日本林学会大会発表データベース
第115回 日本林学会大会
セッションID: L09
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T6 森林の分子生態学
ウダイカンバの分布と遺伝的多様性の関係
*津田 吉晃井出 雄二
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抄録
ウダイカンバ(Betula maximowicziana)は長命な先駆樹種であるため、極相優占種となることから(渡邊,1989)、本種は冷温帯の森林生態系の持続性および健全性に重要な役割をもつと考えられる。また、本種は有用な天然資源であるためその天然林は伐採の対象となっている。更に最近問題となっている広葉樹造林における産地を考慮しない種苗の流通の兆が本種でもみられ、遺伝子の撹乱が危惧される。これらのことから自然に近い状態での本種の遺伝的多様性の把握は今後不可能になる可能性が高い。一方、ウダイカンバは人為的撹乱によっても更新する(大住,2003,長谷川・平,2000)。多雪地のスギ不成績造林地では、ウダイカンバのような侵入広葉樹は公益的機能の回復だけでなく資源として重要な役割を果たすと考えられる(長谷川・平,2000)。このような場面においても、健全な更新のためにはその母集団の遺伝的多様性の維持が必要不可欠である。そこで本研究では、両性遺伝する核DNAのSSRマーカーおよび母性遺伝する葉緑体DNAのPCR_-_RFLPマーカーを用いて、ウダイカンバが各地域で維持している遺伝的多様性およびその地理的な関係を把握することを目的とした。2、材料および方法SSRマーカーの分析には、ウダイカンバの分布域を広く網羅するよう岐阜県以東の23集団から各24_-_71個体のサンプルを採取した。DNAはDNeasy Plant Mini Kit(Qiagen)を用いて枝の形成層から抽出した。用いたプライマーセットは、ウダイカンバで開発された7個(Ogyu et al,2003)およびシラカンバで開発された4個(Wu et al.,2002)の11個である。集団内の遺伝的多様性を示す統計量にはヘテロ接合度の観察値(HO)および期待値(HE)、近交係数(FIS)、Allelic richnessを算出した。集団間の遺伝的変異の統計量としては、集団間の遺伝的分化程度を示すFST (Weir and Cockerham, 1984)を算出した。またNeiの標準遺伝距離D(1972)を用いてデンドログラムを作成した。葉緑体DNAのPCR_-_RFLPマーカーの分析には、Palmē et al.(2003, 2004)によりヨーロッパのBetulaで遺伝的変異の検出が報告され、ウダイカンバでも遺伝的変異が検出できることを確認したユニバーサルプライマーペアCDおよびAS (Demesure et al.,1995)と制限酵素TaqIおよびHinfIの組合せ、CD-TaqI、CD-HinfIおよびAS-TaqIを用いた。供試個体は1集団あたりランダムに選んだ16個体とした。集団間の遺伝的変異の統計量としてハプロタイプ頻度からFSTを算出した。3、結果および考察集団内の遺伝的多様性は集団間で大きな違いはみられなかったが、北海道の集団のAllelic richnessは、本州集団のそれに比べて低い傾向があったことから、北海道集団は分布変遷の際にボトルネック効果を受けたと考えられる。全ての遺伝子座においてFISの0からの偏りは有意でなかったことから、ウダイカンバ集団は任意交配集団とみなせた。FSTは0.062であり、ウダイカンバの核DNAからみた集団の遺伝的分化程度は比較的低いことが示唆された。Neiの標準遺伝距離Dによるデンドログラムは、福島県葛尾集団を境にその南北で大きく2つのクレードを形成した。PCR-RFLPマーカーによる分析からは3つのハプロタイプを得た。すなわち宮城県鳴子集団以南の集団がもつハプロタイプA、それより北方の集団がもつハプロタイプB、および鳴子集団の1個体でのみ検出された稀なハプロタイプCである。岩手県岩泉集団ではハプロタイプA(1個体)およびB(15個体)がともに検出された。それ以外の集団では集団内変異は検出されなかった。FSTは0.979であり、核SSRマーカーで得られたそれに比べ、ウダイカンバ集団は葉緑体DNAレベルでは非常に分化していることがわかった。これについては最終氷河期以降、東北地方中部以南と東北地方北部_から_北海道では、それぞれ全く異なる創始者集団が分布拡大したことによると考えられる。またウダイカンバの南方型と北方型の堺が、核SSRマーカーと葉緑体PCR_-_RFLPマーカーで異なることについては、ウダイカンバは風媒樹種であることから最終氷期以降に東北地方中部周辺において南方型集団と北方型集団間で、種子による遺伝子流動はないが、花粉による遺伝子流動は行なわれていたことが考えられる。このように本研究では、核SSRマーカーおよび葉緑体PCR_-_RFLPマーカーにより、ウダイカンバの遺伝的多様性とその地理的関係について多角的に情報を得ることができた。また特に葉緑体DNAでは、集団間の遺伝的分化度が非常に高いことから、種苗の流通には十分な注意が必要なことも実証された。
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© 2004 日本林学会
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