2004 年 1 巻 1 号 p. 141-146
対象物操作に伴い出現するマイクロスリップは行動の適応性を示す現象として興味深い.先行研究では,マイクロスリップが動作遷移の途上に現れる普遍的な現象であることが示唆されているが,その生起機序についてはいまだ明確ではない.生起機序を検証するための準備として,系列的行動のタスク制約を構成する3つの性質を概観するまた,系列的行動が困難な観念失行患者の事例では,症状が顕著なときはマイクロスリップが生起しないが,行動の達成に伴いマイクロスリップが生起するという臨床的な報告があり,行動系列障害の回復を示す一指標としてマイクロスリップ生起の意味が実証的に位置づけられることが期待される.本稿では, これらの手がかりに基づいて,マイクロスリップがタスク制約を背景とした視覚的な探索と運動制御によって生じる運動成分であると主張し,将来的な実験研究への有用な仮説となることを議論する.