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英学史研究
Vol. 2001 (2000) No. 33 P 105-119

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http://doi.org/10.5024/jeigakushi.2001.105

  • (1) 『中央公論』1954年7月号、218-225.8月号、224-232.ニューヨーク時代の衣川について詳述されている.
  • (2) 『河北新報』1954年10月7日付. 「記者生活五十年一ミラー山荘」『河北新報』1954年10月10日付. 年代の認識に大きな誤りがある上、衣川とミラーをカリカチュア化して描く. 松原は日系新聞記者.
  • (3) 『基督の心』第十五輯、1955年、6-14.松原の記事の誤りを正すために書かれたもの. 菅野夫妻の死の前後の事情について詳しく書かれている.
  • (4) Tamotsu Murayama, “An Issei Poet Who Composed in English, ” Pacific Citizen HolidayIssue, Dec.22, 1961.タモッ・ムラヤマはサンフランシスコ出身の帰米二世ジャーナリスト. ミラーを中心とした文学運動がアメリカに貢献したと評価.
  • (5) 『世界周遊紀行1 アメリカ篇』 (角川書店、1962年) 356-362.
  • (6) 『羅府新報』1973年3月1日付. 野本は本名乗元恵三、岩手県出身の僧侶でフレズノ別院輪番を経て現在は『北米毎日』新聞社社長. 『南加文芸』同人、日系作家として数多くのエッセイ集を出版、現在も日本語新聞を中心にコラムニストとして活躍. 衣川の前半生について書かれているが、晩年は不明としている.
  • (7) お茶の水書房. 夫榮太郎の自伝を再編成したもので、ニューヨーク時代の石垣夫妻とガートルードの関係を描く.
  • (8) 篠田左多江「ウォーキン・ミラーの弟子菅野衣川の生涯 (1) 」『英学史研究』第27号 (日本英学史学会、1994年) 151-164.
  • (9) 「桑港通信6月11日」『桜府日報』1915年6月13日付. 『桜府日報』はサクラメントの日刊紙.
  • (10) 1894年宮城県登米郡登米町生まれ、1913年渡米. ロサンゼルス近郊で野菜農園を経営.
  • (11) (1048-1131) Umarとも綴られるが、ここではFitzGeraldの採用したスペルを用いた. ペルシャの詩人であると同時に天文学、数学、医学、科学に造詣が深く、セルジューク朝のスルタン、マリク・シャーの宮廷に登用された.
  • (12) Edward Byles Cowell (1826-1903) イギリス人. オックスフォード大学出身、1867年からケンブリッジ大学教授. 専門はサンスクリット学. イギリスの東洋学の権威. フィッツジェラルドとともにルバイヤートの翻訳に関わり文学史の上からも高く評価された.
  • (13) 1882年、253首の英訳を出版.
  • (14) Justin Huntly McCarthy (1860-1936) アイルランドの政治家を父に、ロンドン生まれ. University Collegeで教育を受けた小説家. 1889年、466首の散文訳を出版.
  • (15) 1867年、フランス語散文に翻訳.
  • (16) 1898年、英語に翻訳.
  • (17) (1809~1883) イギリスBredfield生まれ. Cambridge大学Trinity Collegeに学ぶ. ペルシャ語、ギリシア語などに堪能で、親から受け継いだ莫大な財産の管理をしながら、ルバーイヤートの翻訳に専念した. 彼の業績により、この詩は広く西欧に知られ、19世紀末から20世紀にかけて大流行し、イギリス及びアメリカにOmar Khayyam Clubがっくられるほどであった.
  • (18) 『有明集』 (1908年、易風社) のなかに日本初の翻訳が含まれている.
  • (19) FitzGerald, Edward. Rubaiyat of Omar Khayyam (Collins Ckear-type Press, London, 1947) 156.
  • (20) (1888~1957) 宮城県出身. 1907年に渡米、20年に帰国. 短編小説『三等船客』により初期プロレタリア文学作家として注目された.
  • (21) (1882~1944) 1906年渡米. 1919年日本で禅宗の僧侶となりニューヨークに曹渓庵を開き、英語でアメリカ人に禅を説く.
  • (22) 1875年生まれ、ニューヨーク在住20年の美術研究家.
  • (23) 「共存同人小集」『日米週報』1918年2月23日付.
  • (24) (1894~1961) 中国の京劇女方俳優.
  • (25) 『日米週報』は1921年に『日米時報』と改題.
  • (26) (1866~1915) 本名村山覚次郎、高知県出身. 同志社神学校に学ぶ. 1904年シアトルに渡り、同地およびサンフランシスコで新聞記者として活躍. 夫人はナミエ.
  • (27) (1913~) サンフランシスコ生まれの帰米二世. 長野県松本市で教育を受ける. 著書にButween the Water of the Pacific (私家版、1999) がある.
  • (28) 高島屋における展覧会パンフレット (1936年) .
  • (29) (1867~1962) 山梨県出身. 基督心宗創始者.
  • (30) March 4th, 1937.
  • (31) 衣川から川合信水宛て書簡、1937年8月.
  • (32) Creation Dawn, 28.
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