Journal of Computer Chemistry, Japan
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速報
分子動力学シミュレーションによる嗅覚受容体タンパク質mOR-EGと香り分子オイゲノールの結合解析
岡本 千怜安藤 耕司
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2020 年 19 巻 4 号 p. 161-163

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Abstract

Molecular dynamics (MD) simulations were used to analyze the effect of the odorant molecule eugenol on the olfactory receptor protein mOR-EG and the dynamic correlation between amino acid residues around the binding site due to ligand binding. When eugenol hydrogen-bonded with Ser 113 of mOR-EG, the dynamic correlation with amino acid residues 213-218 on the adjacent α-helix increased within 10 ps. In particular, the correlation between Ser 113 and Leu 217 showed characteristic oscillations between 10 ps and 30 ps. The correlation with Leu 217 shifted toward residues closer to the G protein over time. Correlation with amino acids on the other side of the membrane was also observed, suggesting the contribution of collective protein motion

1 はじめに

嗅覚受容体タンパク質はGタンパク質共役受容体の一群であり,7つのαヘリックスを持った構造が特徴である.生体内では鼻腔の粘膜に存在する嗅毛の表面に並んでおり,そこに香り分子が結合することで嗅覚受容体の下部に結合しているGタンパク質の解離を促し,次の物質へ情報を伝達する.

本研究で対象としたmOR-EGはマウス由来の嗅覚受容体タンパク質でありクローブ様の香りを持つオイゲノールを認識する.先行研究 [1] ではドッキングシミュレーションをもとに,リガンドと水素結合するSer113を非水素結合性のアミノ酸に変異させるとにおい応答が完全になくなるという実験結果が得られた.これより,mOR-EGの膜貫通領域3,5,6番目のαヘリックスに囲まれた位置でSer113のOH基とオイゲノールのOH基が水素結合する構造がにおい認識にとって重要であると示唆されている.別の先行研究 [2]では,特定のアミノ酸に結合したリガンドがスイッチの役割を果たし,次々に周辺のアミノ酸へ情報を伝達し,最終的には嗅覚受容体タンパク質に結合しているGタンパク質の一部の解離を誘導していると推測されている.

しかし,先行研究 [1]では脂質二重膜や溶媒が考慮されておらず,先行研究 [2]では,リガンドを結合させたMDシミュレーションが行われていない.そのため,本研究ではタンパク質,リガンド,脂質二重膜,溶媒の全てを取り入れてMD計算を行い,タンパク質内の動的相関に対するリガンド結合の影響を解析する.

2 計算方法

先行研究 [1]のホモロジーモデリングで構成されたmOR-EGの立体構造を脂質二重膜(POPE)に埋め込み,水・Naイオン・Clイオンを配置した(Figure 1,総原子数:58804).この構造を初期座標として,エネルギー最小化したのち,温度310 K,圧力1 atmのNPTアンサンブルで 4 ns のMD計算を実行し,体積の平均を求めた(体積の平均値:74 ×74 ×119 Å3).その構造から温度310 KのNVTアンサンブルで200 ps MD計算を行った.また,mOR-EGにオイゲノールを結合させてエネルギー最小化を行った構造を初期座標として,上記と同様にNVT- MDシミュレーションを行った.オイゲノールの原子電荷は RHF/6-31G (d)の静電ポテンシャルフィットで決定した.その他全ての力場はAMBER 99を用いた.電子状態計算はGAMESS,シミュレーションはmyPresto [3, 4]を用いた.

Figure 1.

 Structure of mOR-EG and Eugenol

上記で得られた結果からアミノ酸残基間の動的相関を   

Cij = ri rjri2 rj2
の式で求め,動的相関図(Dynamical Cross Correlation Map,DCCM)を作成した.∆ri はアミノ酸残基 i のα炭素原子の平均構造からの揺らぎである.Cij が +1 の場合は i と j の揺らぎは相関していることを示しており,Cij が 0 の場合は相関がなく,Cij が −1 の場合は負の相関を示している.計算にはMD-TASK [5]を用いた.

3 結果

Figure 2はリガンドが結合している場合の全てのアミノ酸残基ぺアのDCCMである.相関の高い赤色が部分的に出ている.より詳細に解析するため,先行研究 [1]でリガンド結合に重要と示唆されていたSer113に着目し,Ser113に対する他のアミノ酸残基の相関を二次元グラフで示した(Figure 3).青色のグラフがタンパク質単体の動的相関で,橙色のグラフがリガンドを含んだタンパク質の動的相関である.図のように,リガンド結合後の10psにおいて202-220番目のアミノ酸残基に高い相関がみられた.さらに,差分を取ると特に213-218番目のアミノ酸残基で大きな差が見られた.これらはFigure 1の緑色のαヘリックスに存在するSer113付近にある黄色のαヘリックス上の残基であり,213-218番目の残基はタンパク質の下部分にある.この結果から,リガンド結合は特定のアミノ酸を経由してタンパク質の下方へ影響を与えることが明らかになった.

Figure 2.

 Dynamical Cross Correlation Map (DCCM) of all amino acid residue pairs from the MD simulation of a ligand-containing protein.

Figure 3.

 The upper graph compares the dynamical cross correlation of other amino acid residues to Ser113 between 0 and 10 ps with and without ligand, and the lower graph shows the difference.

次に0-10psで相関がみられた残基は10ps以降どのような相関を持つのか時間変化を調べたところ,Ser113とLeu217のペアにおいて10-30ps で相関が負となり,特に20-30psで大きく減少するという特徴的な結果が得られたため,Leu217に着目した.この減少はLeu217が他のアミノ酸と新たな相関を持つためと予測し,Leu217に対して0-10psと20-30psの時間領域で他のアミノ酸残基との相関を比較した.その結果,時間が経過するとGタンパク質により近い残基に相関がみられた.また,構造の上方の残基にも相関がみられたことからタンパク質の集団運動が関係している可能性も示唆される.

謝辞

mOR-EGのPDBファイルを提供して下さった堅田明子博士と東原和成教授に感謝いたします.

参考文献
 
© 2020 日本コンピュータ化学会
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