日本林学会大会発表データベース
第115回 日本林学会大会
セッションID: L12
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T6 森林の分子生態学
花粉流動と種子散布によるトチノキ個体群の遺伝子流動
*齋藤 大輔井鷺 裕司川口 英之館野 隆之輔中越 信和
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抄録
渓畔林を構成するトチノキは虫媒・重力散布の高木種である.多数の雄花と少数の両性花からなる花序をつけ,送粉者としてマルハナバチが知られている.重力散布種の中でも極めて大きな種子は,地表に落下した後,小動物によって二次散布される.しかしその散布は種子サイズが極めて大きい事による制限を受ける.したがって,トチノキ個体群において送粉と種子散布による遺伝子流動のパターンは異なると予想される.本研究ではマイクロサテライトマーカーを用いて,トチノキ個体群における送粉と種子散布による遺伝子流動のパターンを解析し,トチノキ個体群の維持機構について考察する.調査地は複数の谷が分岐する京都大学芦生研究林上谷上流域(110ha)とした.調査地内の胸高直径 20cm以上の全277個体を親候補として、当年生実生164個体、胸高直径20cm未満の稚樹221個体を対象に親子解析を行った.実生については葉と地中に残っていた種子から採取した種皮を用いて親子解析を行った.種皮は種子親由来の組織であるため,種皮の遺伝子型を決定することで,実生の種子親を特定することができ,従来の親子解析ではわからなかった種子散布距離を明らかにした.実生や稚樹の親個体の特性と生活史段階の影響を検討するため,親子解析の結果から親個体の胸高直径,花粉散布距離,両親間血縁度を求め,実生親,稚樹親,胸高直径20cm以上の全個体で比較するとともに,各谷毎に実生集団と稚樹集団の血縁度を比較した.当年生実生の親子解析の結果,実生の種子親は同じ谷内に限定されていたが,花粉散布は尾根を越えるものが確認された.これは、トチノキの花粉と種子の散布特性の違いを強く反映した結果である.稚樹の親子解析の結果,両親間の距離から推定した稚樹の花粉散布距離は,実生の花粉散布距離よりも有意に大きかった.実生や稚樹の親個体の胸高直径は,大きなサイズクラスに偏っていた.これは大きな個体ほど,繁殖に投資する資源量が多くなり,適応度が高まるためと考えられる. 実生から稚樹へと生活史段階が進むにつれて血縁度が低くなる傾向が見られたことから,トチノキでは生活史を通じた近交弱勢があると示唆される.また,生活史段階が進むにつれて,実生および稚樹の両親間の血縁度が低下する傾向や,花粉散布距離が長くなる傾向がみられた.本調査地のトチノキ個体群では,遺伝構造が発達することが報告されており(齋藤ら 2003),これらの傾向は,近交弱勢によって血縁度の低いより遠くの個体間で交配してできた実生が生残したために生じたと考えられる.以上からトチノキ個体群の遺伝子流動は,花粉と種子の散布特性を強く反映し,生活史を通して,個体群の遺伝構造と近交弱勢の影響を受けると考えられる.
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© 2004 日本林学会
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