Journal of Computer Chemistry, Japan
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巻頭言
キラルオレフィンと分子モーター
後藤 仁志
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2017 年 16 巻 3 号 p. A21-A22

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2016 年ノーベル化学賞は,「世界最小の分子機械の設計と合成」に関して 3 人の研究者に授与されました.なかでもオランダ Groningen 大学の Ben Feringa 先生とは,私が東北大学反応化学研究所(現在の多元物質科学研究所)にいた頃にお会いしているだけでなく,受賞理由になる分子モーターの研究に少しだけ関わることができたので,ここで紹介します.

当時,私が所属していた原田宣之先生の研究室(以下,「原田研」)では,Groningen 大学の Hans Wynberg 教授(Feringa 先生の先生)との共同研究として,捻じれたπ電子系を持つキラルオレフィン 1 の研究をしていました.見て分かるように,この分子は不斉炭素を持っていませんが,立体構造が捻じれているために光学活性を示します.そのキラリティを実験で決定することは難しいのですが,そこは原田研のお家芸,CD スペクトルと理論計算で解明できるのではないか?ということで持ち込まれたそうです.実際,理論計算による CD スペクトルを実測のそれと比較することによって,観測された分子の絶対配置を決めることができました [1].

この捻じれたキラルオレフィンに関して,シス体 1b がラセミ化することは,当時,大きな「謎」の一つでした.つまり,芳香環の立体障害を考えると,どうしてキラリティが (MM) から (PP) に(その逆にも)変換するのか?が不明で,芳香環のトンネリングでは?と真顔で冗談を飛ばしていました.赴任したばかりの私は早速この問題に取り組み,シス体とトランス体の両方のキラル配座変換の過程について,遷移状態を含めてすべて明らかにしました [2].当時の計算機では MOPAC しか適用できず,おまけに,エネルギー障壁が高いために遷移状態を見つけるのにかなり苦労し,一年以上もかかったことを覚えています.

さて,このように理論計算によって絶対配置は決定できたのですが,原田先生は満足せず,実験でも証明したいと考えていました.最終的に,甲村長利君(現在,産業技術総合研究所)が博士研究としてメチル基を導入したキラル原料から 2 を合成し,結晶構造から絶対配置を決定することができました [3].原田研恒例の真夜中まで続くセミナーにおいて,彼がそのことについて報告して,みんなでいろいろと議論を深めていた時のことです.

『あれ!?これって(一方向に)回ってるよねぇ…』

「キラルオレフィン」の研究は,その設計,合成,単離,測定,絶対配置の決定,そして理論計算まで,全て原田研で行われたものでした.もちろん,その結果は Groningen 大学にも伝えられ,Feringa 先生が仙台まですぐに飛んできました.そしてその一年後,"Light-driven monodirectional molecular rotor"として Nature 誌に発表されました [4].原田先生の絶対配置決定に対する情熱と探求心が,「分子モーター」という偉大なノーベル賞研究の始まりとなったのです.

2016年次報告巻頭言から転載

参考文献
 
© 2017 日本コンピュータ化学会
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