Journal of Computer Chemistry, Japan
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研究論文
連続滴定X線溶液散乱測定を志向したμ流路型自動サンプリングシステムの開発
上久保 裕生
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2018 年 17 巻 1 号 p. 57-64

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Abstract

 細胞内で生じる生命現象は様々な蛋白質が互いに協力することによって実現されている.従って,生命現象を理解するためには,複数の蛋白質を含む溶液がどのような振る舞いを示すのかを分子科学的に理解する必要がある.しかしながら,原則,従来の構造解析手法は単分散状態を対象とするものであり,複数の蛋白質が共存する多成分平衡状態の解析は困難であった.そこで,我々は将来的な多成分平衡状態の解析を目的として,マイクロ流路型自動サンプリングシステムの開発を進めてきた.本稿では,我々が開発してきた複数の溶液の混合比を連続的に変化させることが可能なマイクロ流路デバイスの詳細と,応用例としてX線溶液散乱測定と組み合わせた連続滴定X線溶液散乱測定による2成分系の蛋白質-蛋白質相互作用解析の結果を紹介する.

1 はじめに

蛋白質それ自身,高分子であり高い構造自由度を有する複雑な物質である.蛋白質などの生体高分子の構造解析は,低分子から高分子へ,単一蛋白質から複数の蛋白質からなる複合体へと,常により複雑な系に研究対象をシフトさせてきた.しかしながら,測定手段の原理的な問題から,いかに複雑な系になろうとも構造解析の対象となる蛋白質やその複合体は,測定分解能の範囲内で単一構造であること,すなわち,単分散状態であることが測定条件の制約となる.実際,複数の蛋白質からなる巨大な蛋白質複合体であっても,構造解析の対象となる複合体は,原則,実験条件下において安定な複合体を形成し(形成させ),単一の状態として取り扱われるようなものに限られる.一方で,細胞レベルの生理機能は,関係する多様なタンパク質群が協奏的に作用し,動的に集合•離散を繰り返すことによって実現されている.すなわち,生理機能の分子論的な理解を進めるためには,「機能を実現する数多くのタンパク質集団(多成分平衡状態)の中で」,個々の蛋白質•蛋白質複合体がどのような構造を示し,互いに作用しているのかを明らかにする必要があるといえる.そこで,我々は,多成分平衡状態である蛋白質分子複合系の構造/相互作用解析を目的とした多成分滴定X線溶液散乱測定の実現に向け,連続的に濃度変調可能なμ流路型自動サンプリングシステムの開発を行ってきた.本稿では,X線溶液散乱測定を用いた多成分平衡状態解析の基本原理を示すと同時に,開発してきたμ流路デバイスの詳細とその実用例を示す.

2 溶液散乱測定法

多成分平衡状態にある蛋白質分子複合系を解析するためには,1)平衡状態にある各成分(遊離蛋白質や複合体)を何らかの方法によって区別し,更に,2)それらの成分が溶液中にどの程度存在しているのかを定量的に評価できる測定手段が必要となる.複数の蛋白質やリガンド分子,それらの複合体からなる平衡状態の場合,各成分を区別できる何らかの観測量を見いだす必要がある.幸い,蛋白質は固有の立体構造を有するため,単位構成要素である蛋白質それ自身や,それらの複合体の形を観測することができれば,原理的にすべての成分を区別することが可能となる.そこで我々は,以下の特徴を示す溶液散乱測定法に着目した.溶液中に存在する粒子にX線を照射すると,その形状を反映した散乱曲線が観測される(Svergun et al. [1]).散乱曲線は,X線結晶構造にみられるようなBragg反射を示さず,散乱角(2θ)に依存した散漫で等方的な散乱が観測される.従来,散乱曲線から簡単な解析によって得られる構造情報は,慣性半径や分子量等に限られていた.近年,散乱曲線から実空間モデルを求めることができる構造予測法が開発され,専門家でない研究者も容易にデータの解釈ができるようになり,構造生物学における一般的な手法となってきた(Bernard et al. [2], Sato et al. [3]).形状と散乱曲線は一対一の関係があり,蛋白質の構造が違っていれば,散乱曲線の形状も異なり,それによって溶液に含まれる蛋白質を区別することができる.さらに,その散乱強度は溶液中の粒子の単位体積当たりの量に比例する(Figure 1).図中,横軸は散乱ベクトルQ ( = 4πsinθ/λ)で表されており,散乱角(2θ)に依存するパラメータである.すなわち溶液散乱測定法は1)と2)の要件を満たす,多成分平衡状態の解析に適応可能な有力な手法と考えられる.

Figure 1.

 X-ray scattering profile from a protein molecule.

X線を複数の蛋白質が存在する混合溶液に照射した場合には,各成分の濃度を蛋白質1分子から得られる散乱曲線と掛け合わしたものの総和として散乱曲線が観測される.2種類の蛋白質(A及びB)からなる系で,両者が相互作用することで複合体(AB)を形成し平衡状態(A+BAB)になっている場合と,相互作用が存在しない場合に観測される散乱曲線は次式で表される.

相互作用がある場合:   

Iobs(Q)~([A]0[AB])IA(Q)+([B]0[AB])IB(Q)+[AB]IAB(Q)(1)

相互作用がない場合:   

Iobs(Q)~[A]0IA(Q)+[B]0IB(Q)(2)

更に,複合体の散乱曲線は,個々の蛋白質(AとB)からの散乱と複合体の形成を反映した散乱(IAB)の和(3)で表されるため,   

IAB(Q)~IA(Q)+IB(Q)+IAB(Q)(3)

相互作用がある場合の散乱曲線(1)式は(4)式にまとめることができる.   

Iobs(Q)~[A]0IA(Q)+[B]0IB(Q)+[AB]IAB(Q)(4)

(2)式と比較すると,複合体を形成する場合には,(4)式の第三項の複合体の形成を反映した散乱([AB]IAB)が余剰散乱として観測されることがわかる.更に,その係数は平衡状態で存在する複合体ABの濃度([AB])に比例する.つまり,結合平衡反応であれば,必ず余剰散乱が観測され,それを指標とすることで複合体の形成量を見積もることが可能となる.ここで示した例は,最も単純な2成分の結合平衡反応であるが,多成分の平衡反応に拡張することができ,その場合,第3項に相当する部分は,系中に存在する全ての複合体iに由来する余剰散乱(ΔIi)に濃度を掛けたもの和として表せる.   

Iobs(Q,Ci )~iCi(a, b, c,)ΔIi(Q)(5)

ここでa, b, c,…は溶液中に含まれる単位要素蛋白質の全濃度を,Ciは各種複合体の濃度を示している.平衡状態にある場合,a, b, c,…が与えられれば平衡反応式によってCiが一意的に決まる.様々な(a, b, c,…)の組み合わせで測定を行うことによってCiを変化させ,ΔIi(Q)によって独立な成分を区別し,Ciを再構成することで複合体に関わる相互作用(解離定数Kd)を定量的に解析することが可能となる.これは,一種の多次元の滴定実験といえるが,その解析を実現するためには,混合比が異なる数多くの溶液を調製し測定する必要がある.

3 マイクロ流路デバイス

2–成分系での滴定実験であっても,正確な解離定数を算出するためには,濃度が異なる数十条件での測定が必要であり,多成分系に拡張すると,反応の複雑さにもよるが数百から数千条件の測定を行わなくてはならない.一般的なX線溶液散乱測定では,1サンプル当たり数10 µL程度の溶液を調製し,専用のセルに充填しX線を照射する.露光時間は,放射光で数10ミリ秒から数分程度,研究室系の発生装置を用いても5分程度でデータが収集できる.それに対して,サンプル交換にかかる時間は,試料調製,セルの洗浄や乾燥を行うと10分から15分程度かかり,数多くの溶液を測定する際のスループットはこの手順よって決まる.更に,全測定に必要なサンプルはmL程度となり,一般的に相互作用解析に用いられる等温滴定熱測定や表面プラズモン測定と比べ(数100 µL),桁違いに大量の試料を必要とする.これら問題を解決するために,我々はマイクロ流路を活用した自動サンプリングシステムを開発してきた.

マイクロ流路は,MEMS技術などの微細加工技術を利用し,ガラスや金属,ポリジメチルシロキサン(PDMS)等の高分子材料等の基板上に成形される.一般的な流路では,深さや幅が数100µmの溝が用いられている.溝の幅が狭い場合,2つの流路が1つの流路に合流するような流路(Y字流路)に,適当な速さで溶液を流すと,合流した後もこれら2つの溶液は混ざり合うことなく2層のきれいな層流を形成する(Whitesides et al. [4]).この現象を利用し,マイクロ流路はバイオや化学分析を微量スケール化する目的で,分離精製,反応制御,微量分析等幅広い分野で応用されている.X線溶液散乱の分野でも,速度論的な測定や試料のpHや塩濃度などを様々に変化させながら測定するなどの応用例が報告されている(Serena et al. [5]).我々が開発してきたPDMS製マイクロ流路のパターンをFigure 2に示す.

Figure 2.

 Currently developed micro-fluidics apparatus.

このマイクロ流路デバイスは(i) Inlet channel,(ii) Mixing channel,(iii) Observation port,(iv) Outlet channelの4カ所の部位によって構成されている.(iii)を除き,流路の溝は全て深さ100µm,(ii)は幅200µmになるように設計されている.表面には0.1mm厚のPDMSシートを接着し流路を塞いでいる.X線は通常,水平に出射されてくるので,使用時には専用のカセットに装填し(i) Inlet channelを下に,(iv) Outlet channelを上にして立てて使用する.(i) Inlet channelは溶液をデバイスに流入させるための部位であり,3種類の溶液を独立に流入させることができる.送液には一般に販売されているシリンジポンプを用いている.(iii)はX線を照射する部位であり,X線は紙面垂直方向に照射する.十分な散乱強度を得るためには,光路長は少なくとも1mm以上必要となる.一般的なマイクロ流路の溝は深くても数100µm程度であり,そのままでは利用することができない.そこで,本マイクロ流路では厚さ1mmのPDMSシートを基板として用い,(i)(ii)の流路は図中表面に,(iv)の流路は裏面に成形することで1mmの光路長を確保している.(iv)は観測した溶液を排液するための流路で,観測部からみて使用時に上方,もしくは,下方に排液される2系統の廃液用の流路を有している.これらは,後から流入してくる溶液と観測部内の溶液の比重の違いによって使い分ける.観測部にたまった溶液に比べ,観測部に流入する溶液の比重が大きい場合には,後から入ってきた溶液は観測部の底から順に.それに対し,小さい場合には,観測部の上端からたまっていく.流入させる比重に応じて,それぞれ,上方から,もしくは,下方から排液させることで観測部の溶液を効率よく置換することができる.このデバイスの最大の特徴は(ii) Mixing channelにある(Figure 3).この部分は流路がジグザクに刻まれており,全長400mmの流路(内容量8uL)が折り畳まれている.Inlet channelから導入された複数の溶液はMixing channelの開始端で合流する.Figure 3に2種類の溶液をMixing channelに導入した場合の例を示している.一方のInlet channelには赤色を呈した蛋白質(シトクロムC)水溶液,他方に透明な溶液(緩衝液)をそれぞれ0.5 µL/minで送液している.

Figure 3.

 Laminar flow in the mixing channel.

Mixing channelの開始端近傍で合流した溶液は層流を形成し,終了端に近づくに従って2層に分かれた溶液は徐々に境界が曖昧になり,最終的には赤色が薄まった均一な希釈シトクロムC溶液になっていることが見て取れる.この混合は,水溶液そのものが乱流によってかき混ぜられているわけではなく,溶質分子(シトクロムC)が拡散することによって生じている.図の例の場合,Mixing channelの3分の2を経過したあたり(図中矢印)で溶液が均一になっており,混合に5分間程度要していることがわかる.混合にかかる時間は溶質の拡散速度に依存しており,拡散速度は溶液の粘性や溶質分子の性質に大きく依存する.際だって長い流路(ii)は,様々な溶質分子が観測部にたどり着くまでに拡散平衡に達するための時間を稼ぐものである.

流路中の局所的な希釈比率は,合流直後の各層の幅の比率によって決まる.図の例では,2液とも同じ流速で送液しているため,幅が同じになっており,終了端では2倍に希釈されることになる.層流を形成している場合,界面で剪断応力が発生していないことを意味しており,液層内の線速度が一致している.つまり,2液を異なる流速で送液した場合には,線速度を一致させるために,流速の早い溶液は幅が太くなり,遅い方は狭くなる.つまり,マイクロ流路は流入する溶液の流速比を,流路中の各層の幅の比,すなわち,流路内の局所的希釈率に変換するデバイスと言える.   

Flow RatePumpA(t)t=A, B, C,Flow Ratei(t)=width@LineAchannel width=%A(6)

この特性は3つ以上のInlet channelから溶液を送液した場合にも適応でき,(6)式に従って,外部ポンプの流速を制御することで,流路内の微小空間内において複数の溶液を任意の比率で混合した希釈溶液(%A)を調製することが可能となる.

4 連続濃度変調測定

デバイスの特性上,微小溶液をただそれだけ取り出し測定に供することはできない.代わりに,一般に販売されているシリンジポンプ等を用い,マイクロ流路に送液する各溶液の流速を変調させることで,希釈率を連続的に変化させた溶液を調製することが可能である[(6)式].調製された溶液は,順次,観測部に流入するので,散乱曲線の時間発展を測定することで,結果的に,様々な濃度比率で混合された溶液の散乱曲線を多数収集することができる.

次に,2液混合の実験例を紹介する.Figure 4aに,送液に用いたシリンジポンプの流速変調プログラムを示す.

Figure 4.

 Continuous small angle X-ray scattering measurements upon successive dilution of ovalbumin solution. (a) Flow rate modulation of syringe pumps. (b) Scattering profiles of diluted ovalbumin solutions. (c) Comparison between the integrated scattering intensity and calculated dilution ratios.

図中,1.は,Pump A,2.はPump Bの流速設定値を表している.Pump Aで蛋白質溶液(オブアルブミン,5 mg/mL)を,Pump Bで緩衝液(20 mM Tris-HCl, 100 mM NaCl, pH 8)をInlet channelに送液する.送液開始後,35分から120分(85分間)に注目すると,Pump Aは0.1 µL/minから1.95 µL/minまで,逆にPump Bは1.9 µL/minから0.05 µL/minまで直線的に流速を変化させている.ポンプが正常に動作し,マイクロ流路内で溶質拡散による混合が生じていれば,各時間でMixing channel開始端で合流した微小量溶液は,(6)式に従って,元の蛋白質溶液の5%から97.5%に線形的に順次希釈された溶液となり観測部に流入することになる.この間に,1分間露光で連続的にX線溶液散乱像を観測し,円周平均した結果をFigure 4bに示す.測定は,高エネルギー加速器研究機構の放射光施設に設置されたX線溶液散乱ビームライン(BL-10C)で行った.時間経過に伴い,散乱曲線の形状は大きく変化せず,強度が連続的に上昇していることがわかる.システムとしての混合精度を評価するために,散乱曲線の積分強度を計算し,時間に対してプロットした(Figure 4c).図中の実線はPumpの流速から算出した蛋白質溶液の希釈率にX線の最大強度(100% 蛋白質溶液)を乗じたグラフを示しており,実測値と比較すると,その変化のパターンがよく一致していることがわかる.連続的に流速を変化させている時間領域(35分から120分)の実測値と予測値の間の残差をみると,全領域で均一に分散していることがわかる.このときの積分強度に対する残差の割合は,低濃度領域で ± 2%程度,高濃度領域で ± 0.5%となる.一般的な分注機の精度は数%といわれており,これに比べ十分な精度で濃度が制御されていることがわかる.測定している間に送液した混合液の総量は約170 µLであり,その内訳は蛋白質溶液約90 µL,緩衝液約80 µLとなる.すなわち,本マイクロ流路型自動サンプリングシステムを利用すると,たかだか100 µLの蛋白質溶液を用意するだけで,混合比率が違う85点にも上る溶液からの散乱曲線を自動的に収集することができる.これは滴定実験を行う上で非常に優れた特性と言える.

5 蛋白質の相互作用解析への応用

蛋白質間の相互作用解析に用いる等温滴定熱測定や表面プラズモン共鳴測定は,熱や基板に吸着した蛋白質の重量を指標とし,その滴定曲線から蛋白質間相互作用を評価する.X線溶液散乱を用いた滴定実験では,1次元量の熱や重量の代わりに,2次元量の散乱曲線を指標とするだけで,2成分系を対象とする限り原理的な違いはない.応用例の一つとして,マイクロ流路型自動サンプリングシステムとX線溶液散乱の連続測定を組み合わせた蛋白質-蛋白質相互作用の解析結果を示す.

ここでは,クラスリン被覆小胞輸送の中核を担うアダプターと呼ばれる蛋白質(Golgi-localising, Gamma-adaptin ear homology, ARF binding proteins,GGA)とその基質となるマンノース6リン酸受容体(MPR)との相互作用評価を試みた.GGAは,3つのドメインからなるマルチドメイン構造をとっており,各ドメインはそれぞれ異なる蛋白質と相互作用することが知られている(Nakayama and Wakatsuki [6]).すでに3つのドメインの結晶構造は明らかにされているものの,複数のドメインを有する状態での構造は報告されていない.ここでは,マルチドメイン構造を有する状態での相互作用を評価するために,N末端に存在する2つのドメイン(VHS,GAT)を有するコンストラクト(GGAfr)を作製し実験に用いた.VHSは先に示したMPRのC末端部位に存在するACLL配列を認識し結合することが知られており(Shiba et al. [7]),ここではMPRの代わりにACLL配列を含むペプチド(MPRペプチド)との相互作用を評価した.Figure 5aにGGAfrとMPRペプチドが結合した様子を模式的に示している.GGAfrの濃度が一定(105µM)の条件で,マイクロ流路型自動サンプリングシステムを用いMPRペプチドの濃度を58から671µMまで215分間かけて線形的に変化させ,その間,5分間露光で43枚連続的にX線散乱曲線を測定した.実験には,研究室系のX線小角散乱測定装置(発生装置•リガク社製MicroMax007HF,小角回折計•リガク社製Nano-Viewer,2次元検出器•PILATUS200 K)を用いた.ここで得られるデータは(4)式で得られる散乱曲線に相当しており,各混合溶液での遊離したGGAfr,MPRペプチドと複合体(GGAfr/MPR)の散乱曲線の和になっている.滴定曲線を得るためには,複合体にのみ由来する散乱([AB]IAB)を抽出する必要がある.その為には,相互作用がない場合の(2)式に相当する散乱曲線が必要となる.(2)式の各項は,それぞれ単独で測定した散乱曲線に相当することから,別途測定したGGAfrとMPRペプチドの散乱曲線を混合液の散乱曲線から差し引くことで[AB]IABのみを抽出した(Figure 5b).

Figure 5.

 (a) Schematic picture of GGAfr comprised of the VHS and GAT domains, and the MPR peptide bound to VHS. Protein-protein interaction analysis using continuous X-ray scattering titration experiments. (b) Difference scattering profiles responsible for complex formation under various concentrations of the MPR peptide. (c) U-spectrum and (d) V-spectrum obtained from the singular decomposition analysis applied to the difference scattering profiles.

放射光に比べX線発生装置の強度が低くS/Nが悪かったため,ここでは2つの散乱曲線の平均をとり,10分露光に相当するデータとして示している.MPRペプチドの濃度が増加するのに従って,散乱曲線が逐次的に変化していることがわかる.滴定曲線を得るためには,MPRペプチドの濃度に依存しない散乱プロファイル(IAB)と,依存する強度変化(~[AB])を分離して評価する必要がある.ここでは特異値分解解析(SVD)によって両者を分離した(Figure 5cd).一次独立な散乱曲線と濃度依存項は,ともに第1成分のみ有意で有り,1段階の結合平衡反応であることがわかった.この場合,濃度依存項は複合体形成に関する滴定曲線そのものと考えることができるので,結合平衡(GGAfr+MPRGGAfrMPR)を仮定し回帰分析によってKdを求めた(Figure 5d).GGAfrとMPRペプチドが1:1で結合した複合体の形成が確認され,その解離定数は51.1µMであった.この値は,すでに報告されている,等温滴定熱測定によって決定された解離定数(8µM)に比べ5倍程度大きい(Kato et al. [8]).本解析ではVHSとGATからなるマルチドメイン構造を有するGGAfrを用いているのに対し,先行研究ではVHSのみからなるコンストラクトを用いている.詳細は未だ明らかではないが,現在のところGATがVHSとMPRの結合に対して何らかの阻害的な効果をもとらしているのではないかと推測している.

6 今後の展望

マイクロ流路を用いることでサンプル使用量を極力減らし,ポンプによる送液を制御することによって,自動的に混合比率が異なる溶液を連続的に調製することが可能となった.更に,X線溶液散乱測定法と組み合わせることで,蛋白質-蛋白質相互作用の解析に応用可能であることを示した.蛋白質-蛋白質相互作用の解析に一般的に用いられている等温滴定熱測定や表面プラズモン共鳴測定は,熱量や重量などの1次元の物理量を指標として解析するのに対し,X線溶液散乱では複合体構造を反映した2次元量の散乱曲線を指標としている.2次元量であることを反映し,本測定法は他の測定法と異なり平衡状態に存在する複合体を散乱曲線によって区別しながら,その強度変化によって相互作用を解析することができる.ここでは,開発した自動サンプリングシステムの性能を示すため,単純な2成分混合の応用例を示したが,原理的には3成分以上の多成分系への応用が期待できる.現在は,平衡状態の解析を目的とし,平衡状態に達するに十分な時間として数分程度かけて溶質を拡散させ混合している.将来的には,拡散による混合とT字配管による高速混合を組み合わせることで,生体内で見られる過渡的に生じる非平衡状態の解析にも拡張することができる.しかしながら,平衡•非平衡状態の多成分滴定実験は本装置によって実現可能であるものの,収集した膨大なデータから反応解析し,複合体構造や解離定数を決定するためには,より高度な解析手法の開発が必要不可欠である.今後は,古典的な多変量解析にとどまらず,高度情報処理技術を駆使することで多成分平衡状態解析を実現し,生体内を模倣した多成分蛋白質分子集団の状態解析を進めていく.

Acknowledgment

本稿で紹介した研究は,多くの方々との共同研究の成果であり,ここにお礼を申し上げる.GGAfrのコンストラクトは京都大学大学院薬学研究科中山和久教授から提供を受け,X線溶液散乱測定はスタンフォード大学若槻壮市教授との共同研究で行った.本研究は科学研究費補助金•新学術領域研究「動的秩序と機能」の支援を受け実施された(JP25102003).X線溶液散乱測定は高エネルギー加速器研究機構放射光研究施設において実施した(課題番号2016G077).

References
 
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