Journal of Computer Chemistry, Japan
Online ISSN : 1347-3824
Print ISSN : 1347-1767
ISSN-L : 1347-1767
速報
ホモ/ヘテロダイマー系分子間振動の粗視化による分子間/分子内剛性の定量化
磯貝 実北條 博彦
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 15 巻 3 号 p. 60-62

詳細
Abstract

We have developed a method for quantifying the intermolecular forces in supramolecular systems by modifying our original method of coarse-graining intermolecular vibrations. We evaluated the true and apparent intermolecular stiffness constants for 21 dimers composed of formic acid-, acetic acid-, trichloroacetic acid-, formamide-, formamidine- or urea-monomer. In this method, the atomic displacement vectors of a dimer were projected onto a subspace spanned by bases corresponding to 12 relative translational and rotational motions and several intramolecular vibrations that are coupled with intermolecular vibrations. The intermolecular stiffness constants showed moderate linearity with the corresponding dimerization energies. The apparent stiffness constant can be explained by a mechanical model using inter- and intramolecular stiffness constants of the constituent monomers.

1 はじめに

水素結合やハロゲン結合といった弱い分子間相互作用は分子間振動の起源でもあり,その定量化はTHz分光学の発展に伴い注目されてきた [1,2].最近我々は,分子軌道法に基づく基準振動解析から得られる振動数と変位ベクトルを使って分子間結合の剛性定数を定量化する方法を開発した [3].この方法では,N個の原子からなるホモ二量体の基準振動を表す3N次元変位ベクトルを12種の基本変位ベクトルが張る部分空間(粗視化空間)に射影することで振動の自由度を12次元に縮約する.しかし柔軟な分子では分子間振動に分子内振動が強く結合するため [4],12次元粗視化空間上では振動を精度よく表せない.この場合,各構成分子の最低波数の振動モードを基底に追加することにより粗視化空間の質が劇的に向上する [5].

粗視化空間の次元の増加に伴い剛性定数は増加する挙動を示す.3N次元で算出した値は"真の”剛性定数Φinterであり,必要最低限の次元で算出した値は分子内の柔軟性を含んだ"みかけの”剛性定数Φappである.これら2種の剛性定数の差から単量体の内部剛性定数Φintraを算出することができる.

ヘテロ二量体の場合,分子間振動に対する分子内振動の結合の強さは構成分子の種類によって異なる.各構成分子の最低波数の分子内振動を基底に追加しても適切な粗視化空間が得られるとは限らないため,基底系を構築する際の基準が必要である.

本論文では,上述の解析方法をヘテロ二量体にも適用できるように理論を一般化したことについて述べ,これを数種の水素結合性ホモ/ヘテロ二量体の解析に用いた結果を報告する.

2 方法

粗視化空間の座標系における慣性行列Γ1と剛性行列Φは以下の固有値方程式を満たし,二量体の基準振動の振動数を格納した行列Ωを与える [5].   

(Γ1/2ΦΓ1/2)U=UΩ2
Φが未知であっても,何らかの方法でUを求めてΩ2を逆変換することによりΦを求めることができる.   
Φ=Γ1/2UΩ2UTΓ1/2

二量体の基準振動解析によって3N次元変位ベクトルが得られる.これを12個の基本変位ベクトルで張られる粗視化空間に射影したときの加重変位行列は近似的にUと等しい.粗視化空間の次元を増やすには,構成分子の単量体の分子内振動の変位ベクトルを基底として追加する.追加する基底としては,二量体の振動に強く結合するものを選ぶのが合理的である.本研究では,Uの各成分を2乗した値を"寄与率”と定義し,二量体の各振動モードに対する基底候補の寄与率を全て計算した後,寄与率の和が最大となる基底を追加することにした.

分子軌道計算にはGaussian03またはGaussian09を使い,各構成分子の単量体および二量体の構造最適化,基準振動解析をHF/6-311G (d,p)レベルで行った.基準振動の粗視化解析と分子内/分子間剛性の算出には,当研究室で開発したプログラム [5]を改良して用いた.

3 結果と考察

ギ酸,酢酸,トリクロロ酢酸,ホルムアミド,ホルムアミジン,尿素の単量体,これらの分子からなる6組のホモ二量体,および15組のヘテロ二量体について基準振動解析を行った.剛性行列の算出は,水素結合の方向がx軸となるような座標系(Figure 1)のもとで行った.分子内振動を基底に追加する際には,構成分子が単量体の時と二量体を形成した時とで配向を一致させる必要がある.そこで構成分子の慣性主軸を一致させるように回転することで,座標系を一意的に決定できるようにした.

Figure 1.

 Coordinate system selected for formic acid + urea dimer. Thick arrows indicate the principal axes of inertia for each molecule.

この座標系のもとで,x軸上の反対称並進を表す基本変位に対応する剛性定数(ΦTx)を算出した.どの二量体についても,次元の増加に伴って剛性定数が増加する挙動を示した.これは,分子間振動との結合の解消によってΦTxが真の分子間剛性定数に漸近するためである.ギ酸-酢酸,酢酸-酢酸,酢酸-トリクロロ酢酸の二量体(Figure 2)では,基本変位ベクトルのみからなる12次元基底系での剛性定数がそれぞれ41.7,0.0 (図中,枠外),0.5 (同) N m−1となったが,この次元の粗視化ベクトルは元ベクトルの十分な近似になっておらず,これらの値は棄却すべきと判断した.上述の方法に従って基底を追加したところ,それぞれ13,14,14個以上の基底を用いた(酢酸(トリクロロ酢酸)分子のCH3基(CCl3基)の捩れ運動が含まれる)場合に,二量体の振動の変位ベクトルを精度よく表せる粗視化空間が得られた.このような最低限の次元数で算出した剛性定数をΦappとした.

Figure 2.

 The stiffness constant (ΦTx) for three acid dimers as a function of the number of bases (= the dimension of coarse graining space). Symbols □ and ● indicateΦappandΦinter, respectively. For detail, see text.

擬二原子近似のもとで算出した分子間剛性Φpdaは二量体形成エネルギーEdimerとの相関が見られないことが指摘されている [6].Φpdaに対し,最大の次元数で算出した剛性定数ΦinterEdimerとよい相関を示した(Figure 3).この結果から,ΦinterEdimerから予測する関係式が得られた.

Figure 3.

 Correlation betweenΦinterandEdimer

分子間振動の粗視化にあたっては分子内の柔軟性を考慮したみかけの剛性定数を簡便に算出することが重要となる.連成振動子をモデルとした数値計算により,ホモ/ヘテロ二量体のΦinterと各単量体のΦintraからΦappの予測値Ψappを算出したところ,Φappとよく一致することが確かめられた(Figure 4).

Figure 4.

 Comparison betweenΦappandΨapp

参考文献
 
© 2016 日本コンピュータ化学会
feedback
Top