地学雑誌
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論説
パリ外国宣教会のルイ・フュレ神父
—彼の生涯と沖縄における科学的観測(1855-1862年)—
Patrick BEILLEVAIRE
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2018 年 127 巻 4 号 p. 483-501

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抄録

 1850年代の後半,パリ外国宣教会によって派遣されたフランス人宣教師,ルイ・フュレ(1816-1900年)は,琉球王国の本島・沖縄で最初の長期にわたる科学的な気象観測の実施を請け負った。フランス海軍兵站部から借り受けた測器を使って,彼は最近標準化された方式に基づいて,1日5回の観測データを収集した。これらのデータは,すべてフランス気象学協会創始者(1852年創設)のシャルル・サント–クレア・ドヴィルに送られた。ベルギー王立気象研究所の気象史研究者Gaston Demaréeと筆者は,最近になって,フュレの気象観測記録を発見したが,それらは,フランス気象学協会の後継者となったメテオ・フランス,つまり「フランス国立気象サービス」の公文書に含まれており,観測原簿と書簡類からなっている。

 本稿は,データ分析そのものには関与しないが(本号のDemarée et al., 2018を参照),フュレによって使われた各種の表(日別,月別,年別)に記録された数値と欄外の情報については綿密に調査している。本稿はまた,フュレの生涯と受けた科学教育について述べることを目指すが,それは彼が多くの宣教師たちのなかで選りすぐられ,観測を行ったという社会的状況とも関連している。フュレの沖縄における研究の関心は,科学に対して過度に傾倒しすぎているという上司からの批判を生んだとはいえ,実際のところ,気象学に限定されていたというにはほど遠かった。それらは,自然科学から住民の生活ぶりの記載にまで及んでいた。沖縄での6年間の滞在中に,フュレは数々の重要な科学研究所や学協会と書簡の交流を行っていた。彼は,地質学や化石学(彼の業績はその分野のパイオニアとして認められていた)および沖縄の天然資源を扱い,そして同様に沖縄の文化・歴史・言語を扱う各種学術雑誌に10編ほどの論文を刊行した。

 また本稿では,台風や熱帯低気圧に関して,1844年5月(最初の宣教師上陸)から1862年10月(数十年にわたる宣教師在住に終止符を打ったフュレの離日)の期間中に宣教師らによって記載された事項についても論述した。

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