Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
化学・生命科学系の理学教育における3Dプリンタの活用事例
望月 祐志中村 昇太山中 正浩山田 康之工藤 光子常盤 広明川上 勝北本 俊二
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2016 年 15 巻 3 号 p. 66-67

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Abstract

Recently, technologies and applications of 3D-printers have attracted practical interests in the contexts of manufacturing and research developments. In contrast, the educational usages have still been underway. In this Letter, we report a variety of demonstrative 3D-printed molecular models used for education of chemistry and biology in our faculty of Science.

1 目的

ここ数年,3Dプリンタへの関心が急速に高まっている.3Dプリントでは,コンピュータの中で作成した造形データを樹脂や焼結金属によって直接「印刷物」として出力するので,最終的な部品・製品を高い自由度で短期間・低コストで製造することが可能となり,3Dプリンタは主に「ものづくり」の分野で革命を起こすと期待されている [1,2].また,科学技術の研究開発の現場でもモデル作成やプロトタイピングなどで注目されている.特に,3Dプリント物の分子モデルとしての価値と潜在力は高く,川上 [3,4,5]によって先導的な事例が報告されており,本学会でも報告例 [6]がある.一方,3Dプリンタを理学教育に系統的に展開している所は国内では未だほとんどない.そこで,立教大学理学部では2015年度から2年間の計画で「3Dプリンタの理学教育での活用」をプロジェクトとして運営し,実際の授業やプレゼンテ―ションでの利用を推進している.今回は,化学と生命理学での応用について報告する.

2 実施方法と経緯

分子の3Dモデルを作成しようとすると,対象分子の座標データ(pdb形式など)があれば「後はシンプルにプリントできる」と思われるかもしれない.しかし,実際のワークフローとしては分子データの準備後,(i) PyMolなどでVRMLに変換,(ii) データ修正ソフトで欠損部(面の破れ等)の補完,(iii) CADデータとして編集してSTLに書き出し,(iv) 3Dプリンタで出力,(v) プリント物の取り出し(ステージからの剥離とサポート部の除去),(vi) 仕上げ,などが必要となる.ここでは,CADソフトの扱いなどのやや工学的な専門知識と共に,造形物を上手に・綺麗に扱う工芸的な技能が効いてくる.そこで,本プロジェクトではこれらのフローを(株)スタジオミダスに業務委託し,教員は基本データの作成,ならびに授業・研究での活用に専念できる体制を最初から取ることにした.

この運営体制下,2015年4月のプロジェクト開始と同時に,熱溶融積層型プリンタとしてC/Pに優れるUP!を導入(以下,Figure 1を参照),ABS樹脂フィラメントによる出力を始め,3Dプリントモデルを複数の授業ですぐに活用することができた.表面はプリント状態では平滑ではないが,アセトンなどの有機溶剤に適時間曝すと滑らかになり,持ちやすく美しくなる.こうした仕上げをすると学生諸氏へのアピールも増す.幸い,春期のうちに利活用が進み,7月末にはワークショップを開催し,8月のオープンキャンパスでも好評を得た.こうしたこともあり,デアゴスチーニ社の「週刊マイ3Dプリンター」にも記事として取り挙げていただけた [7].

Figure 1.

 From left to right: UP! 3D-Printer, printed protein model with support part (4 pieces), removal of support part, and finished model.

Figure 2.

 From left to right: finished printed models, usage example in class, presentation example, and 4fz3 lobe model.

2015年の秋期からは,教員だけでなく大学院生による自主的なプリントの要望に応えるべく,ポリ乳酸(PLA)系のフィラメントでJSR (株)のFABRIAL®-PをUP!で使えるようにした.FABRIAL®-Pの特徴は成形精度の高さで,凸凹の精確な再現ができ,また平面形成時の反りも少ない.

2016年度も3Dプリンタ利用は多様に進んでいる.特に,後述するDNAポリメラーゼに関する実習型授業は,「マイナビニュース・テクノロジー」の取材を受けて掲載していただけた [8].また,2016年度のFABRIAL®-Pの利用では,日東電工(株)のマスキングテープ(NO.727)を予めステージに貼っておくことで,プリント後にスクレイパーを使わずに剥離できるワークフローを確立し,作業性と安全性を共に高めた.

3 事例紹介

授業で使ったモデルと授業風景の例をFugure 2に示す.左端は,DNAとダイヤモンドの骨格モデルを3Dプリントしたもの,その右は化学科の基礎授業で1年次生に回覧して手に取ってもらったところである.その右は,不斉合成の触媒のモデルを使って説明している様子で,CGのみより訴求度が高い.右端は,4fz3軌道のプリントで位相を赤青のフィラメントで表現し,これらを磁石で繋いで形にしており,無機化学の授業で利用された.

Figure 3は生命理学科の2年次生の実習型の授業で,15名程の学生が班に分かれて,DNA複製にかかる複数のタンパク質の配置を検討しつつ,溶着器を使って組み上げたモデル(DNAはワイヤ入りの紐で表現)である [6].こうした「体験型の学習」は,今後の理学教育の中で重要度が高まっていくはずで,3Dプリンタはその中で欠くことの出来ない要素になると思われる.

Figure 3.

 Model assembly of DNA polymerase.

4 今後

現在は未だ試行段階であるが,柔軟素材のフィラメントを使ったDNAやタンパク質のプリントも行っており,生体分子が本来持つ「緩さ」を表現するには好ましい印象である.また,Zuckermannら [9]によるモデルを改良・翻案した磁石ジョイント型の川上モデルによるペプチドのα-へリクス/β-シートの表現を活かした授業も検討している.研究面では,3Dプリントモデルを使うことで,抗原-抗体の接合,リガンドとファーマコフォアの結合などの描像を直観的に得つつ議論を進める試みも進めている.

Acknowledgment

本プロジェクトは立教大学教育活動推進助成から支援を受けている.実際の活動では,長島忍先生(数学科),村田次郎先生(物理学科)と協同していることを付記する.

参考文献
 
© 2016 日本コンピュータ化学会
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