Journal of Computer Chemistry, Japan
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巻頭言
ドストエフスキー読破?
山下 晃一
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2019 年 18 巻 2 号 p. A3

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小生の近況報告で恐縮だが,昨年3月,東京大学を定年退職後,引き続き一年間,特任研究員としてお世話になったが,今年4月からは京都大学(触媒・電池元素戦略ユニット)に所属し,首都大東京に勤務している.教育,運営の責務がなくなった分,かなり肩の荷が下りたような感じではあるが,時間的には現役時代とあまり変わりなく毎日バタバタと研究活動?している.それでも,やはり気持ちにゆとりが生まれたのか,現役時代と比べて読書量が増え,きっかけは忘れてしまったが,ドストエフスキーを読破しようと,昨年秋頃から,彼の出世作である「貧しき人々」から出版順に,「二重人格」,「虐げられた人びと」,「死の家の記録」,「地下室の記録」,「賭博者」,「罪と罰」,「白痴」,「永遠の夫」と読み進め,先日「悪霊」を読み終えた.ドストエフスキーの代表作である「カラマーゾフの兄弟」は,これも読むきっかけは忘れてしまったが,多分テレビの影響だと思うが,4年前の夏に文庫本4冊を一ヶ月で一気に読んだ.読み込んだわけではなく,ストーリを追いかけただけなので,ドストエフスキーの凄さに衝撃を受けたとの読後感はなかった.今回「悪霊」までの一連の作品を読み終わっても,感受性をかなり失った前期高齢者にとっては,なかなか人間描写が克明だなあ程度であったが,ロシア文学者の亀山郁夫氏とロシアのドストエフスキー研究者のサラスキナさんによる解説書(「ドストエフスキー「悪霊」の衝撃」)により,“ドストエフスキーの作品の全てにおいて,改行から句点にいたるまで,意味と意義に満ちていたのか”と“目から鱗”の感を得た.

ドストエフスキー最大の問題作とされる「悪霊」の「告白」の章は,主人公スタヴローギンが悪の限りを尽くした青春時代について書かれている.ロシアでの「悪霊」出版当時,編集者の検閲によって「告白」の章は削除されて出版された.この「告白」の存在は,ドストエフスキー没後25年記念作品集の刊行時に世に知られたが,その後再び消息不明となり,15年後のドストエフスキー生誕百年記念の年に再発見され,現在3種の「告白」が知られている.亀山氏は「悪霊別巻」で,それらを全て訳し,比較し,出版に賭けたドストエフスキーの意気込みのすさまじさを知らしめている.ここで“目から鱗”の一例を紹介.「告白」のなかでスタヴローギンは彼の放浪の軌跡について,「私は東方に行き,聖アスト山では八時間の晩禱式に耐え,エジプトに行き,スイスに住み,果てはアイスランドにも行った.ゲッチンゲンでは,,,」.おやアイスランドはどうして?前後の関連からも全く分からない.このあたりの背景を徹底的に研究したサラスキナさんの「アイスランドのスタヴローギン」(「ドストエフスキー「悪霊」の衝撃」)によると,何とジュール・ヴェルヌの小説「地底旅行」と関係があり,当時の文学論争の観点からドストエフスキーは書き加えざるを得なかったのである.ドストエフスキー読破に向けて,残るは「未成年」と「作家の日記」.

ドストエフスキーも凄いが,どんな分野においても研究者の興味は尽きないものだなあと感心する今日この頃である.

 
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