抄録
これまでの研究ではマイクロサテライトを用いた父性解析により、4 haプロット内のウラジロガシ成木の1年間の交配について解析したが、その結果、全花粉流動の内54%がプロット外からによるものであり、半分以上の交配について解析できなかった。それらの交配について明らかにするにはさらに大面積における解析が必要である。また交配特性は年毎の開花、気象等に影響されると考えられるため、年毎の交配特性の変動を知るには複数年の種子の解析が必要である。本研究では、ウラジロガシの花粉流動を大面積でかつ複数年に渡って追跡し、照葉樹老齢林におけるウラジロガシの交配特性を、より詳しく明らかにすることを目的とした。 調査地は長崎県対馬下島の龍良山(558.5 m)のふもとに位置し、そこには約100 haの照葉樹林が原生状態を保たれている。1990年に龍良山の北向きの斜面に設置された4 haプロットを本研究の調査地とした。1999年10月に4 haプロット内に生存していたウラジロガシの全成木45個体の新葉を採取した。また1999年_から_2003年にかけて4haプロット内の数本の成木の樹冠下において種子を採取した。5組のプライマーを用いて、得られた種子と種子親、その他の成木の遺伝子型を基に父性解析を行なった。この結果から、プロット外からの花粉流動の割合、プロット内の花粉散布距離、また種子親からの相対位置、血縁度等が成木の父性繁殖成功度に与える影響を解析した。本学術講演集原稿では現時点での父性解析の結果とその考察を述べる。父性解析の結果、花粉による遺伝子流動のうち54 %がプロット外からの花粉によるものであった。またプロット内における交配距離の平均は64.9 mであった。これらの結果から他のコナラ亜属における結果と同様に、照葉樹老齢林におけるウラジロガシにおいても高頻度の長距離花粉散布が効果的に起きていると考えられた。プロット内で起きた交配を種子親毎に解析した結果、種子親1023と1390における交配距離の平均はランダムな種子親と成木との距離の平均より有意に小さく(無作為化検定、P < 0.005)、交配距離と交配頻度の間には有意な負の相関があった(スピアマンの順位相関を検定、P < 0.05, P < 0.01)。これら2個体の種子親に対しては、種子親からの距離が近いほど成木の父性繁殖成功度が大きくなることが明らかになった。しかし種子親2548の交配距離の平均は、その種子親とランダムな成木との距離の平均より有意に大きく(P < 0.01)、交配距離と交配頻度の間には有意な正の相関があった(P < 0.05)。さらに2548のプロット内における交配距離の平均は最大(96.3 m)であり、またこの種子親は4 haプロットのほぼ中央に位置するにも関わらず、プロット外からの花粉流動の割合が最大であった。2548は選択的機構や開花フェノロジーの影響を受け、より遠くの花粉を受け取っている可能性が考えられる。1023、1390において交配方位の分布は成木からそれらの種子親への方位(潜在的方位)の分布から有意にずれていた(Kolmogrov-Smirnov test、P < 0.05, P < 0.05)。これらの結果は風媒の特徴を反映しており、風向きが父性繁殖成功度に強く影響していると考えられる。種子親1845は受け取る花粉プールの遺伝的組成が他の3種子親と有意に異なっていた(AMOVA、P < 0.05)。1845はある1個体の成木と高頻度(59.1%)に交配しており、この偏った交配がその遺伝的組成の違いを生み出していた。これらのことから1845とその1個体の成木の開花フェノロジーがよく同調していたことが原因の一つと考えられる。以上のようにマイクロサテライトを用いた父性解析により種子親毎に異なる花粉流動を検出することができた。また花粉流動は風向き、開花フェノロジー等の物理的、生物的要因に強く影響を受けていると考えられた。 これまでの研究では1年分の交配についてのみしか解析されていない。しかしコナラ属では年毎に開花フェノロジーや種子生産が変動することが知られている。それらの影響も考慮するには複数年における種子の解析が必要である。2000年の4 haプロットにおける花粉流動を、2個体の種子親について父性解析を行なった。交配距離等のいくつかの交配特性がいずれも1999年における結果と異なっていた。これは、年毎の花粉流動の変動と限られたサンプル数によるばらつきが原因として考えられる。これまでの研究ではプロット外からの半分以上の花粉流動について解析できなかった。より長距離の花粉流動を明らかにする為にはより大面積における解析が必要である。現在、さらに複数年の種子についてさらに多くの種子親を用い、また解析対象範囲を9 haに広げて解析中である。