2009 年 2009 巻 21 号 p. 21_1-21_14
近年注目されている説によれば、飛鳥の須彌山石は、夷狄が当時の日本の朝廷に対して行う服属儀礼のための装置であったらしいとされる。そして、その儀礼は帝釋天や四天王に関連する神聖なあるいは呪術的なものであったらしいとされる。さらには、『倶舍論』にもとづきつつ、須彌山石と東大寺大仏蓮弁の須彌山図とには共通点が見られるので、須彌山石は意匠的にも須彌山を象徴したものであろうとされる。しかしながら、『日本書紀』や『倶舍論』などの内容を確認してみると、以上のように解釈することは適切ではなさそうである。須彌山石は、文化力誇示のための装置と見るほうがよいであろう。また、その意匠についても、さらに検討が必要であろう。