2017 年 16 巻 4 号 p. 108-109
We performed MD calculations on chloroform and 1,3,5-triamino-2,4,6-trinitrobebzene (TATB) and further frequency analysis under high pressure. Peaks around 3000 cm−1 of chloroform uniformly blue shifted, but ones around 3000 cm−1 of TATB were red shifted. It was concluded that whether hydrogen bonds are formed or not greatly influences the shift of the peaks of the two stretching vibrations.
分子の振動数は力の定数と直接関係づけられる重要な要素であり,実験的にはIRやラマン分光法により観測される.これらの分光法は,物質の同定や分子の構造を知るために有用な方法である.しかし計算化学の観点からすると,液体や固体では周囲の分子との相互作用を考慮する必要があり,正確な振動数を記述するモデルの構築が難しい.特に高圧力下での分子物性は未だよく知られていないことが多く,計算化学の果たす役割は今後ますます大きくなるものと期待される.
今回我々は超高圧下における固体有機結晶に対して,MD計算の結果をもとに振動数を算出するスキームを開発した.本研究では,計算スペクトルの再現性を確認するためにクロロホルムと高エネルギー物質である1,3,5-triamino-2,4,6-trinitrobebzene (TATB)に対して計算を行い,先行研究で報告されている実験スペクトルと比較,考察を行った.
クロロホルム [1]とTATB [2]の結晶構造はCambridge Structural Database (CSD) [[3]]に登録されているものを初期構造とした.クロロホルムの格子定数は, a = 7.485,b = 9.497, c = 5.841, α = β = γ = 90°である.また,TATBはa = 9.010, b = 9.028, c = 6.812, α = 108.58°, β = 91.82°,γ = 119.97°である.第一原理計算コードQuantum Espresso [4]により超高圧をかけた状態の構造最適化を行い,各圧力下の結晶構造及び格子定数を得た.MD計算はVASP [5]を用いた.拘束条件はNVTアンサンブルを用い,温度制御は能勢 = フーバー•サーモスタットを用いた.またステップ数は104,タイムステップは0.2fsとした.得られた部分座標を直交座標に変換し,速度の自己相関関数を求め,フーリエ変換を行うことによりパワースペクトルを計算した.
Figure 1,3にクロロホルムとTATBの結晶構造を,Figure 2,4にそれぞれの振動スペクトルを示す.クロロホルムの超高圧下での振動分光はStanilaら [6]によって報告されている.クロロホルムのスペクトルでは3000 cm−1付近のC–H伸縮振動のピークが,圧力が上がるごとに高波数側へシフトしている.これは先行研究 [5]でも報告されている.この原因としては,高圧がかかることによる結晶構造の収縮であると考えられる.計算によって得られた構造においても,1GPaと10GPaの構造を比較すると4つのC–H結合において,平均0.03Å程結合距離が短くなっていた.つまり結晶構造が歪み,結晶内の分子間の距離が縮まることで高波数シフトが生じると考えられる.

Crystal structure of chloroform.

Vibrational spectra of chloroform.

Crystal structure of TATB.

Vibrational spectra of TATB.
またTATBの振動分光は日吉ら [7]によって報告されている.TATBでは3200 cm−1付近のN–H伸縮振動のピークは低波数シフトしていることが確認できた.クロロホルムの場合と逆の挙動を示したのは,TATBの平面分子間においてアミノ基の水素とニトロ基の酸素,つまりNH…Oの水素結合が形成されたためだと考えられる.つまり,圧力により結晶構造は収縮するが,収縮することで新たな水素結合が形成され,それ故にN–H伸縮振動が低波数にシフトしたのだと考えられる.
また,クロロホルムに関しては,1200 cm−1付近のC–H変角振動のピークも実験報告とよく一致した結果が確認できた.それは圧力が上がるにつれてピークがスプリットすることである.元々C–H変角振動は1200 cm−1に3つ独立したピークがあり,高圧をかけることでそれが段々と明確になっていく挙動を示すことが報告されている.本計算でも低圧領域ではdoubletであるが,10GPaではtripletになっている.
以上,本研究で作成したスキームではクロロホルム,TATBどちらの場合でも実験結果を良く再現したことが確認できた.
本研究を行うにあたり,SPring-8においてJASRIの承認の下BL04B2,BL10XU (課題番号:2015A1127,2015B1198)で,JASRI及びNSRRCの承認の下BL12XU (課題番号: 2016A4268)で予備実験が行われた.本研究は文部科学省科研費の支援を受けて行われた.さらに本研究のスペクトル解析のフーリエ変換コードに関して,法政大学の善甫康成教授と遠越光輝氏に多大なアドバイスを頂きました.厚く御礼申し上げます.