認知科学
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特集―認知科学の現状と展望
作業記憶の容量制約の統一的な理論へむけて : 認知における作業記憶の役割
三宅 晶
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1994 年 1 巻 1 号 p. 1_43-1_62

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抄録

作業記憶 (working memory) は, これまでは主として情報を受動的に保持する機能に着目して論じられていた. 短期記憶 (short-term memory) とは, そうした観点から作業記憶をとらえた概念である. しかし, 保持という視点からだけでは説明できない認知的現象がある. また, 伝統的な意味での短期記憶の容量と, ある種の認知的作業の成績との間に相関がないこともわかっている. そこで本稿では, 情報の保持と処理の両方にわたる計算資源の供給元として作業記憶をとらえ, 操作的な観点からその容量の制約を考えることにより, 統一的な認知モデルにおいて重要な位置を占めるべき作業記憶の理論を探る.
高次の認知活動における作業記憶の役割を考える上で重要なのは, 課題が要求する情報の保持と処理の量が多ければ多いほど, 作業記憶の容量の差がより顕著に現れるという点である. たとえば, 言語理解における困難は作業記憶の容量の制約と相関関係があるが, 埋め込み文や曖昧語の理解において, 理解が困難な場合の方が作業記憶の容量に関する個人差の影響も大きい. 問題解決や空間的思考に関しても同様に, 課題が複雑になるほど作業記憶の容量の差が成績に大きく反映する. 異種の認知過程において作業記憶の容量の制約がこのように同様の仕方で現れていることから, 作業記憶に関してはさまざまな認知領域にわたる共通の説明が望まれる.
著者らが提案している認知の計算アーキテクチャ3CAPSは一種の並列プロダクション・システムであり, そこでは, 情報の保持と処理の両方が活性 (activation) という共通の計算資源に基づく. プロダクション規則が発火するには, 条件部の指定する要素が作業記憶中に保持されている必要があるが, それには, その要素が単に存在するだけではなく, ある程度以上の活性を持たなくてはならない. また, 規則が発火すると出力要素の活性が高まるが, 3CAPSではこの活性化が一挙にではなく少しずつ行なわれる. 作業記憶の容量に関する制約は, この活性の総量の限界から生ずる. すなわち, この限界に近い状態では, 規則の出力要素の活性化が遅くなって処理が阻害されると同時に, 既存の要素の活性が下がって忘却が生ずる. このモデルによって上述のようなさまざまな認知現象が統一的に説明できる.
さらに, 健常者と失語症患者との差, および若者と老人との差を, いずれも知識の差によってではなく, 作業記憶の容量の大小という定量的な概念によって説明できると考えられる. 実際, 適当なポーズを文に挿入することによって失語症患者による文理解の成績が向上するのに対し, 厳しい時間制約の下では健常者も失語症患者と同種の理解の障害を示す. 加齢による認知能力の低下も, 知識や技能の単なる想起に関してはあまり目立たず, 作業記憶に大きな負担を強いるような認知過程においては著しい. このことは, 認知における知識や技能の蓄積の効果と作業記憶の効果とが分離可能であることを示唆するゆえに, 特に興味深い.

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© 1994 日本認知科学会
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