Journal of Computer Chemistry, Japan
Online ISSN : 1347-3824
Print ISSN : 1347-1767
ISSN-L : 1347-1767
総合論文
基板上で遊走•増殖する細胞集団のモデリング
山本 量一Molina John J.Schneider Simon K.
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2018 年 17 巻 1 号 p. 14-19

詳細
Abstract

アクティブマターやバイオマターでは,要素自体の自発運動や,それらの間の局所的相互作用からは容易に想像できない集団運動がしばしば発生する.生体内で重要な役割を果たしている細胞の集団運動もその顕著な例であるが,個々の細胞が周囲の細胞と局所的に相互作用し,結果として大規模な共同運動に発展するメカニズムは解明されていない.このような自己組織化の問題は生物学•医学•物理学など様々な分野で研究者の興味をかき立てており,例えば物理学の分野では,それぞれの系で見られる複雑な運動を再現できる簡単なモデルの構築に多くの研究者が取り組んでいる.著者らは,基板上で遊走•増殖する細胞をバネでつながった2つの円盤として力学的に表現することで,実際の細胞集団が示す種々の複雑な集団運動を再現できる簡単な細胞モデルの構築を試みた.生体組織内部で見られる細胞の複雑な集団運動が,実は非常に単純なメカニズムだけで起こり得ることを示す一例として興味深い.

1 はじめに

高分子•液晶•コロイド•ゲル•脂質膜などのソフトマターは我々の生活に密接に関係した物質であり,外力に対して複雑な力学応答を示すことが大きな特徴である.物質内部にメソ~ミクロスケールの階層構造を持つために,正確なシミュレーションを行うためには膨大な時間•空間スケールを同時に考慮しなければならず,ミクロな分子モデル等では計算量が膨大になり過ぎて歯が立たない.そのためソフトマター科学の分野では,粗視化モデリングやマルチスケールモデリング等の独自の方法論が発展した.そこではマクロな外力に対して受動的に応答する内部の階層構造の定式化,つまりミクロとマクロの受動的な結合を理解しモデル化することが主たる課題であった.

近年の実験技術の進歩に伴い,エネルギーを消費しながら自発的に運動する機能を備えた特殊なソフトマターであるアクティブマターや,微生物•細胞などの生物由来のバイオマターに対しても,様々な定量的実験が行われるようになって来た [1].状態の変化や外力に対して受動的に応答するソフトマターとは異なり,構成要素の自発的運動に起因する能動的な変化の発生が,アクティブマターやバイオマターの特徴である.本研究で対象とする細胞集団や組織では,個々の細胞の遊走や細胞分裂による増殖などの自発運動によって,個々の構成要素の運動やそれらの間の局所的な相互作用だけからは容易に想像できない,非自明な集団運動がしばしば発生する.しかし,残念ながらその自己組織化に至る物理学的•力学的なメカニズム,あるいは特定の運動が持つ機能や役割などについての物理学的な理解はほとんど進んでいない.

我々は,ソフトマター科学で培われた独自のモデリング手法がこれらの問題の解決に有効であると考え,マイクロスイマー(粘性流体中を泳動するモデル微生物)や基板上で遊走•増幅する細胞群が示す特異な集団運動について,ソフトマター物理学の視点から研究を展開して来た.本稿では,基板上で遊走•増幅する細胞に対する力学的モデルの構築と,計算機シミュレーションによる集団運動の解析について,既存の研究を概観した後に,最近我々自身が行った研究の概要を紹介したい.

2 細胞や組織のモデリングに関する背景と現状

生体組織や細胞のコロニーなど,多数の細胞で構成される系に対してこれまで提案されてきたモデルは,ほぼ以下の5つに分類することが出来る.

1. Cell vertexモデル:個々の細胞を多角形•多面体で表し,辺や面を共有した多角形•多面体の集合(ネットワーク)として多細胞の系を表現するモデル.系を各細胞の中心に置かれた点の集合とみなし,ボロノイ分割によって個々の細胞形状を定義するモデルととらえることもできる [2,3].

2. Cellular Pottsモデル:規則格子上の各ノード点に番号を割り振ることで細胞を表現するモデル.異なる細胞に属するノード点には異なる番号を割り振ることで,多細胞の系を表現する [4].

3. 連続体モデル:多細胞の系において,個々の細胞を区別せずに連続体としてとらえ,流動や拡散現象のように偏微分方程式で系の時間変化を定式化するモデル [5].

4. Phase-fieldモデル:偏微分方程式で系の時間変化を定式化するところは連続体モデルと同じであるが,別途Phase-field関数を用いて個々の細胞の形状を判別できるように拡張したモデル.連続体モデルにCellular-Pottsモデル的な方法で個別の細胞形状を取り入れたモデルとみなすこともできる [6,7].

5. 粒子モデル:個々の細胞を1つ以上の粒子で表し,それらの集合として多細胞の系を表現するモデル.モデルとしての自由度が高く,細胞間の接着力や接触阻害,細胞分裂など,細胞系ならではの機構の実装も比較的容易に行うことができる.

各モデルにはそれぞれに長所と短所があり,目的に応じた使い分けが有効であるが,本研究の対象である「基板上で遊走•増殖する細胞集団のモデリング」には,粒子モデルが最も便利で有望であると我々は考えている.したがって,以下では粒子モデルについてのみ言及する.

アメーバや粘菌の一種,あるいはケラトサイトと呼ばれる魚類の表皮細胞を基板上に置くと,一見不規則に見える遊走運動を自発的に開始する.この運動は,溶媒の熱ゆらぎにより引き起こされる分散微粒子のブラウン運動にも似ているが,細胞は微粒子よりずっと大きいために熱ゆらぎが原因ではないことは明白であることと,エネルギーを消費しながら変形を繰り返すことで外力によらず自走するという点(これをForce free locomotion, FFLと呼ぶ)において,受動的なブラウン運動とは大きく異なるものである.また,このような遊走細胞が多数集まって示す非自明な集団運動も,通常のブラウン運動では見られないユニークなものである.

アクティブマターやバイオマターが示す特異な挙動も,還元的に突き詰めれば複雑な化学的•分子論的プロセスの結果として発現するものである.しかしあまりに膨大な分子論的情報から,現象の本質を理解するために必要な有意な情報のみを抜き出すことは全く容易ではない.逆にソフトマター科学で培われた,異なる系の細かい異差よりも現象そのものの普遍性を重視するという独自の考え方を適用して,生物系で見られるような複雑な挙動を単純な機構の組み合わせとして理解できるのであれば,それはそれで面白い.複雑な化学的•分子論的プロセスは,あくまで生物が特定の機構を実装するための手段であり,その個別の実装方法までは問わないという粗視化の精神に基づく立場である.事実,そのような観点による生物系へのアプローチが,物理学者,あるいは物理学者と生物学者のコラボレーションとして活発になってきている.

変形の繰り返しで外力によらずに細胞が遊走を実現できることは前述のとおりである.Ohtaらは,細胞の遊走速度と変形の各時間変化方程式に両者の結合項を加えた独自のモデルを提案し,変形を考慮することの重要性を明示的に示した [8]. Coburnらは,基板上で遊走する細胞を1つの円盤とその周囲のやわらかく変形可能な外縁部で表し,周囲の細胞との相互作用による外縁部の変形を考慮することで細胞遊走に関する接触阻害(CIL)を実装したモデルを提案し,CILが細胞の遊走方向を揃える効果を持つことを示した [9].Vedelらは,遊走細胞を円盤とその周囲に確率的に発生する突起物で表現し,突起物の出現確率を遊走方向や周囲の環境に依存させることで,変形と速度の結合の効果やCILを実装したモデルを提案した [10].

細胞分裂を実装した先駆的なモデルとしては,Basanらの粒子モデルがある [11].彼らのモデルでは,変形と速度の結合の効果やCILに加えて周囲の環境に依存した細胞分裂の機構も追加されており,増殖の接触阻害(Contact inhibition of proliferation, CIP)の実装にも成功している.その後,このモデルの改良版がZimmermannらによって提案されており,細胞間の接着力やCILの実装方法の見直しにより,細胞分裂で増殖する細胞コロニーについて得られた基板上の駆動力分布に対する信頼性の高い実験結果の再現に成功している [12].

3 我々が用いた細胞モデル

我々自身も,前章で述べたような物理学的な立場から自発的に運動する細胞集団に対して有効な力学的モデルを構築し,自己複製•自己組織化する細胞集団が示す特異なダイナミクスのメカニズムの解明に取り組んでいる.現実の細胞の自走機構は様々であるが,内部のアクチン•ミオシン網による伸張•収縮を周期的に繰り返して移動する機構が典型例の1つである.この機構で発生する力は純粋に内的なものであるので,個々の細胞についてその総和はゼロでなければいけない.我々はこの様な内的な力を周期的に切替えて推進する力学モデルを考え,その運動を伸縮の1周期で平均化することで,Figure 1 (a)に示す遊走細胞の最小モデルを導出した [13].このモデルでは,最大長Rmaxの非線形バネによる結合力   

F fene ( r b f ) = κ r b f 1 ( r b f / R max ) 2 (1)
でつながれた2つの円盤(全部の円盤が仮足部分を,後部の円盤が細胞本体を表す)で1つの細胞を表現している.前後の直径がσf , σbで,それぞれ基板に対して摩擦係数ζf , ζbを有し,前部にのみ駆動力が作用する).駆動力 F mig があることから一見外力によって駆動されているように見えるが,1周期の伸縮運動を平均する前の段階でFFLの条件を満たすように設計されていることを強調したい.

Figure 1

 Illustration of the cell model [13]. (a) Schematic of a cell with a finite extensible non-linear elastic spring connecting the disks and exerting the force F FENE defined in Eq. (1), the migration force F mig acting on the front disk, defined in Eq. (2), and the friction forces. (b) Forces acting on the two disks composing a cell separated by a distance r b f =   | r b f | . See Eqs. (1, 2). ε represents the energy unit.

細胞遊走の駆動力は,Figure 1 (b)に示すように前方の円盤にのみ与える.駆動力の大きさを前後の円盤間距離 r b f =   | r b f | =   | r f r b | に比例するように   

F mig ( r b f ) = m r b f (2)
と定義することで,CILを力学的に実装した.これにより細胞が混雑した環境下にある場合には,後で定義する周囲の細胞との排除体積効果により,孤立状態にある細胞に比べて前後の円盤間距離 r b f =   | r b f | が小さくなり,駆動力も小さくなるのである.比較のためにCILがない場合として   
F mig ( r b f ) = m r b f ss r ^ b f (3)
と駆動力を定義した場合についても検討した.ここで r b f s s は孤立細胞の定常遊走速度(定数),   r ^ b f =   r b f / r b f であり,駆動力は周囲の環境によらず一定の大きさとなる.

細胞間の排除体積効果を表現するために,以下の形の近距離斥力相互作用を,異なる細胞に属する前後の円盤間に与える.   

F WCA ( r α β ) = { 24 ε [ 2 ( σ α β r α β ) 12 ( σ α β r α β ) 6 ] r α β r α β 2 ,       r α β < r cut ,       0 ,                                                                                                 r α β r cut . (4)

ここで, α, β b, f, σαβ = (σα+σβ)/2, rcut = 2−1/6σαβである.細胞間の接着力については簡単のために今回は無視するが,相互作用に引力項を加えることで容易にモデルに反映することができる.今回の系では慣性項は無視できるので,前後の円盤の運動方程式は,最終的に以下のように書くことができる.   

d d t r b = 1 ζ ( F fene ( r b f ) + neigh F WCA )                                             d d t r f = 1 ζ ( F fene ( r b f ) + F mig ( r b f ) + neigh F WCA ) (5)

細胞が遊走状態にある場合は以上の通りであるが,細胞分裂による増殖過程を実現することも可能である.我々のモデルでは通常細胞は遊走状態にあるが,一定の確率で分裂可能状態に入る確率論的な方法で細胞分裂を実装する.分裂可能状態では F mig = F FENE = 0 であるので細胞は停止しているが,rbfを伸長させようとする力 F div を新たに導入する.分裂可能状態に入った後,rbfが一定の時間内に判別距離Rdivを超えることができれば細胞分裂が完了したものと判断し,前後の円盤をそれぞれ1つの細胞(前後2つの円盤で構成される)として独立させるべく,それらの近傍に対となる円盤を発生させる.細胞が混雑環境にある場合,細胞間の排除体積効果によって一定の時間内にrbf > Rdivとなることは難しく,細胞分裂が完了する可能性が低くなる.このようにして,CILに加えてCIPの力学的な実装を実現している.

4 シミュレーション結果

細胞形状の変化に伴う集団運動の挙動の変化をFigure 2に示す.用いたパラメータなどの詳細な情報は,原著論文 [13] を参照していただきたい.まずCILがある場合(a)-(c)について見ると,細胞の前後のサイズ比によって細胞の運動形態が異なっている.前部が小さい場合 (a) はクラスター状に集まって動かないが,前部が大きい場合 (b),(c) では同じ方向に揃って運動するようになる.矢印は細胞の速度と方向を,色は個々の細胞の移動方向を表している.(d)–(f) はCILがない場合である.(d),(e) ではバラバラな方向に移動しているが,前部を最も大きくした(f) でのみ同じ方向に揃って運動している.つまり,全体的な傾向はCILの有無に依らないが,CILによって揃った運動が起こりやすくなることを示唆する結果が示されている [13].

Figure 2

 Dynamic states. Snapshots of CIL and no-CIL cells for a range of cell shapes. Cell velocities are presented as arrows, and cell extensions are displayed in color. Hue indicates deviation from the average direction, and compressed cells are lighter in color. CIL cells form mostly immobile colonies when the back disk is larger than the front, σb/σf > 1, see (a). When the front disk is larger than the back disk, σb/σf < 1, the CIL cells exhibit coherent migration (b). If the front is much larger than the back, the cells completely align and form dense, travelling bands (c). Uninhibited cells do not form colonies and exhibit weaker alignment at σb/σf = 0.8. (For videos, see the Supplemental materials of Ref [13]).

今回のモデルは非常に単純であり,考慮されている機構が「細胞の外力なしの自走性(FFL)」と「遊走の接触阻害(CIL)」の2つのみであるにもかかわらず,現実の細胞系で観察される幾つかの特徴的な挙動によく似た特徴的な集団運動を再現することに成功している [13].詳細な議論や定量的な比較はこれからであるが,自走する細胞の集団という非常に複雑な系の運動を,このように簡単な力学モデルに含まれる少数のパラメータ(前後の円盤のサイズ比,CILの強度,ノイズの有無,細胞密度など)を変化させることで,ある程度正確に再現出来るということ自体が大きな驚きである.

5 まとめと今後の課題

生物科学の分野でも計算科学的手法の導入は始まっているが,その多くは分子生物学的な立場に立ったミクロな分子モデルによるものである.医療や生命現象に関連した生体材料や生体組織を対象とする場合,それらが複雑なマルチスケール(ミクロnm~マクロcm)の階層構造を持つのみならず,細胞死や細胞分裂などの非常に遅い時間スケールで自発的に起こる現象をも考慮する必要があるため,ミクロモデルをそのまま適用するのは現実的ではない.連続体モデルに基づくマクロなシミュレーションも行われてはいるが,細胞を塗りつぶした連続体モデルが主体で,細胞とその集合体•組織という異なるスケールをつなぐ問題は未解決である.ソフトマターに対して成功を納めた手法を発展させ,細胞~組織のスケールで有効なモデリング手法を構築することが我々の目標である.

細胞の集合体である組織の内部では,細胞分裂や細胞死などのイベントが定常的に発生しており,生体はそれを積極的に利用することで,通常の物質にはない成長や傷の修復などの生体特有の重要な動的プロセスを実現している.細胞分裂による増殖機構をモデルに実装する他,細胞間の相互作用として遊走の接触阻害や細胞間の接着性を考慮することで,成長•増殖する生体組織のモデリングを模索する.Figure 3に示した細胞コロニーのシミュレーションでは,細胞分裂を確率的に発生させることで増殖を実現している.CILに加えてCIPを実装することで,コロニー内部で細胞の遊走や分裂が抑制され,外周部の活発な細胞の分裂によってコロニーの成長がもたらされるという実験結果を簡単に再現することに成功している.コロニーサイズの時間変化についても,実験結果を定量的に再現することに成功した.もちろん限られた条件のもとでの一致ではあるが,この問題ではMDCK細胞などに対するin vitroの実験が進んでおり,それらとの定量的な比較によってモデリング手法を発展させたい.

Figure 3

 Snapshots from a colony growth simulation with proliferating cells. The gray disks represent cells, and the red disks represent cells which just completed cell division processes. Note that cell divisions take place more often near the rim because of CIP.

Acknowledgment

本研究は,科研費挑戦的萌芽研究(26610131),科研費新学術領域研究「生命分子システムにおける動的秩序形成と高次機能発現」(16H00765),科研費基盤研究A (17H01083),日本学術振興会二国間共同研究からの支援により実施された.

参考文献
 
© 2018 日本コンピュータ化学会
feedback
Top