2010 年 9 巻 4 号 p. 205-210
常識的には反応が進行しないか抑制されると考えられる水溶液の凍結過程および巨視的な氷固相内における酸化•還元反応の例として,ヨウ化物イオン酸性水溶液の凍結によるヨウ素I2生成反応を取り上げ,その反応メカニズムを分子力学法を用いて解析した.ヨウ化物イオン酸性水溶液を用いたI2生成反応は,I−のみを溶解した酸性水溶液では,溶液条件下において100 °Cに加熱したとしても反応は起こらない.ところが,水溶液の凍結過程および巨視的な氷固相内においてI2生成反応が進行することを実験的に示した.I2生成反応は酸化剤の共存しない暗条件下において進行した.これは,水溶液の凍結過程および巨視的な氷固相内においてI− →I • +e− およびI • +I • →I2 のような反応が促進されていることを示している.この反応メカニズムを解析するために分子力学法(Amber potential)でヨウ素2原子と水30分子の系の構造最適化を行った.初期状態は水の内部にヨウ素原子が存在する構造を仮定したが,最適化された構造は,水クラスターの表面にIがある構造となった.温度が低いとエンタルピーの寄与がエントロピーの寄与より大きくなり,水溶液系では水分子が形成する水素結合数の最大化がなされることにより,溶媒である水の結晶化が実現される.そのため,イオン等の溶質が系の外部に押し出され,I2の表面析出が促進されることが判った.