Journal of Computer Chemistry, Japan
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Commentary
Computational Chemistry Studies on CO2 Chemical Absorption Technique: Challenge on Energy and Environmental Issue
Kei TERANISHIAtsushi ISHIKAWAHiromi NAKAI
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2016 Volume 15 Issue 2 Pages A15-A29

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Abstract

アルカノールアミンによるCO2の化学吸収法は,発電所などの大規模CO2排出源における排出削減措置として現在最も有効な手段の1つと考えられている.現在,主にCO2回収過程におけるエネルギーコストの削減を目的として様々な吸収液が開発されており,CO2吸収液に用いられるアミンの分子設計が実験・理論の両面から精力的に進められている.本稿では,CO2とアミンの化学反応の理解・分析において理論計算,特に量子化学計算および第一原理分子動力学計算がどのように用いられてきたかを解説する.

1 はじめに

1.1 背景

産業革命以降の化石燃料資源の大量消費は,CO2排出量増加や資源枯渇など様々な環境・エネルギー問題の原因となっており,現代はこのような問題を解決する上での分岐点にあると言ってもよい.この認識は世界規模で急速に広まりつつあり,1992年にCO2を含む温室効果ガス排出量に対する最初の国際的な取り決めとして国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)が採択されたのに端を発して,その後も数多くの会合や取り決めがなされてきた [1,2].しかし,未だにCO2排出量は増加し続けており,特に2000年以降においてCO2の排出量増加はさらに加速している(Figure 1).したがって,CO2排出量削減に向けた早期かつ強力な取り組みが必要なことは明白である.

Figure 1.

 Total annual greenhouse gas emissions by group of gases 1970-2010 (HFC: hydrofluorocarbons, PFC: perfluorocarbons) [3].

世界のエネルギー情勢を分析し長期のCO2排出量予測を行う国際エネルギー機関(International Energy Agency: IEA)は,2010年にCO2排出量の予測値として「各国が現行の政策や対策をそのまま続けた場合」と「2100年の大気中の温室効果ガス濃度をCO2換算で450 ppm程度の水準に下げ,2100年の平均気温を産業革命以前に対して+2 °C以内に抑える場合 (450シナリオもしくは2 °Cシナリオ)」を設定した [4].IEA同様に環境政策に強い影響力を持つ機関である気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)は,450シナリオを達成するにはおおむね2050年までに世界全体で2010年時点に比べて40% ∼70%のCO2排出削減が必要と見積っている [5].また,450シナリオ実現のための具体的な条件にも言及しており,世界各国が協力して排出削減に取り組むことはもちろんではあるが,温暖化対策に関する多くの技術革新が欠かせないとしている.その技術革新の柱は,①バイオエネルギーの普及と,②発生したCO2を大気に排出する前に回収して貯蔵・隔離するCO2回収・貯蔵(CO2 capture and storage: CCS)の発展である.このうちCCSに対する期待は大きく,例えば,21世紀末までには全ての化石燃料発電設備がCCSを装備することが2 °Cシナリオの達成のためには必要としている [3,6,7].

IPCC同様,IEAもCCSへ大きな期待を寄せている.IEAは,現行の各国政府の目標と450シナリオの中間に位置するブリッジ・シナリオ(bridge scenario)も設定し,まずはこのブリッジ・シナリオの達成を目指すことを提言している [8].同時に,ブリッジ・シナリオから450シナリオへの移行においては更に踏み込んだ排出削減措置が必要としており,ここでCCSが大きな役割を担う(Figure 2).450シナリオにおいてはCCSへの投資が盛んに行われるといった将来予測も行われており,様々な国際機関がCCSへの期待を膨らませていることが伺える(Figure 3).

Figure 2.

 Global cumulative CO2 emissions reductions in the 450 scenario relative to the bridge scenario by measure, 2015-2040 [8].

Figure 3.

 Global investment in variable renewable, CCS and electric vehicles in the 450 scenario [8].

このような状況のもとで,我が国の科学技術が果たすべき役割は比較的大きい.事実,2011年時点におけるCO2分離・回収技術における国際特許の割合は日本が26.5%と世界で最も割合が大きい(米国 22.5%,中国 10.6%) [9].したがって,これらの技術の基礎となる知見の発見・深化においても日本が主導的役割を果たすことが期待される.

また,CO2化学吸収法の研究に対する計算化学への期待も大きい.CO2化学吸収法全体の論文発表は2010年以後急速に増大しているが,それに同期して計算化学研究の論文発表数も増大している(Figure 4).CO2化学吸収法全体のおよそ1/8が計算化学研究であり,計算化学が一定の地位を築きつつある実情が伺える.

Figure 4.

 Number of publications in CO2 chemical absorption and that for theoretical or computational studies on CO2 chemical absorption. a) searched by Web of ScienceTM with the keyword for topics 'CO2 chemical absorption' and ('theoretical' or 'computational' or 'ab initio' or 'first principle'). b) searched by Web of ScienceTM with the keyword for topics 'CO2 chemical absorption'.

本稿は,このような現状を踏まえてCO2化学吸収法の基礎的・物理化学的知見の発展,特に反応メカニズム等の理論面での発展に寄与すべく,CO2化学吸収法に対する近年の計算化学研究をまとめた解説を行う.

1.2 CO2分離・回収技術(CO2 capture and storage technology)

CCSは,発電所や製鉄所,化学工場といったCO2大規模排出源からCO2を選択的に分離・回収し,地中や海洋深くに貯留・隔離することで大気中へのCO2排出を抑制する技術である [10].2005年にIPCCからCCSに関する特別報告書が刊行されたことで,CCSは国際的に認知されることとなった [11].2014年に公表された最新の評価報告書では,CCSを初めて温暖化対策の重要な柱として位置づけており,同年ペルー・リマで開催されたCOP20においてもCCSの重要性が指摘された [12].

CCSは,化石燃料資源に依存している火力発電所やその他の工業施設が現行の操業を継続したまま実施することのできる数少ないCO2排出削減措置である [10].発電所からのCO2排出量はセクター別に見て最も大きいため,発電所での利用に適したタイプのCCSが特に期待されている(Figure 5).現在商用規模でのCCSは導入が進みつつあるが,さらなる普及を急ぐべきとIPCCの報告書等でも指摘されている [5,13].今後CCSを普及させるためには満たすべき法規制の整備や,経済性・社会受容性などの課題解決が求められているが,CCSの技術的発展も喫緊の課題の一つである.

Figure 5.

 Energy supply sector greenhouse gas emissions by subsectors [7].

CCSにおける基礎技術は,CO2の分離・回収技術と圧入・貯留技術から構成される.このうち,特に大きな課題はCO2を低コストで分離し,長期間安全に安定して隔離し続けることである.IPCCは,世界全体の貯留可能量は世界の総排出量の約100年分に相当し,適切に管理された地中貯留であれば,貯留後1,000年が経過しても99%以上のCO2を保持できると予測している [11].また,現在ではCO2の高付加価値化に向け,CO2利用技術の開発も進行している [14].現状では,地中に超臨界CO2を浸透してCO2混じりの原油を採取する,いわゆる石油増産回収(enhanced oil recovery: EOR)に対する利用が最も盛んである.CO2の利用技術および貯留技術の発展と比べ,CO2分離・回収技術の低コスト化は未だに発展途上である.地球環境産業技術研究機構(research institute of innovative technology for the earth: RITE)によると,現在の技術ではCCS全体を運転するために必要なコストの半分以上がCO2分離・回収工程であるとされている.したがって,CCS普及のためにはエネルギーコストの小さい分離・回収技術を開発する必要がある.

ここでCO2分離・回収技術としての主なアプローチを大別すると,①化学反応を用いてCO2を吸収させる化学吸収 (chemical absorption)法,②高圧・低温下で物理的にCO2を吸収させる物理吸収(physical absorption)法,③高圧下で多孔質の吸着剤にCO2を吸着させる吸着分離(adsorption separation)法,④膜による気体の透過速度の違いからCO2を分離する膜分離(membrane separation)法,⑤液化させて沸点の違いを利用する深冷分離(cryogenic separation)法などである(Figure 6) [10,15].このうち,化学吸収法,物理吸収法,吸着分離法は既に実用実績がある.ただし,どの技術も長所と短所を抱えており,排出源の規模や特性に適応した技術の選択が必要となる.例えば,石炭火力発電所の排ガスには窒素酸化物(NOx)や硫黄酸化物(SOx),煤塵,水蒸気,酸素などが含まれており,CO2濃度は12–15%である [15].すなわち,低分圧CO2の選択的な吸収が必要である.ここから,火力発電所からの排ガスを処理する場合に化学吸収法が適した選択肢と言える.2011年の原子力発電所停止後,火力発電への依存度が急速に高まっている日本の現状を踏まえると [16],火力発電所から排出されるCO2を抑制する技術の必要性は特に大きいと言える.

Figure 6.

 current main approaches in CCS and their absorption capacity of CO2, and optimal partial pressure or concentration of CO2.

1.3 化学吸収法

化学吸収法は,温度変化によるCO2と塩基性水溶液の反応性の違いを利用した技術である(Figure 7).この手法は,吸収液にCO2を吸収させる分離過程(40∼60 °C)と,吸収液からCO2を放散させる回収過程(100∼140 °C)から構成される [15].発電所や製鉄所からの排ガスは吸収塔に下部から供給され,塔の上部から供給される吸収液と交流接触する.その際,排ガス中のCO2は選択的に吸収液と反応し,取り込まれる.その後,吸収液は放散塔へ移動しCO2回収過程へと進む.吸収液内のCO2を回収するためには,化学的に強く結合した吸収液中の化合物とCO2を解離するだけの熱エネルギーが必要になる.そこで放散塔では,吸収液を高温の蒸気で加熱することでCO2の放散反応を促す.水溶液から放散したCO2は放散塔上部からCO2濃度99%以上の濃縮ガスとして回収される.回収されたCO2は純度が高いため,CO2純度が問われるEORなどの利用に適している.もちろん,地中へのCO2貯留も可能である.以上がCO2分離・回収過程の概要である.なお,CO2を放散した吸収液は再び吸収塔に移動し,再利用される.

Figure 7.

 Illustration of the chemical absorption process using amines as CO2 absorber.

CO2の吸収液には炭酸ナトリウムおよび炭酸カリウム水溶液 [17],アミノ酸水溶液 [18],イオン液体 [19,20,21]など,多種多様な溶液が用いられているが,現在ではアミン水溶液を用いるのが主流である.この理由としては,アミノ基とCO2の反応性が高いこと,低分圧のCO2を排ガス中から90%以上の回収率かつ99.9%以上の高純度での回収が達成できること,などがある.実際,アミン水溶液による混合ガス中のCO2除去は,CCSのみならず天然ガス生成やアンモニア製造プラントなどで古くより用いられてきた [22].なかでもモノエタノールアミン(monoethanolamine: MEA)は,安価かつ低分子量,高い溶解度,CO2との高い反応性などの点から広く利用され,アミン水溶液のベンチマークとして扱われている [23,24,25](なお,本稿で登場するアミン化合物をScheme 1にまとめる).一方で,MEAはCO2を吸収する際の反応熱が大きいため,CO2の放散反応に多大な熱エネルギーを要する点や,低沸点であり腐食しやすいことから溶液の損失が大きい,などの短所が存在する [26,27].これらの課題から,MEAよりも性能の良いアミン,すなわちよりCO2を早く多く吸収でき,かつ少ない熱エネルギーでCO2を放散できるアミンの研究・開発がなされており,MEAの他にジエタノールアミン(diethanolamine: DEA)やメチルジエタノールアミン(methyl-diethanolamine: MDEA)なども有力なアミンに数えられる [28].

Scheme 1.

近年の分光学・熱測定等の物理化学的測定技術や理論・計算化学の発展,さらにはターゲットとなる化合物を選択的に合成する有機化学の発展はめざましく,多種大量の化合物を経験的・発見的に検討する手法から,物理化学的視点に基づいて化合物の性能を予測し,合成する「合理的設計(rational design)」への転換が行われつつある.このような視点からCCSにおける高性能なアミンを開発するうえで,溶液内のアミン-CO2系で起こる反応の理解は不可欠な要素と言える.

上記のような背景のもと,アミン-CO2系の反応機構の解明に向けて数多くの実験的・理論的研究がなされてきた.本稿では,溶液内のアミン-CO2系で起こる反応に関する研究,特にその反応機構に関する理論的研究に焦点を当てて解説を行う.

1.4 一般的なアミンの性質と研究・開発動向

アミン(amine, RNH2)水溶液内において,CO2は重炭酸イオン(bicarbonate, HCO3) [29],カルバメート(carbamate, RNHCOO) [24,30]の状態で存在すると広く考えられている.このうち,1級・2級アミンにおいてはカルバメートの生成反応が速やかに進行する [24].この傾向はカルバメート生成反応の反応熱が大きいことに起因するが,これは同時に回収過程でCO2の放散に必要なエネルギーが大きくなることも意味する [26].さらに,カルバメートの生成を通じてCO2を回収する場合はCO2ローディングの問題が生じる.この量は,アミン1モルが吸収するCO2のモル量 (mol-CO2/mol-amine)として定義される.アミン-CO2反応の機構については後に詳細を述べるが,一般にアミンとCO2からカルバメートを生成するには2当量のアミンが必要となる.したがって,CO2ローディングの上限は0.5 mol-CO2/mol-amineとなり,単位アミン量あたりのCO2吸収量が小さくなる傾向にある [31].一方,3級アミンにおいては,1級や2級アミンとは異なり,カルバメートの生成において必要となるN原子上のプロトンが存在しない.したがって,3級アミンに対してはカルバメートの生成が起こらず,重炭酸イオンが主な生成物となる [29,32].重炭酸イオンの生成反応の反応熱はカルバメートに比べて小さく,その分CO2回収エネルギーも小さい.さらに,重炭酸イオンの生成には1当量のアミンしか要しないため,CO2ローディングは1 mol-CO2/mol-amineとなる.このような視点から,CO2分離・回収過程の熱エネルギーコストおよびCO2ローディングの観点からカルバメート生成を抑えるアミンが化学吸収法では比較的広く用いられている.このようなアミンの例として3級アミンの他,2アミノ2メチル1プロパノール(2-amino-2-methyl-1-propanol: AMP)や2イソプロピルアミノエタノール(2-isopropylaminoethanol: IPAE)などアミノ基の周囲が嵩高いヒンダードアミンを挙げられる.これらのアミンは,従来の1級や2級アミンによりもCO2回収エネルギーが小さくなる [33].これは,アミノ基の周囲の嵩高さがカルバメートの不安定化に寄与しているためと考えられており [34,35],実際,多くのヒンダードアミンはカルバメートを生成しない [36].結果として,CO2回収エネルギーは小さく,CO2ローディングが1 mol-CO2/mol-amineに近くなるという特長を有する.このうちAMPは3級アミンの中でもCO2吸収速度が大きく劣化耐性に優れているため [37],特に広く用いられている.

近年では従来のアルカノールアミンに替わる分子として環状ジアミンのピペラジン(piperazine: PZ)誘導体への注目も大きくなっている [38].PZは従来のMEAと同様に反応性が高く,MEAよりも腐食や揮発による溶液損失が少ないなどの利点を持つ [38,39].また,高濃度PZ水溶液は他のアミンを上回るCO2吸収・放散特性を発揮することが知られている [40,41].

単体アミンの性能評価では,1級,2級,3級アミンの特性の違いが注目される.すなわち,多くの場合CO2吸収効率に関しては1級 > 2級 > 3級の順,吸収液再生に必要な熱効率に関しては3級 > 2級 > 1級の順で高い性能を示す.そのため,実際には互いの機能を相補する形で混合アミン水溶液を開発し,その性能評価が行われている [15].たとえば,CO2の反応性が低い3級アミンに反応のプロモーターとして1級や2級アミンを混合することで,反応性を向上させるといった事例が知られている [42,43,44].なかでも,PZは混合による反応性の向上が著しく,プロモーターとして有望視されている [45,46].

2 アミン-CO2系反応の反応機構

アミン溶液へのCO2の吸収・放散特性を把握するうえで,どのような化合物を経てカルバメートや重炭酸イオンの生成が起こるか,すなわち反応機構の理解が必要不可欠である.過去には,溶液内のアミン-CO2系の反応機構は実験により得られる反応速度を速度論的視点から解析する研究が主であった [47].しかし,1988年のChakraborty [48]や1993年のAndresら [49]による量子化学計算を皮切りに,理論計算に基づく反応機構の解析も行われるようになった.以下では,これまでに提唱されているCO2吸収-放散反応の反応機構について述べる[a].

Scheme 2.

2.1 カルバメート生成反応

カルバメートは,重炭酸イオンと並びアミンがCO2を吸収した際の主要な生成物の1つである.このカルバメートの生成について多様な反応機構が提唱されている.カルバメート生成の全反応   

2 R 1 R 2 NH + CO 2 R 1 R 2 NCOO + R 1 R 2 NH + (1)

に対しては,反応熱が−80 ~−100 kJ·mol−1程度 [50,51,52],CO2放散反応(式(1)の逆反応)の活性化自由エネルギーが62.8 kJ·mol−1 [53]などの実験結果が知られている. (Scheme 2)

2.1.1 カルバミン酸機構 (Carbamic acid mechanism, Am → CarH → Car [b])

この反応機構では,アミン(R1R2NH)とCO2からカルバメート(R1R2NCOO)が生成する反応が以下のように考えられている [24].   

R 1 R 2 NH + CO 2 R 1 R 2 NCOOH (2)

このカルバミン酸(carbamic acid, R1R2NCOOH)は,塩基(B)により容易に脱プロトン化され,カルバメートを生成する.   

R 1 R 2 NCOOH + B R 1 R 2 NCOO + HB + (3)

ここで,系中に存在するアミン,OH,さらにはH2Oが塩基として働く.アミンが塩基として働いた場合は次のような酸塩基反応となる.   

R 1 R 2 NH + H + R 1 R 2 N + H 2 (4)

したがって,式(2)-(4)をまとめると式(1)となり,2分子のアミンにより1分子のCO2を吸収することになる.

これらの素反応のうち,カルバミン酸生成反応(式(2))が律速段階である考えられた [30].この場合,CO2の吸収反応速度はアミンとCO2の2次反応となる.実際に,MEA-CO2系の反応速度はMEAとCO2の濃度に対して2次の依存性を持つことが知られており,上述の反応機構による予測と一致する結果となった [54].しかしながら,後に2級アミンのDEAとCO2の反応に関して詳細な反応速度の測定が行われ,DEAの濃度によって反応次数が異なり,低濃度では3次反応,高濃度では2次反応になるとの指摘がなされた [55].この結果は,実際の反応機構はカルバミン酸機構よりも複雑であることを意味するものであり,これに替わる反応機構の存在が示唆された [54].

2.1.2 双性イオン機構 (Zwitterion mechanism, Am → Zwi → Car)

この反応機構は1968年にCaplow [56]により提案され,その後Danckwertzら [57]やVersteegら [58]により再度紹介された.この機構では,アミンとCO2の反応はまず中間体として双性イオン(zwitterion, R1R2N+HCOO)を生成する.   

R 1 R 2 NH + CO 2 k 1 k 1 R 1 R 2 N + HCOO (5)

この双性イオンは,カルバミン酸同様に塩基により容易に脱プロトン化され,カルバメートを生成する.   

R 1 R 2 N + HCO 2 + B k C R 1 R 2 NCOO + HB + (6)

双性イオンの場合も,系中のH2O,OH,アミンが塩基として働く.このうちアミンが塩基として働く場合,カルバメート生成の全反応はカルバミン酸機構と同様に式(1)となる.

双性イオン機構に従った場合,CO2の吸収速度はカルバミン酸機構と次のような違いを持つ.中間体の双性イオンを不安定化学種として定常状態近似法を利用すると,溶液内のCO2反応速度rは以下のように記述することができる.   

r = k 1 [ CO 2 ] [ R 1 R 2 NH ] 1 + k 1 k C [ B ] { k 1 [ CO 2 ] [ R 1 R 2 NH ] ( k 1 < < k C ) k 1 k C k 1 [ B ] [ CO 2 ] [ R 1 R 2 NH ] ( k 1 > > k C ) (7)

この反応速度rは,速度定数k−1, kCの大小によって律速段階の位置が変化し,その結果反応速度の濃度依存性はk−1, kCの大小により2次反応もしくは3次反応となる.これは,アミンの濃度に関わらずCO2吸収反応が2次反応であるとしたカルバミン酸機構との大きな違いであり,双性イオン機構による反応速度はDEAとCO2の反応速度を説明できる点が有利とされた.

2.1.3 3分子機構 (termolecular mechanism or single-step mechanism, Am → Car)

この反応機構は1989年にCrooksとDonnellanによって提案され [59],da Silvaら [60]やArstadら [61]により理論計算からも支持された(詳細については後述する).この機構では,双性イオン機構と異なりアミンはCO2と塩基と同時に反応し,一段階でカルバメートを生成する.   

CO 2 + [ R 1 R 2 NH][B ] [ R 1 R 2 NCO 2 ][HB + ] (8)

この機構は双性イオン機構とかなり類似しており,双性イオンが中間体となるか遷移状態となるかの違いと言える.したがって,反応が「双性イオン中間体を経る二段階反応」か「中間体を経ない一段階反応」のどちらであるかがアミン-CO2反応の反応機構に対する理論的研究の焦点とされた.次節では,その経緯について過去の研究例を紹介して解説する.

2.1.4 カルバメート生成反応に対する計算化学による検討

アミンがCO2を吸収してカルバメートを生成する場合,双性イオン機構で進行するか3分子機構で進行するかを実験的に判断するうえでの難点は双性イオンの不安定性にある.一般的に,系中の双性イオン濃度は極めて小さいものと想定されており,実験により双性イオンを直接観測することは極めて難しい [62,63].これに対して,理論計算では双性イオンを露わに検討できる.このことを理由に,アミンによるCO2の化学吸収法に対する理論計算の多くはカルバメート生成反応に焦点を当てたものが多い.そのうち特に多くが,双性イオンの安定性について議論している.これは,上で述べたように双性イオンが中間体であるか遷移状態かを決定することで,双性イオン機構と3分子機構を判別することが可能になるからである.

この問題に対しては,最初に量子化学計算からのアプローチが採られた.da Silvaらは電子状態の記述にHartree-Fock法,溶媒和モデルにSM5.4法を利用した量子化学計算を行い,MEAのアミノ基とCO2の距離を横軸にエネルギー曲線を描写し,気相中において双性イオンは安定構造とはならないことを示した [60].彼らは,水やアミンなどの存在下では双性イオン状態が安定化されることも示したが,この双性イオン状態は非常に短命であると結論し,アミン・塩基・CO2が同時に反応する3分子機構を支持した.その後,Arstadが密度汎関数理論(density functional theory: DFT)と連続誘電体モデル(polarizable continuum model: PCM)を組み合わせた量子化学計算を行い,da Silvaらと同様のMEA, DEAとCO2の反応において同様の結論を得た [61].

その後,XieらはMEA-CO2系での双性イオン生成反応(式(5))とその後の脱プロトン化反応(式(6))における遷移状態について結合クラスター(coupled cluster: CC)法の一種であるCCSD (T)法とPCMを組み合わせた高精度量子化学計算による検討を行った [62].その結果,彼らは双性イオンが遷移状態ではなく中間体であること,その生成が律速段階であること,さらに速度論的考察から実際の実験条件下での双性イオン濃度はおよそ10−11 mol·L−1のオーダーであることを示した.この研究結果は量子化学計算としては信頼性の高いものであったため,双性イオン機構を強く支持するものと受け取られた.その後も双性イオン機構に基づいた脱プロトン反応に関する量子化学計算がいくつか報告された.その結果,脱プロトン化を担う塩基としてアミンが有力であることが示された [58,64,65].

このように,双性イオン機構に対する理論的アプローチは量子化学計算によるものが主であった.しかしながら,カルバミン酸機構・双性イオン機構の反応式から推察されるように,脱プロトン化において塩基が大きな役割を果たす.ここで,系中の水もやはり塩基としての役割を果たし得ることから,水分子が直接反応に介在する可能性がある.水分子が直接介在する場合,PCMのような水分子を連続誘電体として取り扱うアプローチは誤った結果を与えることが指摘され [65,66,67,68,69,70,71],多数の水分子を直接的に扱う手法により反応機構を取り扱うことが望まれた.

このような背景のもと,近年の方向性として第一原理分子動力学(ab initio molecular dynamics: AIMD)による研究が盛んである.Hanらは,DFTに基づいたAIMDでカルバミン酸機構と双性イオン機構のエネルギー変化を比較し,活性化エネルギーの計算結果から双性イオン機構が進行するとの結論を得た [72].さらに,双性イオンの脱プロトン化反応についても検討し,これらの結果からカルバメートの安定なπ共役構造の形成を熱力学的駆動力として脱プロトン化反応が速やかに進行するとした.その後,GuidoらはHanらよりも多くの水溶媒を考慮した計算を行い,双性イオン周囲の水溶媒ネットワークが双性イオンの安定性に大きく寄与することを示した [73].また,SumonらはGuidoらよりも長時間のシミュレーションを幾つかのアミンに対して実施し,水溶媒による脱プロトン化反応において溶質-溶媒間水素結合や水溶媒のプロトンリレー(Grotthuss)機構が直接関与することを示唆した [74].

これらのAIMDによる検討ではすべて双性イオンが準安定な中間体として得られており,多くの水分子を取り込んだ計算においてもカルバメートの生成では双性イオン機構が強く指示されることとなった.ただし,これらの計算ではアミンの濃度が小さい場合に対応するものが多いため,アミン-アミン相互作用が十分に考慮されていない.このような背景から,Maらは実験条件に近い30 wt%のMEA水溶液に対応するAIMDシミュレーションを行い,脱プロトン化反応の正反応・逆反応のどちらにおいても水がプロトンリレーの道筋として重要な役割を果たすことを示した.これに加えて,得られた自由エネルギー変化よりカルバメートの生成では双性イオンの生成が,カルバメートの分解ではプロトン化アミンの脱プロトン化が律速段階であることも示した [75].また,HwangらはMEAがカルバメートの形でCO2を吸収する場合,CO2の吸収と放散(逆反応)のどちらも双性イオンを経由することをAIMDから示した [76].

以上のように,カルバメートの生成において現在最も有力なのは双性イオン機構であると言えるだろう.当然のことながら,双性イオンは電荷を含むためカチオンとアニオンの記述,さらにそれらと溶媒分子との相互作用がうまく記述できることが理論モデルに求められる.このような理由から,分子動力学による検討よりも量子化学計算やAIMDによる検討が適切であると言える.しかし,AIMDは計算コストが大きく現状では少数分子系でも10∼100 psのシミュレーションが限界であるため,現在得られている反応機構は現実の機構のごく一部のものである可能性が大きい.加えて,上記の研究の多くはMEAのみの検討に終始しており,他のアミンでは双性イオン機構ではなく3分子機構を取るといったアミンの個性に依存して反応機構が違うといった可能性も残されている.今後は,理論・アルゴリズム・計算環境の発展を土台としてさらに多分子・長時間にわたるAIMDシミュレーションからの知見が期待される.同時に,現在はまだ報告例は多くないが [77,78],様々なアミンに対するAIMDからの検討も増加するものと見込まれる.

2.2 重炭酸イオン生成反応

アミン-CO2反応におけるもう一方の生成物である重炭酸イオンの生成についても,様々な反応機構が提唱されている.

2.2.1 酸塩基反応を経由 (Am → Hyd → Bic)

アミン水溶液内では,アミンや水の解離反応   

R 1 R 2 NH + H 2 O R 1 R 2 N + H 2 + OH (9)
  
H 2 O H + + OH (10)
が生じている.ここから得られるOHとCO2との反応   
OH + CO 2 HCO 3 (11)
により,重炭酸イオンが生成する [78][c].

反応式(9)の熱力学的傾向は,アミンの塩基解離定数(pKb)および共役酸の酸解離定数(pKa)から予測することができる.したがって,重炭酸イオン生成を通じたCO2の吸収効率は,アミンのpKaから予測できる.さらに,アミンの共役酸のpKaは,重炭酸イオンの生成過程のみならず,CO2吸収量やCO2吸収初速度 [79,80,81],CO2溶解度 [82,83],CO2吸収率 [83,84],吸収-放散のCO2ローディング差 [80,81]などの性能を左右することが知られている.

このような理由から,アミンのpKaを理論的に予測する研究が数多く行われている.例えば,da Silvaらはアンモニア誘導体を含む16種類のアミンに対するpKaをMøller-Plesset2次摂動(MP2)法やDFTなどとPCMを併用した量子化学計算から算出した [85].また,Guptaらも同様の量子化学計算による検討を行い,アミン10種類のpKaおよびその温度依存性を算出した.その結果,経験的な補正を行う必要はあるものの,実験との平均二乗誤差(mean absolute deviation: MAD)について1.7 pKa単位(Gibbsエネルギーにして10 kJ·mol−1以内)という高精度を得た [86].

CCSへの利用以外にもアミンのpKaは重要な物性値であることから,アミンのpKaの理論計算例は多い [87,88,89,90].pKaの予測においては,量子化学や分子動力学のアプローチのみならず物性推測の手法も一般的であることから [91],これらの手法との関連も含めてアミンのpKaの理論計算がますます重要となっていくであろう.

2.2 2 カルバメートの加水分解 (Car → Bic)

重炭酸イオンの生成過程として,カルバメートの加水分解反応   

R 1 R 2 NCO 2 + H 2 O R 1 R 2 NH + HCO 3 (12)
も重要な役割を担っていることがSmithらによって指摘された [92].その理由として,この反応が起こることでアミンが再生して高いCO2ローディング領域でのCO2化学吸収が駆動される.したがって,CO2ローディングの向上のためには式(12)の熱力学的・反応速度論的性質が重要である.この反応に対する熱力学量の実験値としてはMcCannらによるものがあり,MEAでの反応熱と反応Gibbsエネルギーがそれぞれ29.7 ± 0.1 kJ·mol−1,9.13 ± 0.9 kJ·mol−1と測定された [93,94].ここから,カルバメートの加水分解による重炭酸イオンの生成は多くのアミンにおいても吸熱反応となっていることが推察される.

この反応過程についても理論研究が報告されている.da Silvaらは式(12)の反応に対して,MEA, DEA, AMPにおける検討を行い,DFTあるいはMP2法とPCMを組み合わせた量子化学計算を行った.その結果,これらのアミンに対する式(12)の実験的な平衡定数 [32,33,95]の順序を再現することに成功した [96].同様の計算をさらに多くのアミンに対して行い,カルバメートの安定性について議論した研究も見られる [86].また,Yamadaらはカルバメートと重炭酸イオンの相対安定性を検討し,量子化学計算により13C NMRの実験結果を再現することに成功した [87].また,量子化学計算から算出されたGibbsエネルギーに基づき,カルバメート優勢なアミンと重炭酸イオン優勢なアミンとに分類するスキームを提案した.一方,MatsuzakiらはMEAでのカルバメート加水分解は遅い反応であり,その代わりにカルバミン酸を経由する機構をMP2法とPCMを組み合わせた量子化学計算から提案している [97,98].カルバメートの生成反応同様,多数の水分子を考慮した場合に同様の結論が得られるかどうか,さらなる検討が必要である.

これらの研究を総括すると,多くの研究でカルバメートと重炭酸イオンの相対的な安定性に焦点が当てられている.ただし,実験的にはカルバメートの生成を抑えるためには2級,3級アミンやヒンダードアミンを用いれば良いことは広く知られている.したがって,重炭酸イオンとカルバメートのバランスにおいてはヒンダードアミンについての研究が重要であり,多くの研究が行われているので次節で簡単に紹介する.

2.2.3 双性イオンの分解 (Zwi → Bic)

1.4で述べたように,3級アミンや嵩高い官能基を持つヒンダードアミンではカルバートの生成が起こりにくい.したがって,カルバメートの加水分解反応は起こらないが,その代わりに双性イオンから重炭酸イオンが直接生成することが予言されている [99,100]   

R 1 R 2 N + HCO 2 + H 2 O R 1 R 2 N + H 2 + HCO 3 (13)

これを,双性イオンの生成反応(式(5))と合わせて考えると   

R 1 R 2 NH + CO 2 + H 2 O R 1 R 2 N + H 2 + HCO 3 (14)
となり,3級アミンもしくはヒンダードアミンでは重炭酸イオンのみがアミン-CO2反応の生成物として得られることになる [99][d].

2.3 3級アミンおよびヒンダードアミンとCO2の反応

2級・3級アミンもしくはヒンダードアミンに対する理論的研究では,MEAとの反応性の違いやカルバメートの安定性に焦点があてられることが多い.Ismaelらは,AMPにおいて,カルバメートの生成が双性イオン機構ではなくむしろ3分子機構で起こることを量子化学計算から示しており,MEAなどで得られた反応機構に関する知見との違いを示唆している [101].また, YamadaらはヒンダードアミンであるIPEAではカルバメートよりも重炭酸イオンが主な反応物であることをDFT計算から示した.また,重炭酸イオンの生成はカルバメートの加水分解よりもIPEA + H2O + CO2による経路が優先的であることを示した [102,103].Xieらによる研究はMEAとAMPの反応性の違いに着目しており,MEAではカルバメートの生成が,AMPでは重炭酸イオンの生成がそれぞれ有利なことをDFT計算から示した [104].

これらの研究に加えて興味深い研究例として,置換基の立体障害と求核性の違いに着目したJhonらによる研究がある.ヒンダードアミンの複雑な点として,置換基の嵩高さを定量化することが容易ではない点,さらに置換基は嵩高さのみではなくアミンの電子状態にも影響を与える点が挙げられる.実際,実験によるCO2の吸収速度はMAE > MEA > AMPの順に大きいが,その解釈を立体効果のみから下すことは難しい.これらを背景として,JhonらはMEA, AMP, MAEに対してMP2法 + PCMによる量子化学計算と分子動力学シミュレーションを併用し,式(14)に対する速度論的な検討を行った [105].その結果,MAEでは求核性の効果が立体障害の効果を上回るのに対してAMPでは立体障害の効果が求核性よりも大きく,CO2がAMPに近づくことができないために反応速度が小さいと結論した.

このように,ヒンダードアミンにおいては,特にアミンの置換基がカルバメートの安定性にどのような影響を与えるかが重要である.置換基効果に焦点を当てた理論研究として,Gangarapuらによる量子化学計算(DFT, MP2 + SMD)を挙げられる.彼らは,19種類のアミンに対して式(12)の反応Gibbsエネルギーを量子化学計算から求め,アミノ基のα位にメチル基が置換された場合,カルバメートの結合角が小さくなるためにカルバメートが不安定となることを示した [106].また,AIMDによる研究例も存在し,MaらはAMPDとMEAのCO2吸収反応に関して両者のエネルギー論には大きな違いがないことを示した [78].

以上のように,現状のCCSに用いられるアミンの問題点がCO2回収過程のエネルギーコストにある点を考えると,3級アミンやヒンダードアミンは今後も重要なアミンの候補で在り続けると考えられる.ただし,これらのアミンはCO2吸収速度が小さいことが難点であり,この点の解決がなされなければ実際の利用には結びつかないであろう.しかし,これらのアミンはアミノ基に置換基を持つことから多様な分子設計も可能であり,実験・理論ともに今後多くの研究が展開されるものと見込まれる.

3 結論と今後の展望

本稿では,アミン化合物を用いたCO2分離・回収技術(CCS)における化学吸収法について,特に理論的研究に重点を置いた解説を行った.CCSにおいて課題となっている,熱エネルギーコストの低減に向けて様々なアミン化合物に対する検討が近年盛んに行われている.この問題解決のためには,物理化学のみならず反応速度論・分光学・有機化学さらには化学工学に至るまで,多様なスケールにわたる検討が必要になる.その中でも,反応熱や活性化エネルギーなどの熱力学量は,アミン吸収液としての性能を決定づける最も重要な指標の1つと言える.これら熱力学量の定量化においては,量子化学計算や第一原理計算などの手法が有効である.特に,双性イオンなどの不安定化合物の安定性を議論することができる点は,理論計算の大きな利点と言える.

今後の課題としては,上記のようなCO2吸収・放散反応において鍵となる化学種の安定性等を,CO2ローディングや吸収・放散反応速度などのCO2吸収・放散液としての性能を決定づける量とどのように関連付けるかである.その際,重要となるのは反応条件と反応機構の関連性にある.例えば,LvらによるMEAのCO2吸収反応に対する実験的研究では,アミン-CO2の反応機構はCO2ローディングが低い場合は双性イオンを経てカルバメートを生成するが,CO2ローディングが高まるにつれ重炭酸イオンの生成,カルバメートの加水分解が順次起こることが示された [107].したがって,本稿で述べた反応機構のどれか一つがアミン-CO2吸収・放散反応の全てを説明するわけではなく,反応条件に依存し競合していると考えるのが妥当と思われる.また,多様なアミン化合物を系統的に検討する場合,様々な反応機構が入り組んだ形で発現するケースや,想定していない反応機構が出現するケースが想像できる.

また,単独のアミンからなるCO2吸収液だけではなく,混合アミン系や高濃度アミン溶液での反応機構の解明も今後重要になると考えられる[e].本稿で述べたように,CO2吸収・放散反応全体を通してアミンの塩基としての役割は反応機構を構成する重要な要素の一つである.高濃度アミン溶液では塩基としてのアミンの役割がより重要となることが推察される.さらに,混合アミン系では異種アミン間でCO2を受け渡す機構などが提唱されており [108],CO2吸収液の開発にとって重要な要素をなすと考えられるが,その分子的な機構や熱力学的傾向については未知の点が多い.このような問題を理論的手法により検討する場合,多分子・長時間にわたるシミュレーションが必須である.第一原理計算のさらなる効率化や密度汎関数強束縛(density functional tight binding: DFTB)法などの利用が有望視されている [109,110,111,112,113].

CCSにおける化学吸収に対する研究は,量子化学計算および第一原理計算などの理論的手法が,地球規模でのエネルギー・環境問題の解決において有効な役割を果たし得る格好の応用例と言える.その有効性を示すためには,量子化学分野の研究者のみならず,分子動力学やさらに大きなスケールのシミュレーションに取り組む研究者,そして実験研究者との協調が不可欠と言えるだろう.

著者らのグループは,早稲田大学と株式会社IHIとの共同研究「CO2吸収液の探索・開発」が開始された当初2009年度より参画し,現在まで継続して研究を進めている.2015年度には,この共同研究体制のもと新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「戦略的省エネルギー技術革新プログラム」に研究課題が採択され,CO2回収技術の実用化に向けた研究も展開している.2014年度にはHPCI利用研究課題「化学反応シミュレーションによるCO2分離回収のためのアミン溶液の探索」(課題番号:hp140164)に採択され,理化学研究所計算科学研究機構(Advanced Institute for Computational Science: AICS)のスーパーコンピュータ「京」を活用して計算化学研究を実施した.さらに,2015年度からはポスト「京」重点課題⑤「エネルギーの高効率な創出,変換・貯蔵,利用の新規基盤技術の開発」に参加し,より現実系に近い状況での知見を得るべく研究を遂行している.本稿の執筆は,これらの研究を進めていくうえで獲得した多くの情報を整理する良い機会となった.また,本稿がこの研究分野に携わる研究者の助けになれば幸いである.

参考文献
 
© 2016 Society of Computer Chemistry, Japan
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