Journal of Computer Chemistry, Japan
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研究論文
可視光の衛星画像の海面の色相変化を用いた広域海洋汚染の調査方法の開発
神部 順子小原 裕二青山 智夫長嶋 雲兵
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2018 年 17 巻 4 号 p. 180-187

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Abstract

可視光の衛星画像を新たな環境科学の研究資料及び教材とするための解析手法を開発した.環境の異変は特に微細な色相の変化に現れるので,色相とコントラストの強調法を新たに開発し, その手法を用いて2018年1月のタンカーSanchi号の沈没事故後のひまわり8号撮影の衛星写真を解析したところ,海中に投棄された凝縮物(Condensate)の影響は見いだせなかったが,重油と考えられる海面の黒色帯が存在することが分かった.また東シナ海の富栄養化が日本の排他的経済水域(Exclusive Economic Zone: EEZ)近くまで及んでいること,時にはその海水の一部が九州西岸に到達することが分かった.

1 はじめに

一般ユーザにweb上に公開された衛星画像 [1,2]がダウンロードできるようになっている.それらは編集され,可視化されていて教育用のコンテンツとして提供されている.本論文では無申請で利用できるひまわり8号日本域のPNG (portable network graphics) 画像 [3]を加工して海面の変色を調べる方法を示す.

ひまわり8号(140.7E, 0.0N, 36000km)には0.47 ∼13.3μmのスペクトル・バンドの画像がある [4].それらは研究用で,教育用には利用が難しい.画像フォーマットの点や対応する市販ソフトなどが無い.しかし教育用の画像もある.たとえばダウンロード・リンクの日本域の画像である.大きさは3301×2701 pixelでビューワも自動的に起動する.容量も複数の履修者が同時にアクセス可能である.画像は2.5分毎に記録されてデータベース化されていて火山の噴煙などの時系列現象も観察できる.広い地域,さまざまな現象をフリーに観る手段はそうそう無く優れた教材である.

ひまわり衛星の本来の目的は気象現象の予報である.しかしそれ以外,大気中の粉塵,海の汚染,植生の変化の調査にも使用できる可能性がある.

本論文の目的は2018年1月6日に発生した東シナ海上のタンカー・サンチ(Sanchi)の衝突・炎上事故(1月14日沈没)の影響を衛星画像から調査することである.

2 衛星画像の処理

2.1 画像のダウンロードと変換

画像はNICT (National Institute of Information and Communications Technology) のページ [3]から目的の日時分秒を指定してzipファイルとしてダウンロードする.それを解凍するとPNG形式の画像が得られる.PNGファイルをコンバータでRGB形式に変換し三色(RGB)分解すると8 bitsの約10MBのデータとなる.ここまでの処理は市販のソフトウェアやフリーウェアにより可能である.

RGBデータは波長640, 510, 470 nmの反射輝度像である.RGBデータは1 byteの符号なし整数型データとしてFortran/C言語の書式なし入力文で読み,32bitの浮動小数点数の行列形式{Rij, Gij, Bij}とする.以下この表記を用いる.

2.2 画像処理法

本来の目的以外に画像を使用すると1画像ではS/N比が不足する.複数の画像を合成する必要がある.本論文では80分間の33画像を前提に議論する.33画像を積算し,全画素に1/33を乗じる.するとS/N比は理論上は    -20 log{(1/33)0.5}=15 db    改善する.さらに雑音が(1/33)0.5=1/5になるので画像のコントラストを5倍強くして通常のカラー写真では視認困難な現象を可視化できる可能性がある.

80分間に対象物は移動する.ひまわり8号の画像は1 pixelあたり水平垂直方向1 kmであるから,0.208 m/s以上の速度で動くものは流れた像になる.すると複数のpixelにわたって輝度が分散されるので像は最大で1/33の輝度に希薄化する.小さい孤立雲などは不可視になる.衛星画像では雲の下は見えないから,この性質は雲の下の現象を観察するには有用である.

衛星画像で最も明るい対象物は雲である.海面や地面に比べて桁違いに明るいので,それ以外を明瞭に確認する場合は雲との輝度差を小さくする.我々は画素の白色部分を除去する,次の方法を使用した.    W=min(Rij', Gij', Bij'), where Rij'=Rij-Wf,Gij'=Gij-Wf, Bij'=Bij-Wf, 0<f<1,    (1)   

ここでRij'は画像を行列と見たときの(i,j)要素のR成分である.Gij', Bij'も同様.f”はparameterで雲の明るさをどう表現するかで決める.デフォルトとしてf=0.5 (雲周辺が薄黒い霧のようになる), {Rij', Gij', Bij'} から得られた画像は輝度W成分が1-fになるので色彩が強調された暗い像である.この像を改めて {Rij, Gij, Bij} と書く.

ひまわりの場合,青が極端に強く視認性が悪いので,まずそれを減色する.人間にとってのRGBの波長をデジタル・カメラのRGB分解仕様を参考にして0.63, 0.55, 0.45 μmとする.これをλr, λg, λbとする.理想的なRayleigh散乱では粒子の反射輝度のRGB成分比λrn: λgn: λbn, n=-4.Mie散乱ではn=0である.ゆえに青カブリ像を補正するには成分比の逆数を輝度値に乗じる.日本域の真昼の晴天の場合はn=-2 [5],赤道付近の夕焼けではn=-0.5であった.我々は1.0, 0.762, 0.510をRGB成分値に乗じた.

こうして変換された像は,そのままでは暗く,ほぼ不可視である.それを人間が見やすい像に変換するために,スカラー変数a,bと関数g (),    x=a Rij-b, y=g(x;u)=255/{1+exp{-u(x-127.5)}}, Rij'=255(y-0.44464)/254.13,    (2)    とする.このRij'を改めてRijとする.Gij, Bijも同様である.式(2)は輝度の中間値付近のコントラスト大きくするためのparameter変数uを決める必要がある.経験的に我々はu=0.05を採用している.ここで必ず0 ≤ Rij ≤ 255であることを処理の各所で確認すること.Gij, Bijも同様である.

式(2)のRij'は32bit実数であるから1byte符号なし整数に代入してRGB値を書式なしでファイルに書き出す.ファイル拡張子はrgbとする.画素数情報のIPRファイルは別途テキスト・エディタで作成する.市販のRGBビューワでその画像を見る.変数a,bを変更すれば,リアルタイムでビューワ像が変化するので,適切と思う値でa,b値を確定し,ビューワに付属しているコンバータでjpeg/gifなどの画像形式にする.

2.3 雲の消去法

以上の画像処理を行っても大きい厚い雲は減色できない.強輝度の雲の傍の低輝度現象を明確に確認したい場合,閾値thを使用して,二値論理関数L{},    L{(Rij > th) and (Gij > th) and (Bij > th)}=.true.,    (3)    の場合に強制的にRij=Gij=Bij=0とする(.false.の場合は無処理).ゆえに積算画像では積算しない画素が生じる.ゆえに画素ごとに積算数を保持して,その数により積算画素値の平均をとる.この時のS/N比は,    -20 log{(1/average(accumulations)0.5} db    となる.閾値thは生成される画像をビューワで確認しながらinteractiveに決定する.経験上[130, 200]の区間である.この処理により雲は暗黒となり輪郭部が着色した輝点となる.中間値th∼150では雲の内部に黒い点状のパターンが現れることがある.雲の濃度の時間変化が表現される.

以上が可視化に関する処理である.画素の輝度をグラフにする場合は式(1,2)のような非線形変換は望ましくない.

2.4 対象物の輝度のグラフ表現

物体の特性を検出したい場合の処理について考える.照度依存性を減じるのなら画素値の比を取り,    Bij/Rij:=Xij, (Bij-Gij)/(Bij+Gij)=Yij    のようなインデックスが考えられる.実際に前者は大気中の粉塵濃度の画像化 [6],後者は植生検出 [7]に用いられている指数である.これらの指数をRGBの3色分解の世界で考察すると,    (Bij-Gij)/(Bij+Gij)=Yij, -(Rij-Gij)/(Rij+Gij)=Zij, (Bij-Rij)/(Bij+Rij)=Wij,    (4)    となる.このうちでWijは他と輝度値の波長が離れている.インデックスとしては隣接バンドの方が照度依存性を減じるためには良い.ゆえに今回は使用しない.

3 Sanchi号の事故と海面の色相

3.1 状況

2018.1.6, 20:00, CSTタンカーSanchi号は136 ktの凝析油(condensate)を搭載して,東シナ海を韓国へ航行中,長江河口東方300 kmの海上で長峰水晶号と衝突した.直後に出火 [8],漂流して2018.1.14, 16:45, JST奄美大島西方350 km (28.367N, 125.9167E, 水深115 m)で沈没した.同号は燃料のほかに2 ktの重油も搭載していた.そのため重油が海底に留まっている可能性がある.これだけの石油が海中に投下されると環境への悪影響が懸念される.

Surf news [9]は英国(UK) National Oceanography Centerの影響予測シミュレーションを図示化して報じた [10].シミュレーションの元の海流の図はJAXA衛星画像 [11]である.Japan Aerospace eXploration Agency (JAXA)は2018.1.19, 12:33, JSTにAdvanced Land Observing Satellite (ALOS-2)のSynthetic Aperture Radar (合成開口レーダ)により,現場付近を観測,油膜の状況を公開している [12].沈没した海域の東側には,南西から北東に黒潮が流れている [13].それに油膜が乗ればNational Oceanography Centerの予測とは違う結果となる.

我々は同号の2018.1.14, 13:37:30 ∼14:57:30, JSTの33画像を2節の方法で処理した(Figure 1).日時が事故直後でないのは,東シナ海の雲量が多く,なかなか海面が現れなかったためである.

Figure 1.

 2 hours before sinking of oil tanker Sanchi. The photograph is an accumulated one of 33 images shooting per 2.5 min between 13:37:30 ∼14:57:30, JST, on Jan. 14, 2018. The centers of 2 red circles of radius 300 and 350 km are Shanghai and Amami-city. Point A and B are the collision and sink points. The image indicates the surface color of the sea, dusts, and clouds in the atmosphere. Land and islands are drawn in black. Smoke from the tanker is black at B-point. Colors of the East China Sea are black-red, pale blue, and blue from the coast of China, respectively. The pale blue indicates the eutrophication area that is found at the estuary. The dusts are green, and the clouds are yellow. They move, the edges are rubbing because of composite process for 80 min.

Figure 2.

 The area of Figure-1, photographed at March 29, 2018. The centers of 2 red circles of radius 300 and 350 km are Shanghai and Amami-city. Point A and B are the collision and sink points of Sanchi. The image indicates surface color of the sea, dusts, and clouds in the atmosphere. Land and islands are drawn in black. Colors of the East China Sea are brown to black-red, green, pale blue, and blue from the coast of China, respectively. The pale blue indicates the eutrophication, which is constructed of many vortexes and goes to Japan-coasts. Dusts in the atmosphere are drawn as greenish black, and the clouds are yellow. Their edges are rubbing. The accumulation is 160 min.

Figure 3.

 The area of Figure 1, photographed at April 19, 2018. The centers of 2 red circles of radius 300 and 350 km are Shanghai and Amami-city. Point A and B are the collision and sink points of Sanchi. The image indicates the surface color of the sea, dusts, and clouds in the atmosphere. Land and islands are drawn in black. Colors of the East China Sea are brown to black-red, green, pale blue, and blue from the coast of China, respectively. The pale blue indicates eutrophication, which is constructed of many vortexes. Contamination density of the area near Japan coast becomes small compared with March 29. Dusts in the atmosphere are drawn as greenish black, and the clouds are yellow. Their edges are rubbing. The accumulation is 120 min.

3.2 一般的な画像解読

各図は海面を主に観察するための画像処理を行っているので,陸地は黒く表現されている.雲は黄色くなっている.明度を減じ,極度に色彩を強調すると,純白色の対象物は存在しない.雲の端は薄黒い帯緑色となる.雲は80 ∼160 min間に移動するので像の輪郭はブレる.薄い雲ならば,その黒くブレた像の下に海面が重なって視認できる.東シナ海近傍の雲は帯黄色となり,赤道付近では帯赤褐色となる.前者は黄砂,後者はlaterite土の色と考えられる.

海の色は沖合では群青であるが,沿岸の河口部は明るい緑色となる.ひまわり8号画像の全球像でもその傾向がある.緑色は植物プランクトンと考えられる.同プランクトンのクロロフィルaの画像からの検出には近赤外バンドの情報が必要である [7].それはひまわりの一般用のリンクからはダウンロードできない.

3.3 東シナ海の状況

中国の沿岸部は緑色ではなく暗褐色である.色彩を強調しない元像ではRij~Gij~Bijの暗灰色である(Figure 1∼3では黒色).もはや海の色では無く,深刻な海洋汚染と考えられる.

Figure 4Figure 3の上海・甑島(コシキジマ)間の直線上を2.4節のY, Zインデックスをグラフにしたもので横軸は上海中心部からの距離[km]である.本図は東シナ海の豊栄養化が上海から480km東方までの広範囲に及び,憂慮すべき状況を示している.Seikaiも同様な指摘をしている [14].

Figure 4.

 Water contamination indexes of the East China Sea, along a line from Shanghai to Koshikijima, measured at April 19, 2018. Zone A is contaminated area by various matters. Zone T is the clear sea purified by tide. Zone C is hidden sea surface by the clouds. Zone E is eutrophication sea water.

ひまわり8号の最も古い東シナ海の画像は2015年7月31日のものであった.12:00:00 ∼15:00:00, JSTの120 min間の49画像を2節の方法で処理した.当時の大気と海洋はまだ清浄と思われ,青色が強く視認性が悪いので2.2節の散乱の波長依存性をn=-2.5とした(青を減色).結果をFigure 5に示す.Figure 3と比較すれば海洋の汚染拡大は明らかである.

Figure 5.

 The area of Figure-1, photographed at July 31, 2015. The centers of 2 red circles of radius 300 and 350 km are Shanghai and Amami-city. Point A and B are the collision and sink points of tanker Sanchi. The image indicates the surface color of the sea, dusts, and clouds in the atmosphere. Land and islands are drawn in dark green or black.

3.4 Sanchi沈没の影響

2018.3.29, 9:40:00 ∼12:22:30, JSTと2018.4.19, 13:00:00 ∼15:00:00, JSTの東シナ海の色相をFigure 2, 3に示す(沈没後,東シナ海東部がなかなか晴天にならなかった).Condensateは揮発性と言われているので2か月半後には海上には無いと考えられる.毒性があるので海洋微生物の分布には影響があるのかも知れない.重油は分散して海流に乗って移動しているだろう.

Figure 2 (March 29)の九州西部沿岸,五島列島には淡青色(冨栄養)の海水が渦を巻いて到達している.Figure 1 (Jan 14)ではそれがない.Figure 3 (April 19)になると淡青色の海水の濃度は薄まっている.Condensateが植物プランクトンを増殖するとは思えない(むしろ減少させる)から,この淡青色海水が九州西岸に到達した現象は,東シナ海の冨栄養の海水が潮流の関係で移動してきた可能性の方が大きいと思う.Figure 1を見ると冨栄養の海水域がトカラ列島,宝島の近くまで来ている.

重油の拡散はFigure 3ではSanchi沈没点Bの北東方向に広がる黒い海水と思われる.東端は宝島の近くまで来ている.Sanchiは重油タンカーではないので多量の重油が海中に投棄された訳ではない.それを考慮すると黒い海域が広範囲に過ぎる.Figure 5 (July 31, 2015)の同海域には黒い海水は見られない.したがって,この黒い海域には注目する必要がある.何かの現地調査が必要と思う.また今後の経過観察も必要であろう.

五島列島から対馬,日本海西南部の状況はほとんど晴天の日が無く,April 21, 2018, Figure 6となった.日本海の汚染は小さいと考えられる.ゆえにFigure 1 ∼3に比べて1.4倍のコントラストとした.対馬海流が対馬で二手に分かれ日本海へ流れていく様子が明瞭である.日本海の冨栄養海水の渦構造も明らかである.Sanchi沈没の影響は無いと思われる.

Figure 6.

 Status of Japan Sea, photographed at April 21, 2018.

4 まとめ

衛星画像は多くの環境科学の情報を含んでいる.ただし標準ビューワで見ているだけではほとんど何も得られない.本論文に記載した画像処理を利用し,かつ様々な現地の報告を調べる必要がある.画像は現象を直接的に計測している訳ではなく,対象物の放射強度を映像化しているだけである.放射強度と像の濃淡関係も線形ではない,順序性が保たれているだけで,定性的な大小関係が判断できるだけである.

衛星画像を補完する地上・海上の情報を集める必要がある.それは現象の発生しているごく一部であっても良い.それから処理画像の色相,輝度の意味を推測する.ゆえに物事を多方面から判断する教育的訓練に有用である.

今回,日本では報道が少なかったが,外国では大きなNEWSとなったSanchiの衝突・炎上事故を取り上げて,その画像解析法を示した.残念ながら他国のExclusive Economic Zone (EEZ)のために現地調査は難しいと思われる.今回は衛星画像の解析で調査を終了とする.

可視光の衛星画像で最大の問題は雲が現象を覆ってしまうことである.今回,小さな孤立した雲で移動する場合にかぎり,その遮蔽効果を小さくすることができた.その方法は色を強調するので白雲と黄砂のような対象を区別することができる.またコントラストを通常の画像の5∼10倍に強くするので,そのための方法を開示した.

本法により潮流の実態を明瞭に示すことができる.特に日本海や十勝沖太平洋のような複雑な潮流が流れて,各所に多くの渦が発生する海域では有効である.

References
 
© 2018 日本コンピュータ化学会
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