Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報 (Selected Paper)
フォルステライト過冷却液体における原子の自己拡散メカニズム
西澤 隼哉深澤 倫子
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2018 年 17 巻 5 号 p. 204-208

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Abstract

To investigate the self-diffusion mechanisms of atoms in forsterite in supercooled liquid state, we performed molecular dynamics calculations. The results show that the atoms migrate with jumps from a stable site to an adjacent site. From analyses of the stress auto-correlation function (SACF) and mean square displacement (MSD), we determined the viscosity and self-diffusion coefficients. Furthermore, it was found that the jumping probabilities of Mg and Si, which are located at positions with high Si densities, are higher than the averaged probability, because of a structural distortion of surrounding SiO4 units with strong Si–O bonds. The mechanisms of self-diffusion are important to understand the phase transition dynamics of natural forsterite in proto-planetary disks and interstellar molecular clouds.

1 はじめに

フォルステライト(苦土かんらん石)は地球上に存在する主要な珪酸塩鉱物の一つである.フォルステライトは,地球上では結晶として存在するが,隕石中にはガラス状態のフォルステライトが見つかっており,星間分子雲や原始惑星系円盤ではその多くがガラスあるいは液体状態で存在すると考えられている [1, 2].従って,フォルステライトの相転移ダイナミクスは,惑星形成過程における鉱物の熱的進化のメカニズムを明らかにする上での重要な素過程の一つとして考えられる.

フォルステライトの結晶は,組成 4 Mg2SiO4 の単位胞から成る空間群 Pbnm の斜方晶系の構造をとる [3].Figure 1 に,フォルステライトの結晶構造を示す.フォルステライト結晶は,SiO4 単位の四面体構造と MgO6 単位の八面体構造により構成される.SiO4 四面体構造と MgO6 八面体構造は,互いに頂点とする酸素を共有するため,三次元のネットワーク構造を形成する.

Figure 1.

 Crystallographic structure of forsterite at 298 K, 0.1 MPa [5].

一般に,ガラス状態の物質の生成法としては,融液をガラス転移点以下まで急冷する溶融急冷法が知られている.しかし,フォルステライトの場合は,冷却の過程で結晶化が起こりやすく,ガラスの形成が困難であるため,ガラス状態の構造や物性に関する研究の報告例は少ない.Tangeman ら [4] は,ガスジェット音波浮遊 (AeroAcoustic Levitation; AAL) 法を用いることで,フォルステライトガラスの生成に成功した.彼らは生成したガラスの熱分析により,フォルステライトガラスを 400 K から昇温した場合には 1040 K で結晶に相転移することを示した.しかしながら,Tangeman ら [4] の生成したガラス試料には 1040 K 以下の低温状態でも微量の結晶が存在していたため,この微結晶を核として結晶化が生じた可能性も考えられ,完全なガラス状態から融液に至るまでの相転移のメカニズムについては明らかではない.また,ガラス状態から結晶状態に転移する過程では液体状態(融点以上の液体状態と区別するため,ここでは“過冷却液体”状態とよぶ)を経過すると考えられるが,Tangeman ら [4] の昇温過程では確認されていない.

我々は,フォルステライトガラスの構造および物性を明らかにするために,分子動力学 (Molecular Dynamics; MD) 計算を用いた研究を進めている.Ikeda-Fukazawa [5] は,フォルステライトガラスの構造に対する温度履歴の影響を調べるために MD 計算を行った.計算の結果,液体を 1000 K 以下に急冷して作成したガラスは,急冷前の液体構造を反映した非平衡構造をとることが明らかとなった.また Nishizawa ら [6] は,フォルステライトガラス表面の構造および物性を解析し,ガラス表面には密度が低く,原子の熱振動の振幅が大きい層が存在することを示した.

本研究では,ガラスの昇温過程で生成する過冷却液体状態のフォルステライトにおける原子の自己拡散メカニズムを明らかにすることを目的として,MD 計算を行った.

2 計算手法

MD 計算は,二体中心力項と三体力項からなる原子間ポテンシャルモデルを用いて行った [7].二体中心力項 uij は,次式で示す静電力,近接反発力,分子間力,共有結合力の和として計算した.   

uij(rij)=14πε0zizje2rij+f0(bi+bj)exp(ai+ajrijbi+bj)cicjrij6+D1ijexp(β1ijrij)+D2ijexp(β2ijrij)(1)

ここで,rij は原子 ij 間の距離,ε0 は真空の誘電率,e は電気素量,f0 は単位を合わせるための定数 (= 41.865 kJ·nm−1·mol−1) である.また,ziaibici は原子 i の有効電荷,反発半径,柔らかさ,ファンデルワールス係数をそれぞれ決めるパラメーター,D1ijD2ij は原子 ij 間の共有結合エネルギーを決めるパラメーター,β1ijβ2ij は共有結合のポテンシャルカーブの形を決めるパラメーターである.

三体力項 ujij は Si–O–Si 間の共有結合の角度を制御するために使用し,次式を用いて計算した.   

ujij(θjij, rij)=fk[cos{2{θjijθ0}1}]k1k2(2)
  
ki=1exp{gr(rijrm)}+1(3)

ここで,θjij は Si–O–Si の結合角であり,fkθ0grrm は Si–O–Si の結合角を制御するパラメーターである.

原子間ポテンシャルのパラメーターは,フォルステライト結晶の密度や熱膨張率,体積弾性率等の実測値を再現するように最適化した値を用いた [4].

計算には,160 個の Mg2SiO4 から成る系を用い,三次元周期境界条件を適用した.はじめに,3000 K のフォルステライト液体を 0.4 K/ps の速度で 10 K まで冷却し,ガラス状態のフォルステライトを生成した.この生成したガラスを冷却時と同様の速度で 3000 K まで昇温した.この昇温課程における 1000 K から 3000 K の温度範囲の構造を解析した.降温・昇温過程における計算条件は NTP アンサンブルとし,圧力は 0.1 MPa とした.また,過冷却液体の構造解析には,NTP アンサンブルで十分に緩和させた後にNTV アンサンブルで行った 50 ns 間の計算データを用いた.全ての MD 計算について,1 ステップ当たりの時間間隔は 0.5 fs とした.

MD 計算は MXDORTO プログラム [8] を用いて行った.原子の運動および静電相互作用の計算には,Verlet のアルゴリズム [9] および Ewald の方法 [10] をそれぞれ用いた.

3 結果・考察

実験により得られたガラス転移点 (1040 K [4]) から本ポテンシャルパラメーターを用いた場合のフォルステライト結晶の融点 (2418 K [5]) までの温度範囲では過冷却液体状態であると仮定し,この温度範囲で剪断粘度 η を解析した.剪断粘度 η の算出には,次の Green-Kubo 式を用いた [11].   

η=VkBT0σαβ(t)σαβ(0)dt(4)

ここで,V は MD セルの体積,T は温度,kB はボルツマン定数,σαβ は応力テンソルの非対角成分 (αβ = xyyxyzzyzxxz) である.

例として,Figure 2 に1800 K における応力自己相関関数 (Stress Auto-Correlation Function; SACF) <σαβ(t)σαβ(0)> の時間変化を示す.この図において,SACF は約 23.2 ps で 0 に収束した.0.1 ps 付近に見られるピークは熱振動に起因したものであると考えられ,同様の構造は高温下のフォルステライト液体にも見られる [12].同様の計算を各温度でそれぞれ 10 回実施し,Equation (4) に示した SACF の時間積分により η を算出した.例えば,1800 K の場合の剪断粘度は 0.0899 Pa·s であった.この値はガラス転移点の基準となる 1012 Pa·s よりも著しく低いため,1800 K におけるフォルステライトは過冷却液体状態であることが確認された.Stokes-Einstein 式 (η = kBT / (6πDr)) を用いて剪断粘度 η = 0.0899 Pa·s から拡散係数 D を求めると 2.04 × 10−11 m2/s となる.ただし,粒子半径 r については,Mg2+ のイオン半径である 0.720 nm [13] を用いた.

Figure 2.

 Stress auto-correlation function (SACF) of forsterite in supercooled liquid state at 1800 K.

過冷却液体状態における各原子の自己拡散メカニズムを明らかにするため,次の Einstein 式を用いて自己拡散係数 Dα (α = Mg,Si,O) を算出した [11].   

Dα=limt|r(t+t0)r(t0)|2α6t(5)

ここで,<…>α は元素 α の平均二乗変位 (Mean Square Displacement; MSD) である.自己拡散係数は 10–50 ns 間の MSD の傾きから算出した.

例として,Figure 3 に 1800 K における Mg,Si,O 原子の MSD を示す.この結果から Mg,Si,O 原子の自己拡散係数を求めると,それぞれ 5.68 × 10−10,1.19 × 10−10,2.08 × 10−10 m2/s となった.この結果から,1800 K の過冷却液体状態においては,Mg 原子の自己拡散係数が他の原子に比べて大きいことが分かる.MSDを用いて求めた値は,剪断粘度から求めた拡散係数 (2.04 × 10−11 m2/s) と比べて一桁程度大きかった.この原因は,過冷却状態における原子の拡散が,熱運動のみに依らず,時間的にも空間的にも不均一なことにあると考えられる.

Figure 3.

 Mean square displacement (MSD) of Mg, Si, and O atoms of forsterite in supercooled liquid state at 1800 K. The red, blue, and green lines show the values of Mg, Si, and O, respectively.

Figure 4 に 1800 K におけるフォルステライト過冷却液体中の Mg および Si 原子の軌跡を示す.この結果から,Mg,Si 原子は共に安定位置で熱振動しているが,時折,隣接する安定サイトにジャンプすることが確認できる.このジャンプの発生メカニズムを調べるために,Mg および Si 原子の積算配位数の時間変化を解析した.Figure 5 に,1800 K におけるフォルステライト過冷却液体中の全原子の積算配位数の平均値(点線)とジャンプが生じる直前の原子の積算配位数の平均値(実線)を示す.ジャンプ直前の時間範囲は,その時点から 1 ps 以内に Mg の場合は 0.3 nm 以上移動した場合,Si の場合は 0.2 nm 以上移動した場合と定義した.Figure 5 の結果から,Mg,Si 原子共に,ジャンプが生じる直前には,周囲に Mg 原子が少なく,Si 原子が多く存在していることが明らかである.この結果は,強い Si–O 結合によって構成された SiO4 の四面体構造が回転運動を起こす際に,周囲の SiO4 または MgOx ユニットが歪み,それに伴い原子のジャンプ発生することを示す.

Figure 4.

 Trajectories of center of (a) Mg and (b) Si atoms in forsterite in supercooled liquid state at 1800 K. The solid lines in (a) and (b) show the trajectories of Mg and Si atoms, respectively. The cross marks are the initial positions of the atoms. The large red, middle blue and small green circles show the initial positions of the surrounding Mg, Si, and O atoms, respectively.

Figure 5.

 Running coordination numbers for (a) Mg and (b) Si atoms as a function of distance from Mg atom, and (c) Mg and (d) Si atoms as a function of distance from Si atom in forsterite in supercooled liquid state at 1800 K. The solid and dotted lines show the values at the time before jumping and average over the whole time, respectively.

4 結論

本研究では,ガラス状態のフォルステライトの昇温過程で生じる過冷却液体中の原子の自己拡散メカニズムを明らかにするために,MD 計算を行った.計算の結果から,過冷却液体の剪断粘度および自己拡散係数を求めた.さらに,Mg および Si 原子は周囲に Si 原子が多く存在する場合にジャンプ頻度が増加することが明らかとなった.本研究の結果として明らかになったフォルステライト液体の拡散メカニズムは,宇宙における物質進化の過程を明らかにする上で重要な素過程であると考えられる.

Acknowledgment

本研究は MEXT 科研費 25108004 の助成を受けたものです.

参考文献
 
© 2018 日本コンピュータ化学会
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