Journal of Computer Chemistry, Japan
Online ISSN : 1347-3824
Print ISSN : 1347-1767
ISSN-L : 1347-1767
巻頭言
特集「量子水素の科学」に寄せて
立川 仁典
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2016 年 15 巻 5 号 p. A51

詳細

水素は宇宙で最も豊富に存在する元素であり,総量数比は全原子の90%以上を占めるといわれている.また地球のおよそ70%を覆う水は,水素結合によって特異的な物理化学的性質を示し,美しい自然環境や生命活動の源となっている.一方,水素結合は,生体分子における多彩な機能発現に深く関与するだけでなく,分子性結晶や表面反応など,様々な現象で中心的な役割を担い,我々の世界の多様性を演出している.加えて,水素の同位体である重水素や三重水素が,特異的な構造や化学反応,さらには相転移などに対する興味深い同位体効果を示すことも古くから知られている.

このように水素は,森羅万象の自然現象の源を担っているといっても過言ではない.しかしながらミクロなレベルで水素の詳細を解明するには,しばしば困難な状況を伴う.それは,水素原子は他の原子よりも小さいため,従来の測定法では充分な精度での観測が困難であること,また理論面においては水素原子核自身の量子効果が大きいため,従来の計算手法では水素の描像を適切に記述できない場合があることである.近年,このような,水素原子核自身の量子効果が顕著な役割を果たす「量子水素」が関与した系に対する新しい理論手法•実験方法が考案され,新たな概念の提案と共に,水素が演じる不可思議な現象が理解されつつある.このような「量子水素の科学」の研究は,物理化学的な基礎研究に新しい局面を開くだけでなく,有機化学や生物化学のような多岐にわたる研究分野,とりわけ水素エネルギー関連技術といった応用分野への新展開にも繋がるものと考えている.

このような状況を鑑み,「量子水素の科学」という主題の特集号を企画した.水素が関与した対象に関して,最先端の理論研究・実験研究でご活躍されている13名の研究者に,最新論文のご執筆をお願いした.先ず,水素原子核の量子効果を直接含める多彩な理論手法に関してご寄稿いただいた.理論研究として,経路積分法や量子多成分系理論,さらにはその時間発展に関する理論的な詳細である.また水素の同位体としてのミューオニウムに焦点を充てた理論研究や,計算機科学の観点から超並列計算への適用に関するご寄稿もいただいた.実験研究として,水素結合-π電子系相関型有機伝導体の開発とその水素/重水素同位体効果や,固体表面に存在する水素原子が示す量子効果,さらにはカーボンナノウォールの電子状態と水素吸着に関する総説をご寄稿いただいた.このような最先端の研究成果を本特集号にて集約・共有することにより,次世代の「水素の科学:プロトニクス」の礎とすると共に,「水素」という共通の切り口により多岐にわたる研究分野を包含する新たな概念が構築できるものと感じている.

最後に,本特集号へ序論をご寄稿下さった石川先生,総説•研究論文等をご寄稿下さった著者の皆様,公益財団法人横浜学術教育振興財団,広告にご賛同いただきました企業の皆様,そして多大なご協力を賜った編集室の皆様に,あらためて厚く御礼を申し上げたい.

 
© 2016 日本コンピュータ化学会
feedback
Top