Journal of Computer Chemistry, Japan
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Cryo-electron Microscopy for Structural Analysis ofDynamic Biological Macromolecules
Chihong SONGKazuyoshi MURATA
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2018 Volume 17 Issue 1 Pages 38-45

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Abstract

新たなタンパク質の構造決定手法として,クライオ電子顕微鏡による単粒子構造解析が注目を集めている.本手法は試料に対する制約が少なく,数十キロダルトンのタンパク質から数百メガダルトンのウイルス粒子に至るまで同じ方法で解析できる(Figure 1).また,その空間的な自由度を生かしてタンパク質の各刺激に対する動的構造変化や動態解析も可能となる.本総説では,クライオ電子顕微鏡単粒子構造解析の原理と,これを可能にした画像記録装置と解析手法の進歩について解説し,さらに動的なタンパク質構造解析への応用についても紹介する.

1 はじめに

2017年のノーベル化学賞はクライオ電子顕微鏡法を開発した3人の研究者に贈られた.これまでタンパク質の構造解析法としてはX線結晶解析とNMRが絶対的存在であったが,この3氏を中心とした多くの研究者の半世紀に及ぶ努力の結果,クライオ電子顕微鏡法は近年第3番目のタンパク質構造解析手法として位置付けられることになった [1].

本手法の特徴は,直接タンパク質試料の画像を電子顕微鏡(電顕)で撮影して構造解析するため,これまでのようにタンパク質を結晶化したり同位元素でラベルしたりする必要がなく,より天然に近い状態で構造解析できることにある.また微量の試料によって解析が行える点でも優れている.さらに,分子量による解析の制限が緩く,逆にこれまでの手法とは異なり高分子量であればあるほど解析に有利である.Figure 1にこれまでクライオ電顕法を用いて原子分解能で構造解析されているタンパク質の例を示す.小さなものは数十キロダルトンのタンパク質から大きなものでは数百メガダルトンのウイルス粒子まで同じ方法で解析できる.

Figure 1.

 Representative biomolecules solved by cryo-EM at near-atomic resolution. Cryo-EM covers specimens with a wide molecular mass from small protein complexes of tens of kilo Daltons to large virus particles of several hundred mega Daltons. Estimated resolution of the reconstruction, molecular weight, and EM database number are given for each particle. From the left, species-D human adenovirus 26 [2], 70S ribosome [3], isocitrate dehydrogenase 1 (IDH1) [4], and human hemoglobin [5].

さらに,この方法を生かして,近年動的なタンパク質の構造解析についても研究が進められている.他の手法と異なり,空間的な制限のないより天然に近い状態で,様々な大きさのタンパク質複合体の動的構造変化を解析できる上,低分子のリガンドや金属イオンの結合からタンパク質どうしの結合に至るまでの構造変化の解析も可能である.また,5章で紹介するように,含まれる動的構造の比率から,分子の動態(Kinetics)を議論することも行われている.

本稿では,このクライオ電子顕微鏡法の原理から最新の応用事例までを紹介し,他分野の研究者の方々にも多く興味を持ってもらうことによって,本手法のさらなる技術的な発展をめざしたいと考えている.

2 クライオ電子顕微鏡法の原理

タンパク質のような生体試料は,一般的に水を媒介としてその形状や機能を維持している.一方,電子顕微鏡の内部は電子を飛行させるために高い真空度(< 10−5 Pa)に保たれている.よって,生体試料をそのまま電子顕微鏡内に持ち込むと,たちまち乾燥してしまい本来の構造や機能を保持できない.また,タンパク質などの生体分子は主に炭素などの軽原子で構成されているため,電子線に対する散乱確率が非常に低い.つまり電子線に対してほぼ無色透明(低コントラスト)であると言える.さらに,軽原子は電子線による照射損傷に弱いため,わずかな電子線照射で構造が破壊されてしまう.

そこで,これまでの電子顕微鏡による生体試料観察では,ネガティブ染色法などのように試料を酢酸ウランなどの重原子で染色して,試料の代わりに観察する方法が主に用いられてきた(Figure 2a).ネガティブ染色法では,小さな対物絞りを用いることによって,試料を覆う重原子の濃淡を電子線の散乱の差(散乱コントラスト)として観測する.一方,この方法では,試料の内部からの構造情報を得ることはできない上に,染色剤の濃淡以上の高分解能の情報を得ることもできないため,タンパク質の原子座標を決定することはできない.

Figure 2.

 Sample preparations for electron microscopy. (a) Negative staining. (b) Ice embedding for cryo-EM.

一方,クライオ電顕法では,生体試料を急速凍結して薄い非晶質の氷の膜中に閉じ込めて観察する方法(氷包埋法)が,今回のノーベル賞受賞者の一人のJ. Dubochetによって開発された [6](Figure 2b).氷包埋法では,試料は急速凍結により低温で液中に固定されたまま電子顕微鏡内にセットされ,画像化される.そして,前述した生体試料特有の低コントラストを補うために位相コントラストが主に用いられる.電子顕微鏡の対物レンズに固有の大きな球面収差を利用して,わざとピンボケの像を撮影することで透過電子と散乱電子との間にπ/2の位相差を作りだし,これを位相コントラストとして観測する [7].そして,コントラスト伝達関数(CTF)の振動によるコントラストの変調をあとから計算機の上で補正することで元の高分解能の構造情報を回復する.氷包埋試料を用いたクライオ電顕法は,ネガティブ染色法とは異なり,内部も含めた試料全体からの構造情報を取得できる点で,タンパク質の構造解析においては画期的な方法である.

一つ残された問題は電子線による試料損傷であるが,これについては,今回同じくノーベル賞を受賞したR. Hendersonが,シアノバクテリアの紫膜(バクテリオロドプシンの2次元結晶)を試料として用いて,照射電子線量を最適化する実験を行い,電子顕微鏡でも原子座標を決定することが可能であることを示した [8].同時に試料を低温にすることで電子線損傷が軽減されることも示された.

3 電子顕微鏡画像記録装置の進歩

クライオ電子顕微鏡によるタンパク質の構造解析が可能となった一つの大きな要因は,画像記録装置の進歩である.これまで電子線フィルムに加えてCCDカメラが主に画像記録媒体として用いられてきたが,一定の露光時間を必要とするこれらの媒体は,画素面での像の染み出しに加えて,電子顕微鏡特有の電子線照射に誘導される試料移動(Beam induced specimen movement)のために,高分解能の画像を記録することが困難であった.

近年,半導体製造技術の進歩により電顕用CMOSイメージセンサーが開発され,電子直接検出カメラ(Direct detector)として用いられるようになり,この問題が大きく改善された [9].それは,CCDとの構造の違いに見ることができる.

まず,電子顕微鏡用CCDカメラは,CCDの表面に蛍光板が置かれていて,電子線は一度蛍光体で光子に変換されてからCCDで検出される(Figure 3a).通常,蛍光体とCCDは光ファイバーアレーで結ばれており,変換された光子ができるだけCCD上で広がらないように工夫されている.しかし,検出点の広がりを完全に防ぐことはできない.また,CCDでは受光面を大きく取るために,データを隣のピクセルに順次転送することにより,バケツリレーのような方式で読み出して行く.この方式では,データを読み出している間はシャッターを閉じて,それ以上の信号が来ないようにする必要があり,カメラのフレームレートを一定以上早くすることができない.

Figure 3.

 Digital cameras for electron microscopy. (a) CCD. (b) Direct detector CMOS camera.

一方,電子直接検出カメラでは,電子線をCMOSセンサーの各画素で直接カウントするため,CCDのような検出点の広がりはほとんど起こらず,全体として非常にシャープな像を得ることができる(Figure 3b).また,電子線は各画素に配置された増幅器(APS: Active pixel sensor)から直接読み出されるのでシャッターは不要で,秒速1600フレームにも及ぶ連続した高速画像記録が可能になる.この特徴を利用して,1枚の画像をサブ秒のフレームに分割して取得し,前述した「電子線照射に誘導された試料移動」を後から計算機上で補正することが可能となる.いわゆるブレ補正が行えるようになり,高分解能を保った画像の取得ができるようになった.また,フレームレートを上げて電子を一つずつカウントすること(電子カウンティング)も可能で,これにより取得した超解像イメージから,非常に高い量子変換効率(DQE: Detection quantum efficiency)を実現することができる.電子直接検出カメラの出現によりクライオ電子顕微鏡の解像度が飛躍的に向上し,原子構造解析が可能になったと言える.

4 タンパク質の単粒子構造解析

 単粒子構造解析は,今日クライオ電顕を用いてタンパク質の立体構造解析を行うときに最も多く使われる手法である(Figure 4).今回のノーベル賞受賞者の最後の一人J. Frankは,いち早くこの手法の研究に取り組み完成させた [10].

Figure 4.

 Workflow of single particle analysis for cryo-EM.

単粒子構造解析法では,1枚の電顕像の中に単一で向きの異なるタンパク質粒子が多数記録されているような画像を,クライオ電顕を使って粒子が電子損傷を受けない範囲の弱い電子線量で多数撮影する(Figure 5).そこから各粒子投影像を切り出し,クラス分けによる粒子の2次元平均像を計算することによって,ノイズの多い個々の低コントラスト像からS/N (シグナル/ノイズ比)の高い像を導出する.近年のクライオ電顕単粒子構造解析の躍進では,前述の電子直接検出カメラの導入に加えて,ベイズ統計を使った画像推定法の開発が大きく貢献している.この統計手法を用いることによって,2次元クラス分けの精度が格段に向上しただけでなく,後述する三次元像の高分解能化においても大きな力を発揮した [11].

Figure 5.

 GroEL protein (left panel) reconstructed from the cryo-EM (ice-embedded) images (one example shown in the right panel).

次に,この複数の2次元平均像(投影像)から立体構造を再構成する.これには共通線探索(Common line search)という方法が一般に使われる.各粒子投影像のフーリエ変換像は,元の三次元構造からの三次元フーリエ変換像の原点を通る一断面に相当する.これは中央断面定理(Central Slice Theorem)と呼ばれる [12].そして,異なる向きの2枚の投影像からのフーリエ変換像はお互い原点を通って交差するため,そこに共通線ができる(Figure 6).この共通線を見つけ出すことによって2枚の投影像の相対角度が決定される.さらにこれを異なる向きの3枚目の投影像について行うことで,投影像の相対角度は三次元空間内で一義的に決定される.これを全ての投影像に対して行うことによって,投影像全ての相対角度が決定される.この方法は共通線探索を空間周波数ごとに区切って行うことができるので,投影像に含まれるノイズなどの影響を受けにくく,得られる結果の信頼性も解像度ごとに行える.

Figure 6.

 Principle of 3D reconstruction from projections (Common line search).

そして,まずは低分解能の三次元構造(初期構造モデル)を導出し,そこからさらに逆投影によって可能な全投影像(参照投影像)を計算する.この参照投影像を用いて元の粒子像をさらに詳細にクラス分けし,初期構造モデルをさらに精密化する.このプロセスを何度も繰り返し行い,これに前述のベイズ推計による超解像画像再生技術を応用することによって,より確実に原子分解能の三次元再構成が達成される.得られた三次元クライオ電顕マップは,X線結晶解析と同じ手法により原子座標が推定され,さらに動力学計算により精密化される.

5 タンパク質の動的構造解析

クライオ電子単粒子解析では前述のベイズ推計を応用することによって,三次元再構成像の中に含まれるわずかな構造の違いを三次元クラス分けという形で分離することができる.これは,タンパク質の動的な構造変化を解析するのに非常に有効な方法となる.本節では,クライオ電顕によるタンパク質の動的構造解析の一例を紹介する.

Figure 7は酵母の小胞膜にあるプロトンポンプ(ScV-ATPase)のクライオ電子顕微鏡マップである [13].ScV-ATPaseは,ATP駆動型プロトンポンプで,細胞質側にあるV1ドメイン(図の上部)でATPを分解し,そのエネルギーが中心のローターの回転運動として細胞膜内のVoドメイン(図の下部)に伝わる.そして,この運動が膜貫通リングを回転させることによりプロトンを膜の外から中に輸送すると考えられている.

Figure 7.

 Three cryo-EM maps from the S. cerevisiae V-ATPase representing three distinct conformational states of the enzyme (A to C). Two upper and lower panels show cross sections through the different conformations. Scale bar, 25 Å [adapted with permission from [13]].

クライオ電顕単粒子解析で3次元クラス分けされた3つのScV-ATPaseの構造(state 1∼3)(Figure 7)は,この回転式プロトンポンプの動的な3つの構造状態を表す.V1ドメインの3つのATP結合サイト(ABサブユニットの三量体)が順番にATPの結合,分解,放出を繰り返すことにより,中心のローター(F)にトルクを発生させ,これによって回転させられたVoドメインの膜内リング(c-ring)が,膜内に固定されたドメイン(a)との界面でプロトンの受け渡しを連続して行う様子が明らかとなった.また,この3つの構造状態の比率は,State1: 47%; State2: 36%; State3: 17%であった(Figure 7).これはScV-ATPaseの構造動態を示すと考えられる.

6 おわりに

本総説では,近年タンパク質構造決定の第3番目の手法になったクライオ電顕単粒子構造解析を紹介した.この方法は,これまでのX線結晶解析やNMRに比べて試料に対する制約が非常に少ない方法であるため,今後の応用の広がりが期待される.クライオ電顕によるタンパク質の構造解析には今回紹介した単粒子解析の他に,電子線トモグラフィー•サブトモグラム平均化いう手法もある.これは若干分解能が落ちるものの構造が非常に異なる(ヘテロな)粒子の解析や細胞など生体内にあるタンパク質の構造解析も解析することができる.いずれにせよ,これらの本手法はタンパク質の構造決定法としてまだ完成されたばかりであり,まだ発展途上で,これからさらなる展開が期待される.そのためにも異なる分野の研究者の参入が期待される.

Acknowledgment

本総説は,科研費(JP16H00786)の支援により書かれた.

参考文献
 
© 2018 Society of Computer Chemistry, Japan
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