35 巻 (1971) 3 号 p. 17-24
この研究は史跡環境の整備に関してその生活の場に対する間接の貢献、特に文献の乏しい日本民族の古代を知る上での重要な問題として漢倭奴国王の金印をはじめ大古墳に至る遺物遺構の存在等、に注目し、その方向を模索する研究の一端である。
この小論の内容は平城宮跡を対象にその周辺居住者利用者の合計1,800名弱の質問調査を試みた結果から史跡環境整備への示唆を求めたもので、特に各対象の意識に注目すると以下の通りである。
宮跡約100ha(現在さらに20haを買収中)の将来像、導入施設の提案に関して、居住者では史跡公園化がほぼ3/4を占めるがその半数は遊戯や休養の利用施設導入をその前提とし、その階層別特性としては社会的な接触の多い中年層で学歴の高い場合ほど一上述の意識が高く、宮跡を純粋の史跡保護地に近く考える。
これに対して利用者の場合は3/4を上廻る史跡公園化の主張があるが、創用施設導入の意見はその3/4に達して利用便益施設の導入など居住者のそれを上廻り、階層別には遠隔地からの中年層で学歴の高い場合ほど純粋な史跡保護を提案する。
いずれにせよ、この居住者、利用者の過半数が刷用施設の導入を肯定している事実は、利用と保護の両立共存がなければ保護は成立し難い危険性を示唆するといえよう。
終りになお問題はこの8世紀の古京平城からさかのぼって、7世紀の藤原飛鳥にせよ、さらに5世紀に前後する畿内ほかの古代の文化中心にせよ、またそれ以外の出雲や吉備、古くは紀元前後に当る九州の文化遺跡にせよ、それぞれに共通して考慮さるべきことが主張される。