マツ材線虫病の病原体であるマツノザイセンチュウが北米から日本に侵入して100年以上が経つ。日本は本病の発生の歴史が古い唯一の場所であり、そのような状況に生息するマツノザイセンチュウの遺伝的多様性については世界的に関心が高いが、それらに関する情報は少ない。本報告では、日本各地のマツノザイセンチュウの培養株230株(アイソレイト)について、2遺伝子座(ミトコンドリアCOIと核リボゾームITS)の塩基配列を決定した。COIでは12ハプロタイプが存在し、そのうちの2タイプが優占したが、両タイプとも日本全国に広く分布した。ITSでは6ハプロタイプが認められ、そのうちの2タイプが優占した。COIとITSのハプロタイプの対応は必ずしも一致しなかった。ヨーロッパの株の大部分は日本で優占しているものと同じハプロタイプであった。また、北米の株との比較結果より、COIとITSの各ハプロタイプの祖先はそれぞれ北米の別の地域から侵入したと考えられたが、侵入後に国内で分布域を拡大するにともない、各ハプロタイプ間での交配が起きたことが想定された。以上の結果は、マツノザイセンチュウの日本への複数回の侵入を強く示唆するものである。