慮できるからだと考えられる.
統計モデルを構築するためには十分なデータが必要であり,既往研究では予測対象のMBRの運転データが十分に蓄積されていることを前提としている.また,統計モデルが将来のファウリングを予測できるのは予測する期間の運転条件と類似した運転条件のデータが存在する場合である [7,8,9].そのため,新設されたMBRや運転条件が変更されたMBRのファウリングは既往の手法では予測困難である.
そこで本研究では,新設されたMBRや運転条件が変更されたMBRのファウリングを精度良く予測することを目的とする.そのための方針として,予測対象となるMBR以外で測定されたデータに着目する.異なるMBRでは処理水の水質や膜の性状が同じとは限らないが,ファウリングのメカニズムは各種MBRで共通であると考えられる [10].そのため様々なMBRで測定されたデータを用いて統計モデルを構築することで,新設されたMBRのファウリングを予測できると期待される.同時に,複数のMBRで測定されたデータを使用しているのでモデルを適応可能な運転条件の範囲を拡張できる.本研究の概念図をFigure 1に示す.ファウリングの指標として本研究では膜抵抗を用いる.複数のMBRで測定されたデータを使用して,測定が容易なプロセス変数と将来の膜抵抗の間で統計モデルを構築する.予測対象のMBRにおけるプロセス変数の値を入力することで将来の膜抵抗を予測できる.このように測定が容易な変数から他の変数を推定する手法はソフトセンサーと呼ばれ,プロセスの監視や製品の品質管理などに用いられている [11,12,13].
Basic concept of fouling prediction model.
実際のMBRで測定されたデータを用いて,予測対象のMBRで測定されたデータのみを用いて構築したモデルと予測対象のMBR以外での測定データを合わせて構築したモデルの予測精度を比較する.なおMBR内の状態は時間の経過にともなって変化していると考えられるので適応型ソフトセンサーであるmoving window (MW)モデリングとjust-in-time (JIT)モデリングを用いる [14,15].予測対象のMBRにおける測定データのみを用いてモデル構築を行う場合はMWモデリングを使用し,予測対象のMBR以外での測定データを合わせてモデル構築を行う場合ではJITモデリングを使用する.手法の優位性を比較する上では,予測対象のMBRにおける測定データのみを用いてモデル構築を行う場合でもJITモデリングを使用するのが妥当である.しかし本研究では新設されたMBRにおけるファウリングの予測を目的としており,予測対象のMBRの測定データのみを用いるとJITモデリング用データベースが少数データで構成されるため,JITモデリングを使用する意義に乏しい.また,MBRのデータは時系列データであるので,JITモデリングを用いてもMWモデリングと同様に,予測対象データの直近のサンプルによってモデル構築が行われると考えられる.そこで本研究ではモデリング手法が予測結果に差異を生じさせないと仮定し,上述のようにモデリング手法を設定する.またモデル構築には非線形回帰分析手法であるsupport vector regression (SVR) [16]を使用する.
ソフトセンサーが抱える問題の一つにモデルの劣化が挙げられる [17].これはプロセスの状態が時間経過にともなって変化することでモデルの予測精度が低下する現象である.そこでモデルの劣化を軽減させるため,適応型ソフトセンサーとしてJITモデリングやMWモデリングが提案されている [18].
JITモデリングでは予測対象のデータと説明変数の空間における類似度が高いデータをデータベースから抽出してモデルを構築する [11,19].予測対象のデータが変わるたびにモデルは新しく構築される.類似度としてはユークリッド距離の逆数やマハラノビス距離の逆数,相関係数などが用いられる.
一方,MWモデリングでは予測対象のデータと時間的に近いデータを用いてモデルを構築し,最新のデータが得られるごとにモデルを再構築する [14,15].時間的に近いデータ同士はプロセスの状態が似ていると考えられるので,説明変数と目的変数の関係性が一貫したモデルを構築できると期待される.
2.2 SVR回帰分析手法の一種としてsupport vector regression (SVR) [16]がある.SVRはカーネル関数によって非線形なモデリングが可能である.SVRの非線形回帰モデルは以下のように表される.
(1) |
ここでϕは非線形関数,wは重みベクトル,bは定数項である.サンプル数をnとするとSVRの学習は以下の最適化問題を解くことに帰着される.
(2) |
これを解くとモデルは次のように表される.
(3) |
(4) |
SVRモデルを構築するプログラムとしてはLIBSVM [20]を使用し,ハイパーパラメータの決定には金子らの方法 [21]を用いた.
2.3 提案手法提案手法では類似度をユークリッド距離の逆数としたJITモデリングによって膜抵抗を予測する.提案手法による膜抵抗予測の流れをFigure 2に示す.ある時刻tにおいて予測対象となるサンプルの説明変数の値xが測定されると,データベース内の各サンプルとの説明変数の空間におけるユークリッド距離を計算する.
(5) |
Flow of the proposed method. Data measured in various MBRs are stored in database. Similarity is defined in terms of Euclidean distance in input variables space. R represents membrane resistance, t and n represent time.
ここでxiはデータベース内におけるサンプルiの説明変数の値である.これより全ての距離dは以下のように表される.
(6) |
ここでNはデータベース内のサンプルの個数である.モデル構築用データ数をnとすると,dを昇順に並び替えて上位n個のサンプルを用いてSVRモデルを構築する.構築したSVRモデルにxを入力することで将来の膜抵抗を予測する.
予測対象のMBRで測定されたデータが存在しない段階では,予測対象のMBR以外で測定されたデータをデータベースとし,時間の経過にともなって予測対象のMBRで新しくデータが測定されればそのデータもデータベースに加える.
提案した膜抵抗予測手法の有効性を検証するために実際のMBRで測定されたデータを用いて解析を行った.
3.1 使用データ1つのMBRで測定されたデータを1つのデータセットとして,ケーススタディにはA,B,…,Fまでの6つのデータセットを用いた.各データセットが測定されたMBRの膜の性状のデータをTable 1に示す.なお,膜の種類は全て平膜である.本研究ではデータセットAを予測対象のMBRのデータとし,残りのB,C,D,E,Fのデータセットを既知のデータとした.
Data set | Material | Mean pore size [μm] | Total membrane area [m2] |
A | Polyvinylidene difluoride | 0.1 | 25 |
B | Polyvinylidene difluoride | 0.1 | 16.6 |
C | Chlorinated polyethylene | 0.2 | 6960 |
D | Polyvinylidene difluoride | 0.1 | 65 |
E | Chlorinated polyvinyl chloride | 0.2 | 80 |
F | Synthetic Resins | 0.25 | 0.3 |
目的変数は現在から7日先の膜抵抗とする.以下のDarcyの式を用いてTMPを膜抵抗(resistance, R)に変換する.
(7) |
ここでμは粘度,Jは膜を透過する処理水のfluxである.TMPを膜抵抗に変換する際に,処理水のfluxの値は同時刻の実測値を用い,粘度の値は1 mPa・s とした.Darcyの式より,粘度やfluxの値が一定の際には膜抵抗はTMPに比例する.そのため,TMPをファウリングの指標とみなすことも可能である.
説明変数は過去の膜抵抗,処理水のflux,処理水温とした.なお,プロセスの動特性を考慮するために過去3日分の値を入力に使用し,処理水のfluxについては6日先までの値も入力に用いた.
3.3 モデル構築用データ数の決定方法JITモデリングではモデル構築用データ数を予め決定する必要がある.そこで既知のデータセットの中で,あるデータセットをバリデーション用データセット,残りのデータセットをデータベースとして提案手法によって予測を行った.バリデーション用データセットを変えてこの操作を繰り返し,全データに対する予測値を得た.データセットの分割方法の模式図をFigure 3に示す.予め設定したモデル構築用データ数の候補の中でRMSEvalが最小となるようにモデル構築用データ数を決定した.なおRMSEvalについては付録Aを参照されたい.
Schematic representation of data set partitioning.
同様にして,MWモデリングでも予めモデル構築用データ数を決定する必要がある.そこで,モデル構築用データ数の候補を設定し,各候補の値で既知のデータに対してそれぞれ予測を行った.モデル構築用データ数はRMSEvalが最小となる候補の値とした.
3.4 結果と考察今回は既往の手法としてmoving window support vector regression (MWSVR)を使用した [22].MWSVRでは予測対象のMBRで測定されたデータのみを用いてモデリングを行うのに対し,提案手法では予測対象のMBR以外で測定されたデータも用いるのに注意されたい.既往手法,提案手法のモデル構築用データ数はそれぞれ10,40とした.薬液洗浄が実施されてから次に薬液洗浄が行われるまでの期間を1つのバッチとみなすと,予測対象であるデータセットAは3バッチからなる. データセットAに対するMWSVRと提案手法による予測結果をFigure 4に示す.なお,目的変数である膜抵抗の値はDarcyの式に基づいてTMPに変換した上で図示している.Figure 4 (a)からはMWSVRでの予測値は実測値よりも低いという傾向が伺える.これは予測対象データの目的変数の値がMWSVRのモデル構築用データの範囲に存在しないためであると考えられる.一般に膜抵抗の値は時間の経過にともなって増加するので,予測対象のMBRで測定された膜抵抗の最大値よりも予測対象データの膜抵抗の値の方が大きくなる.結果としてMWSVRによる予測値は実測値よりも低くなったと考えられる.一方でFigure 4 (b)からはTMPの値が低い領域において提案手法では予測誤差が大きいことが確認されるが,TMPの値が高い範囲ではプロットが対角線付近に位置している.ファウリングを予測する意義は適切な薬液洗浄の時期の推定にあるのでTMPの値が高い領域において予測精度が高い提案手法のほうがMWSVRよりも有用だと期待される.
Relationship between measured TMP and predicted TMP.
予測精度に関する統計量をTable 2に示した.なお
Method | ||
Traditional method | 0.22 | 4.2 |
Proposed method | 0.53 | 3.3 |
予測結果の時間プロットをFigure 5に示す.Figure 5 (a),(c),(e)はMWSVRによる予測結果であり,Figure 5 (b),(d),(f)は提案手法による予測結果である.TMPの値が高い時刻においては,提案手法による予測値の方がMWSVRによる予測値よりも実測値に近いと分かる.これより,適切な薬液洗浄の時期を推定する上で提案手法の方が既往手法よりも有用であると示唆される.しかし,Figure 5 (b)の全域やFigure 5 (f)の前半といった複数箇所で提案手法によるモデルの予測誤差が大きいことが確認された.
Time plots of measured and predicted TMP.
予測精度を改善させるには今回は使用しなかったプロセス変数を説明変数として取り入れるなどの手段が考えられる.例えば,曝気量はファウリングへの直接の寄与があるとされており,MLSS濃度などの水質変数は活性汚泥の性質に寄与して間接的にファウリングへ影響していると考えられている [1,23].提案手法では全データセットで共通に測定されていたプロセス変数のみを説明変数としているので共通で測定されていないプロセス変数は使用できなかったが,上述のように膜抵抗への寄与が示唆される変数が共通で測定されていればさらに予測精度が向上する可能性がある.
予測対象のMBRで測定されたデータが十分に存在しない場合や予測する期間の運転条件と過去の運転条件が類似していない場合において将来の膜抵抗を予測するために,予測対象以外のMBRで測定されたデータを用いた統計モデルの構築を提案した.実際のMBRで測定されたデータを用いてケーススタディを行ったところ,予測対象のMBRで測定されたデータのみを用いたモデルよりも特にTMPの値が大きい時刻において提案手法によるモデルのほうが精度良く予測を行えることを確認した.この結果から,適切な薬液洗浄の時期を推定するには提案手法のほうが従来手法よりも有用であると期待される.しかし提案手法によるモデルの予測誤差が大きい箇所も見られた.膜抵抗への寄与が大きいプロセス変数を説明変数として使用できれば提案手法によってより精度良く予測できる可能性がある.
本研究では全データセットにおいて共通に存在するプロセス変数のみを使用して予測を行った.しかし,モデル構築に使用するデータセットを限定すれば,運転条件・水質といったより多くのプロセス変数を説明変数として使用できる.予測精度が高くなるようにデータセットやプロセス変数を選択する方法の検討が今後の課題である.
提案手法によって,新規MBRにおけるファウリングの予測やファウリングを抑制する条件のより幅広い範囲での探索が可能になる.MBRの効率的な管理によって運転コストの削減につながればMBRのさらなる普及が期待される.