Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
フタロシアニン•フラーレン系における電子物性評価
光井 和輝池永 祐乙成島 和男高﨑 緑
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2016 年 15 巻 6 号 p. 235-237

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Abstract

Recently, studies of solar cells have been conducted actively. Especially, organic thin film solar cells are attracting attention for use as a next-generation flexible substrate material. The reasons include the recent advent of bulk heterojunction structures. Nevertheless, bulk heterojunction solar cells exhibit only about 10% conversion efficiency. They have remained in the study phase. One reason for their low conversion efficiency is that a bulk heterojunction conductive mechanism is so complicated that its fundamental electronic properties have not been elucidated well. This letter describes an examination of the excited state of the bulk heterojunction structure and evaluates its electronic properties. Charge densities are computed for excited and ground states. Then absorbance is computed and examined. Results suggest that the electronically excited state might come to differ from the electronic ground state in a phthalocyanine–fullerene bimolecular system. Moreover, we infer that this behavior brings about energy level change and subsequent variation in absorbance.

1 諸言

近来, 次世代エネルギー源として有機薄膜太陽電池が注目されている [1,2,3,4,5]. 注目された理由として, バルクヘテロ構造が登場し, 変換効率がこれまでのpn接合型に比べ飛躍的に増加したことが一つ挙げられる [4]. しかし,現段階においても10%程度の変換効率しか持っておらず [5], Si系の太陽電池に比べて低い段階にとどまっている. 変換効率が低い理由としては, バルクヘテロ構造を有する導電機構は非常に複雑であり, 基本的な電子物性があまり解明されてないことも挙げられる.

近年, 計算化学は目まぐるしい進歩を遂げており, 目に見えない分子, 原子間のやり取りを計算し, その結果を検討することが可能となりつつある. この計算化学の発展に伴い新しい材料の開発には, まず, 計算機を用い材料の基礎的物性を解明することが主流となりつつある. 有機薄膜太陽電池の材料として有名なフタロシアニン, フラーレン2分子を接近させ, 基底状態においてシミュレーション計算した研究がある [6]. しかし, 太陽電池が実際に発電するのは, 励起状態においてであり, この励起状態の電子状態を調べることは重要である. 本報告は, 励起状態における電子物性の評価を行った. 具体的には, 励起状態, 基底状態のそれぞれの電荷密度を計算, 比較し吸光度の計算を行った.

2 計算方法

基底状態, 励起状態共に, 構造最適化は以下の手順で行った. 汎関数, 基底関数は, 単体, 基底状態, 励起状態の計算ともに共通なものを用いた. 汎関数としてB3LYPを用いた. 基底関数は, 計算コストの観点から6-31Gとした. (1)フタロシアニンとフラーレンそれぞれ単体の構造を最適化した. (2) 20Åの距離において横並びに配置し, フタロシアニン, フラーレンの2分子系において, 基底状態において密度汎関数法(DFT法)により構造最適化を行った. 分子間距離20Åとした理由は, フタロシアニンのα型の結晶構造のx軸が約20Åである [7]ためである. (3)時間依存密度汎関数法(TD-DFT)法により, 基底状態の結果を入力ファイルに用いて, 励起状態構造を最適化した. 本研究における研究の本質は, フタロシアニン, フラーレン2分子間の相互作用を見ることにあるので, フタロシアニンとフラーレンの2分子を一緒の系にして構造最適化を行った. 以上の過程を終了後, 各系中の各原子の電荷量は, 基底状態, 励起状態ともにMulliken法にて計算した.

一方, 吸光度計算においては, 計算コストを考慮してHartree-Fock法により基底関数3-21Gを用いて, 構造最適化を行った. その後, Zindo/CIS法で励起状態計算を行い, 吸光度を算出した. フタロシアニンの数は1, 2, 4個の場合と, それにフラーレンC60を1つ加えた場合の計算を行った. 配置はフタロシアニン2個までは横並びにし, フタロシアニン2個の場合は, 中央にC60を配置した. 4個の場合は, フタロシアニンを正方形になるように並べ, 正方形の中央にC60を配置した.

3 結果と考察

基底状態から励起状態にすると構造変化が生じた. フタロシアニン中のポリフィリン環の窒素原子の結合が, 基底状態においては単結合であったが, 励起状態では, 1.5結合に変化した。

基底状態, 励起状態における電子雲の評価を行った. 基底状態と励起状態の間には, 著しい変化は見られなかった. DFT法により計算した基底状態における, 電荷密度の様子をFigure 1に示した. なお, Color rangeについては, 赤が負, 緑が正, の値となっている. Figure 1よりフラーレンについては, 電荷密度が正や負に偏っている部分がまばらに存在していることがわかる.

Figure 1.

 Charge density of bimolecular system in ground state

なお, 銅フタロシアニンについても同様の条件でフラーレンを20Åの距離に配置させ, 基底状態について電子雲, 電荷密度の計算を行った. フタロシアニンと似た傾向を結果として得た.

TD-DFT法により計算した第一励起状態における電荷密度の様子をFigure 2に示した. 第一励起状態とは, フタロシアニンとフラーレンの2分子系におけるHOMOから一電子を励起した状態である. この2分子系のHOMOは, フタロシアニン単分子のHOMOに相当している. 従って, 本計算結果は, 主にフタロシアニンサイトでの一電子励起によるものである. フラーレンの電荷密度は正に偏っている部分と負に偏っている部分がFigure 1と同様に存在した. 基底状態であるFigure 1と励起状態であるFigure 2を比較すると, Figure 2中の赤まるで囲った部分に大きな変化が出ていた. 炭素原子の基底状態で正だった一部の原子が励起状態では負に偏っている.

Figure 2.

 Charge density of bimolecular system in excited state

さらに, フラーレンについて, 基底状態と比較すると, 励起状態では電荷密度がまばらだった部分が, 電荷の密なところと疎なところがはっきりでることが分かった. このことから, フタロシアニンを配置することにより, フラーレンの電子状態に影響を与えていることが分かる. 電子状態に変化が生じるとエネルギーバンド理論から吸光度にも変化が出ることが容易に予想される. そこで, 吸光度計算を行った. Figure 3にその一例を示す. フタロシアニンとフラーレン2分子を20Åの距離において横並びに配置した系での吸光度の計算である. なお, この計算値は, 参考文献8に記載されている実測値と比較したところ妥当な値であった.

Figure 3.

 Absorption of bimolecular system by Zindo/CIS Method

Table 1に各系における最大吸収波長をまとめた. Table 1の左側部分にはフタロシアニンのみの場合の最大吸収波長, 右側部分には, フラーレンを1つ加えた場合について示した. Table1の左側部分からフタロシアニン分子の数が1, 2, 4と増えるにつれ, 吸光度のピーク値は693.98 nmから696.24 nm,698.13 nmと長波長側にシフト していく傾向にあった. 一個の分子の共役系を増やすと吸光度の最大吸収波長が長波長側にシフトしていくという報告がある [9]. Table 1における系は複数分子の計算であるが, この長波長シフトの傾向は, π共役が増えたことによる文献9と同様な現象が起きたのではないかと考えられる.

Table 1 Wavelengths corresponding to the highest absorption in each system
Wavelengths corresponding to the highest absorption (nm)
The number of phthalocyaninesSystem of only phthalocyaninesSystem of phthalocyanines and C60
1693.98662.56
2696.24694.38
4698.13668.55

次に, Table 1中の右側部分について考える. フタロシアニンのみの系において, フタロシアニンの数が1つの場合, 693.98 nmが最大吸収波長であるのに対しフラーレンを1つ加えると662.56 nmと短波長側にシフトした.フタロシアニンの数が2つの場合, 4つの場合も同様な傾向が見られた. この短波長シフトの傾向は, 電荷密度や電子状態の変化により, 吸光度にも変化が出るというこれまで述べてきた推測と矛盾しない.

Acknowledgment

本研究は, 国立大学法人豊橋技術科学大学の教育•研究プロジェクト「化合物•有機半導体系太陽電池の高効率化の科学」の支援を受けて研究を行われた. 関係各位に感謝する.

参考文献
 
© 2017 日本コンピュータ化学会
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