抄録
林床にササが密生する北海道地方では、森林の更新補助作業として、ササおよび表層土壌を除去する「掻き起こし」と言われる施業が頻繁に行われている。表層の有機物層は養分や微生物に富み、土壌溶液中の無機態Nの主要なソースである。筆者らのこれまでの研究で、この有機物層が掻き起こし処理によって除去されていても、土壌溶液中の硝酸態窒素(NO3-N)濃度は対照区と比べて40倍以上も上昇することが示されている。NO3-Nは、植物の生育に重要であるとともに系外に流出すると富栄養化などの問題を引き起こす。そのため、掻き起こし処理区における窒素の生成・消費・流出プロセスを解明することは、森林の更新だけでなく地球環境の保全のためにも必要である。処理区土壌におけるNO3-N濃度の上昇は、土壌の正味硝化速度増加がその一因であることもこれまでに明らかとなっているが、処理が土壌の窒素無機化特性にどのような影響を及ぼしたのか、詳細は明らかとなっていない。そこで本報告では、有機物層の除去が土壌微生物への養分不足など処理区土壌の窒素無機化特性に影響を及ぼしているかどうか、また処理による窒素循環過程の変化は年数が経過するとどのようになるのかを明らかにするため、CおよびN基質付加による窒素無機化速度の変化を調査した。 北海道北部に位置する北海道大学北方生物圏フィールド科学センター雨龍地方研究林内に、掻き起こし処理施行年の異なる(1994年から2000年の間に毎年施行)7つのプロットを設置した。各プロットに隣接する未撹乱区域にはそれぞれ対照区を設置した。土壌は酸性褐色森林土である。7つのプロット中、掻き起こし処理後1年および5年が経過した2つのプロットから土壌を採取した。採取した土壌深度は、掻き起こし処理区は0-15cm、対照区は0-15cmおよび15-30cmである。実験室において新鮮土約20gをガラス瓶に採取し、基質として溶液でグルコースを1.2mgC付加(C)、硫酸アンモニウムを0.1mgN付加(N)、CとNを両方付加(C+N)、および無処理の4処理を施し25℃で2週間培養した。培養前後の土壌中のNO3-NとNH4-Nを、KCl溶液で浸透抽出し、濃度を比色定量した。培養前後の差を正味窒素硝化およびアンモニア化速度とした。調査期間は2002年8-9月、窒素無機化特性の各処理は5反復ずつで分析を行った。 C付加によって処理区土壌の正味硝化速度は減少していた。対照区の変化量はわずかだった。これはC基質が供給されることによって微生物による無機態Nの有機化が促進されたことを示していると考えられる。つまり、掻き起こし処理に伴う有機物層の除去は土壌へのC供給を減少させ、そのため微生物が無機態Nを有機化するのに十分な量のCが土壌中に存在しなくなることを表している。このことが処理区土壌の正味硝化速度増加とそれにつながるNO3-N濃度上昇の一因となったと考えられる。 N付加およびC+N付加処理によって、処理区土壌の正味硝化速度は増加し、正味アンモニア化速度は減少していた。対照区では正味硝化およびアンモニア化速度がどちらも増加していたが、硝化速度の増加量はわずかだった。対照区の基質を付加しない土壌では、正味アンモニア化速度と正味硝化速度の平均値はそれぞれ17.15 mgN/kg/2 weeks、10.28 mgN/kg/2weeksだった。このことは土壌微生物の硝化活性が処理区の、特に1年目の土壌で高く、対照区では低いことを示している。また対照区土壌はNH4-Nが十分に存在しても硝化されない状態であることから、有機物層から供給されるH+による硝化菌生育の制限や有機酸による硝化抑制などが起こっていると考えられる。掻き起こし処理によってこれらの硝化制限因子が取り除かれ、硝化活性が高まったと推測される。 土壌の窒素無機化速度は、1年目に比べ5年目の土壌の方が硝化活性が低くなる傾向がみられたが、対照区のように硝化が抑制されてはいなかった。掻き起こし処理によって硝化型へと変化した土壌の窒素無機化特性は処理後5年が経過してもその性質を保持しており、森林の土壌窒素動態において掻き起こし処理の影響が長期間持続することが示された。