日本金属学会誌
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論文
ナノ秒パルスレーザによるジルコニアインプラントへの生体適合性付与:微細溝の創成および熱影響の検討
原井 智広廣田 正嗣早川 徹嶋田 慶太水谷 正義厨川 常元
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2019 年 83 巻 2 号 p. 37-45

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Abstract

The purposes of this study were to evaluate the microstructures and chemical composition changes of the surface of tetragonal zirconia polycrystal (TZP) after irradiation of nanosecond pulsed laser and to consider the effects for biocompatibility. Two types of zirconia ceramics, yttria-stabilized TZP (Y-TZP) and ceria-stabilized TZP/alumina nanocomposite (Ce-TZP), were irradiated. To evaluate microstructures, the irradiated samples were observed with a scanning electron microscope (SEM). Laser irradiation blackened the surface of Ce-TZP; contrastingly, it gave no color change on that of Y-TZP. To identify the chemical composition changes, the samples were characterized using X-ray diffraction (XRD), energy dispersive X-ray spectrometry (EDX) and X-ray photoelectron spectroscopy (XPS). To examine the changes in the surface chargeability of zirconia, zeta potential was determined. SEM images showed microgrooves, whose widths were the same as that of laser spot (30 μm), were formed on the surfaces of both samples, and the surfaces of the grooves were roughened by coagulation materials of a few micrometers in size. Such cell-sized grooves with rough surfaces are considered a favorable environment to help osteoblast cells to grow. XRD patterns showed that laser irradiation induced monoclinic-to-tetragonal phase transform. Because the monoclinic phase was induced by machining or polishing, this result means laser irradiation returned the crystal phase to the bulk state. However, XRD patterns did not reveal the reason of the color change. EDX result showed oxygen atoms decreased on the irradiated surface of both samples. In addition, XPS spectra of Zr3d from Ce-TZP showed a part of Zr4+ shifted to lower side after irradiation. Considering these points, the color change was caused by the generation of oxygen-deficient zirconia. After laser irradiation, zeta potential of Ce-TZP was decreased. This result suggests the possibility that the amount of deposition of ions and proteins in body liquid is decreased. It is concluded that the grooves to improve biocompatibility can be formed on TZP surfaces by nanosecond pulsed laser, but adverse chemical composition change can be occurred by deficiency of oxygen. Additional process may be needed to prevent the phenomenon.

1. 緒言

超高齢社会を迎えた日本において,QOL向上のため歯科におけるインプラント治療は今後需要が拡大することが予想されており,現実に歯科用インプラント材料の生産・輸入数は年々増加している1).歯科用インプラント(以下,インプラントと称す)において骨との直接的な結合は重要な性質である.インプラントと顎骨が新生骨の形成によって緊密な接合状態を得るには,インプラント埋入手術後数カ月を要する.この期間が長期に及ぶと患者の負担が増すばかりか,感染による骨吸収(インプラント周囲炎)のリスクが大きくなり,インプラント脱落に繋がりかねない.そのため従来は骨と高い親和性を有するチタンあるいはチタン合金がインプラントのフィクスチャー材料として適用されてきた2,3).しかしながら,チタン材料は金属アレルギーを惹起する可能性がある点やセラミックス製の歯冠修復物と歯肉との間から金属色が露見し美観を損なう点が問題視されている4,5).そこで近年,金属アレルギーを惹起せず,白色で審美的であるセラミックス材料,中でも,とくに高い強度と靭性を有するジルコニア製インプラントへの注目が高まっている6).その中で,ジルコニア表面の新生骨形成を促進するために,生体活性を高める表面改質法が検討されている7)

ジルコニアの表面改質法は形状変化または化学的組成変化を付与する手法に大別できる.サンドブラスト処理は形状を変化させる代表的手法であり,アルミナや酸化チタンなどの粉末を表面に吹き付けて粗化する8).表面粗化による表面積の増大は,細胞が初期接着段階で材料表面に拡散し細胞の分化・増殖することに寄与する9,10).Yamashitaらはブラスト処理によりジルコニア表面に良好な初期細胞接着を得られたと報告している11).しかしながら,ブラスト後に表面に残存した粉体は少量であっても表面特性を変化させ,生体適合性に悪影響を及ぼす可能性がある12)

化学的組成変化を付与する表面改質法としては,アパタイトコーティングが挙げられる.骨の主成分であるハイドロキシアパタイトに代表されるリン酸カルシウムをコーティングすることにより,骨の無機質成分の成長を助長し,さらに局所的なCaイオン濃度を高くすることで骨芽細胞を活性化し,骨形成を促進させる13).Sasaki,Hirotaらはジルコニア表面にアパタイトを析出させ,骨芽細胞様細胞を培養したところ,良好な増殖を確認している14,15).この手法はジルコニア表面の生体適合性を向上させる点では有用であるが,工程が複雑で仕上がりを制御することが困難であることに加え,特別な設備や材料,試薬の調整が必要となる.

インプラント材料として用いられる正方晶部分安定化ジルコニア(Tetragonal Zirconia Polycrystal,以下TZPと称す)は応力が負荷されると室温で準安定な正方晶から単斜晶に結晶相変態を生じる.この特性は応力誘起相変態機構と呼ばれ,変態に伴い結晶相の体積が4%程度増加するため,き裂先端への圧縮応力によりその進展の抑制に寄与している6).しかしながら,この強化機構はき裂先端という局所的な領域にのみ有効であり,過度な応力負荷は単斜晶への相変態を助長するため,体積変化に伴うクラックの発生や強度低下の原因となる16).そのため,機械的接触を伴う手法を施すことは不適切とされている.

本研究では,TZP製インプラントに対し,骨との適合性を付与する手法としてナノ秒パルスレーザ照射に注目した.ナノ秒パルスレーザ照射では,局所加熱による材料除去により難削材に対して非接触で精密微細加工が可能であり,加えて照射部周辺に数マイクロメートル程度の熱影響層を付与できる改質法である.著者らは,チタンに対して本手法を適用することにより,微細な凹凸形状と溶融物による粗面の創成,および熱反応による酸化膜生成に起因した生体適合性の向上に成功している17,18).この表面改質は,骨芽細胞の骨形成を活性化させる形状,およびハイドロキシアパタイト析出を向上させる組成を付与し,相乗的な親和性向上を目的に行ったものである8)

本研究においては,新規インプラント材料として注目されているジルコニアに対してもこれらと同様な効果の獲得を目的としている.しかしながら,金属であるチタンとセラミックスであるジルコニアとは物性が大きく異なるため,レーザ照射がジルコニア基材に与える影響は明らかになっていない.そこで,本研究ではナノ秒パルスレーザをジルコニア基材表面に照射し,その改質効果を明らかにするとともに生体適合性の向上を試みた.本報では,含有物の異なる2種類のTZPに対しナノ秒パルスレーザ照射を行い,表面形状および表面組成の変化を確認するとともに,本手法の有用性について検討および考察を行った.

2. 実験方法

2.1 レーザ照射による形状創成

供試材はイットリア添加部分安定型正方晶ジルコニア多結晶体(東ソー社製,TZ-3YB-E,Y2O3 3 mol%含有,以下Y-TZPと称す)および,セリア添加部分安定型正方晶ジルコニア/アルミナナノ複合多結晶体(パナソニックヘルスケア社製,NANOZR,CeO2 10 mol%およびAl2O3 30 vol%含有,以下Ce-TZPと称す)を用いた.同材を2 mm × 3 mm,厚さ1 mmの平板状に機械加工し,一端面に対し流水しながら耐水研磨紙(#1200)を用いて算術平均粗さRa < 0.05 μmとなるように仕上げた.

レーザ照射にはNd: YAGナノ秒パルスレーザ(NEW WAVE RESEARCH社製,Quicklaze-50 trilite)を用いた.本装置のレーザ照射スポットはFig. 1に示すような矩形に整形されており,スポットサイズの調整は光軸の絞りにより行うためスポット内のエネルギ密度はほぼ均一となる.レーザ照射は試料研磨面上に対し垂直に行った.Table 1にレーザ照射条件を示す.骨形成は骨芽細胞が分泌するコラーゲン線維にアパタイトが沈着することで生じる19).基材表面に溝形状を創成することで,骨芽細胞およびコラーゲン線維が溝に沿って伸長し良好な骨形成を得られる20,21).Fukayoらはナノ秒パルスレーザによりチタン製インプラント表面に骨芽細胞とおおよそ同じ大きさの幅30 μm程度の溝を創成し,ウサギ大腿骨に12週埋入したところ緊密な骨形成を得たと報告している18).そこでレーザ照射スポットは,骨芽細胞の接着および増殖に寄与されることを目的に幅30 μmとし,Fig. 2のような経路で走査させた.レーザ照射後の溝形状は,形状観察と表面粗さ測定により評価を行った.照射面およびその断面の観察は走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて行った.なお断面観察は,試料をレーザ走査方向と垂直に切断した後,切断面を耐水研磨紙で#1200まで研磨した面に対して行った.また溶融物による粗面の形成を確認するため,レーザ顕微鏡(KEYENCE社製,VK-X1000)による表面粗さの測定を行った.表面粗さパラメータとしてはRaを適用し,レーザ照射により形成した溝内部の底面に対してTable 2に示す条件にて測定を行った.

Fig. 1

Diagram of laser spot.

Table 1

Laser irradiation conditions.

Fig. 2

Laser scanning pass.

Table 2

Roughness measurement conditions.

2.2 結晶構造による組成変化

結晶構造の変化による影響を調査するため,レーザ照射後のY-TZPおよびCe-TZP表面に対しX線回析(XRD)を行った.X線回析計(リガク社製,SmartLab3G)において,測定法は2θ/θスキャン法,線源はCuKα線を使用し,管電圧は5 kV,電流200 mAとし,サンプリング幅0.02°の条件で測定を行った.以下,対照群はレーザ照射前のY-TZPおよびCe-TZPとする.

2.3 構成元素による組成変化

構成元素を調査するため,レーザ照射前後のY-TZPおよびCe-TZPに対しエネルギ分散型X線分光(EDX)を行った.以下,統計学的検定法にはt検定を行い,有意差を確認した.EDXはレーザ照射により形成した溝の凸部上面と溝底面それぞれについて,Fig. 3に示すような領域に対し測定を行った.また,構成元素の化学結合状態を確認するため,Ce-TZPに対してX線光電子分光法(XPS)を行った.XPS分光計(Thermo Fisher Scientific社製,ThetaProbe)において,線源は単色化AlKα線を使用し,管電圧15 kV,電力45 Wの条件で測定した.なお,測定前には試料表面を10 sエッチングし不純物を除去した.帯電効果は表面吸着のC1sスペクトル(285 eV)を用いて補正した.

Fig. 3

The region for measurement of EDX.

2.4 レーザ照射後の表面帯電性評価

レーザ照射が生体適合性に与える影響を検討するにあたり,1指標としてゼータ電位に着目した.そのため,レーザドップラ法によるゼータ電位測定システム(大塚電子社製,ELSZ-2000)を用いてCe-TZP表面のゼータ電位を測定し,表面帯電性を評価した.測定条件をTable 3に示す.

Table 3

Conditions for measurement of zeta potential.

3. 結果および考察

3.1 レーザ照射による形状創成

レーザ照射後のY-TZPおよびCe-TZPのSEM像をFig. 4に示す.図中の(a)-(d)より,両試料の照射面にレーザ照射スポット幅30 µmと同程度の溝の創成が確認できる.このことから,ジルコニア基材に対してナノ秒パルスレーザの照射スポット幅を変化させることより任意幅の溝形状が創成可能であることがわかった.また,溝内部に溶融凝着物による粗面が形成されていることが確認され,その外観性状はFig. 4(e)および(f)に示すように,Y-TZPよりCe-TZPの方が凝着物の粒径が大きいことが確認できる.Hayakawaらは,TZPは安定剤の添加物が多いほど結晶粒径が大きくなり,とくにセリア添加型TZPは結晶成長が大きいことを報告している22).供試材の安定剤添加量についてはY-TZPは3 mol%(Y2O3),Ce-TZPは10 mol%(CeO2)であるため,知見に相違ない結果が得られている.

Fig. 4

SEM images. (a) Irradiated surface of Y-TZP; (b) Irradiated surface of Ce-TZP; (c) The cross-sectional face of Y-TZP; (d) The cross-sectional face of Ce-TZP; (e) High magnification image of Y-TZP; (f) High magnification image of Ce-TZP.

一方,各試料における溝底面の粗さ,および比較としてYamashitaらの同材に対し炭化ケイ素粒(粒径125 μm)によるサンドブラスト処理面の算術平均粗さ11)Table 4に共に示す.Yamashitaらはサンドブラスト処理面においてマウス頭蓋冠由来骨芽細胞(MC3T3-E1)を24 h培養したところ,研磨面に比べ有意に良好な初期細胞接着を示したと報告している11).このことは,サンドブラスト処理により表面粗さが増加し,細胞の拡散に寄与したことが原因であると考えられている10).同表より,レーザ照射により創成した溝内部の底面はサンドブラスト処理面より粗いことが確認できる.ゆえに,この溝底面においても粗面が細胞の拡散に寄与し,良好な細胞接着が得られると考えられる.

Table 4

Surface roughness values of irradiated Y-TZP and Ce-TZP (Ra ± Standard deviation).

溝内部の凝着層は溶融過程を経ているため,結晶性や組成が焼結体である母材と異なることが推測され,母材との間に異種界面を形成し,界面割れによる層剥離が生じる可能性がある.そこでY-TZPに対して引掻試験を行い,母材-凝着層の境界近傍をSEMで観察することにより界面の存在を確認した.なお本試験は,Table 1のレーザ照射条件においてレーザ照射スポットサイズを60 μm × 60 μmに変更し,粗面のみを有する試験片に対して行った.Table 5に引掻条件を示す.なお,引掻方向はレーザ走査方向と平行に行った.

Table 5

Scratch conditions.

観察結果をFig. 5に示す.同図より,母材-凝着層の境界近傍において凝着層の剥離は確認されなかった.次に,Y-TZPの研磨面(#1200)に対して破壊が生じるまで引掻試験を行った(荷重800 g,往復時間60 s).Y-TZPの研磨面に対する引掻痕のSEM像をFig. 6に示す.Fig. 5Fig. 6を比較しても,引掻前の粗さにより荷重に差異は生じたが,破壊の様子に変化は確認されなかった.また,Y-TZPのレーザ照射面と研磨面における,引掻試験時の摩擦係数の変化をFig. 7に示す.Y-TZPの研磨面については,試験開始から摩擦係数が増加し,試験時間10 s以内に定常値を示した.なお,その後摩擦係数の変化が確認されなかったため,Fig. 7において30 s以降は省略する.研磨面と比較し,レーザ照射面における摩擦係数は上下する.このことは,レーザ照射面が粗いため,圧子から負荷を受け瞬時に破壊が生じたこと,および凝着物による凹凸のため圧子と一定の接触状態を得られず,摩擦力が変化したことが原因であると考えられる.しかし,両者において破壊挙動としての変化は確認されなかった.これらから母材-凝着層間は混合しており,容易に剥離が生じないことが示唆される.Ce-TZPの母材-凝着層間についても,レーザ照射による溶融凝着という点で界面状態は類似しているため,界面は存在しないと考えられる.

Fig. 5

SEM images of scratch mark. (a) Irradiated Y-TZP; (b) High magnification of (a).

Fig. 6

SEM images of scratch mark of polished Y-TZP.

Fig. 7

Friction coefficient of irradiated and polished Y-TZP.

3.2 結晶構造による組成変化

レーザ照射後Ce-TZPの照射面は表層のみ黒く変色した.一方,Y-TZPには変色が確認されなかった.これらのマクロ観察結果をFig. 8に示す.この黒化の原因はレーザを照射した際に生じた熱影響による組成変化であり,試料含有物の違いにより熱影響の様子に差が生じたことが示唆される.この原因について調べるため,まずはXRDによる結晶構造解析を行った.その結果をFig. 9に示す.Fig. 9より,Y-TZPおよびCe-TZPには主に正方晶ジルコニアのピークが確認でき,照射前に見られた単斜晶ジルコニアのピークはレーザ照射後に消失した.またCe-TZPにはレーザ照射前後を通してアルミナのピークが確認できた.

Fig. 8

Photographs of irradiated and heated samples. (a) Y-TZP; (b) Ce-TZP.

Fig. 9

XRD patterns of TZP surfaces. (a) Y-TZP; (b) Ce-TZP.

正方晶部分安定化ジルコニアは,応力負荷を受けると応力誘起相変態により一部が単斜晶に変態する.そのため,両試料のレーザ照射前に単斜晶ジルコニアのピークが現れたのは,試料の機械加工や研磨時に変態した単斜晶ジルコニアが加工変質層として残存したことが原因であると考えられる.単斜晶ジルコニアがレーザ照射後に消失する現象はTezukaらが同様に報告をしている23).純粋なジルコニアは2370℃で正方晶から立方晶に変態し,2700℃で溶融体になることが知られている6).レーザ照射部においてジルコニアの溶融が生じていることから,その近傍の熱影響域では単斜晶および正方晶のジルコニアが立方晶に相変態すると考えられる.立方晶ジルコニアは急冷され,再び母材と同様の正方晶で安定するため,単斜晶ジルコニアが消失したと考えられる23).また,複合化によりCe-TZPのジルコニア結晶粒内にはアルミナ結晶が析出されているためアルミナのピークが現れた.Fig. 9(b)において,レーザ照射前後におけるアルミナピークの強度のばらつきの原因は,以下2点が考えられる.1点はレーザ照射による材料除去の影響で新生面が現れ,その面を含めたレーザ照射面全体に対してXRDを行ったことである.もう1点は,レーザ照射前の段階で単斜晶ジルコニアが残存しており,レーザ照射によりその単斜晶相が4%程度体積の小さい正方晶ジルコニアに相変態し結晶相の歪みに変化が生じたことである.これらの理由からレーザ照射前後の回折面において結晶の配向性に差異があったと考えられる.しかしながら,以上のことを考慮しても,母材にない結晶相の析出および変態は認められなかった.このことから,Ce-TZPの黒化の原因は結晶相の変化によるものではないといえる.

3.3 構成元素による組成変化

レーザ照射後の組成変化に対する要因として,構成元素の変化,とりわけレーザ照射による温度上昇に起因した酸化状態の変化が考えられる.そこで次にCe-TZPの黒化の原因が素材を構成する元素の組成変化であると予想し,まずはEDXによる元素分析を行った.その結果,レーザ照射後の両試料において酸素原子数濃度の低下が確認された.酸素原子数濃度の変化をFig. 10に示す.なお,レーザ照射後の酸素原子数濃度はレーザ照射前の平均値に対する割合を百分率で示したものである.Fig. 10より,両試料ともにレーザ照射後,酸素原子数濃度が30%程度有意に低いことが確認できる(p < 0.01).

Fig. 10

Atomic ratio of oxygen (p < 0.01 when comparing irradiated and control, irradiated and heated, respectively). (a) Y-TZP; (b) Ce-TZP.

EDXの結果を踏まえ,レーザ照射ジルコニア表面の構成元素について,より詳細な検討を加えるためXPSによる測定を行った.その結果をFig. 11に示す.またFig. 11の中で,特にレーザ照射前後に変化があったZr3dスペクトルをピックアップし,ピーク分離したものをFig. 12に示す.ここで,Table 6に分離した各ピーク位置の束縛エネルギ値,Table 7に酸化状態別のZr3d束縛エネルギ値を示す24)Table 7を参考とすると,レーザ照射前に確認された183.0 eV,185.4 eVのピーク(I)はそれぞれZr4+(3d5/2),Zr4+(3d3/2)に由来すると考えられる.Fig. 12から,レーザ照射後に確認されたピーク(IV)はピーク(I)が低エネルギ側にシフトしたものだと考えられる.また,ピーク(V)はピーク(III)がピーク(II)と同じ束縛エネルギ値までシフトしたものだと考えられる.Table 7に示されるように,ジルコニアは低価数になるほど,束縛エネルギが低下する.これらから,レーザ照射によりジルコニアが還元され,レーザ照射前の酸化状態より低価数のジルコニアが生成されたと推測される.

Fig. 11

XPS survey spectra from irradiated Ce-TZP.

Fig. 12

Core-level XPS spectra of Zr3d from irradiated Ce-TZP.

Table 6

Binding energy at the peak position of each isolation spectrum.

Table 7 Binding energy of Zr3d corrected by assuming the binding energy of gold 4f7/2 line at 83.9 eV.

ジルコニアの黒化現象は,レーザ照射および還元性雰囲気での熱処理において確認されている23).雰囲気中の酸素分圧が低下すると,格子位置にある酸素イオンが空孔と電子を残し酸素ガスとして脱離することで,酸素空孔が増加する25,26).この反応を以下に示す.   

\[{\rm O}_{\rm O} \to 1/2{\rm O}_2 + {\rm V}_{\ddot{\rm O}} + 2{\rm e}^-\](1)

ここで,OO,VÖはそれぞれ格子位置にある酸素イオン,酸素空孔である.このとき生じる過剰電子により,ジルコニウムイオンの一部が次のように還元する25,27).   

\[{\rm Zr}^{4+} + {\rm e}^- \to {\rm Zr}^{3+}\](2)
  
\[{\rm Zr}^{3+} + {\rm e}^- \to {\rm Zr}^{2+}\](3)
ジルコニアの黒化は,式(2),(3)のような反応から酸素空孔を多く有する酸素欠損ジルコニア(ZrO2−x)が生成されたため,格子内の酸素空孔が特定波長の光を吸収する,いわゆる着色中心となっていることが原因であると考えられる28).EDXの結果から酸素欠損,XPSの結果からジルコニウムイオンの還元を確認した.したがって,レーザ照射後にCe-TZP表面には酸素欠損ジルコニアが生成している可能性が示唆された.

この酸素欠損ジルコニアに対し,酸素雰囲気または標準大気雰囲気で熱処理を行うことで空孔に酸素イオンを充填し,白色を回復できたという報告がある29,30).そこで,レーザ照射後の黒化が酸素欠損ジルコニアによるものであることを確認するため,レーザ照射後のY-TZP,Ce-TZPに対し電気炉(光洋サーモシステム株式会社製,KBF442N1型)を用いて熱処理を行った.熱処理条件は室温から1000℃まで1 hで昇温し15 min保持した後,約100℃まで炉冷した.

熱処理後の試料はFig. 8に示した.Ce-TZPについては,熱処理により照射後の黒化が緩和されていることが確認できる.なお熱処理後,両試料表面の形状については変化がなかった.純粋なジルコニアの融点が2700℃程度であるため,十分に低い温度で熱処理を行うことで形状に変化は生じないと考えられる.また,熱処理後の表面の酸素原子数濃度の変化はFig. 10に示した.熱処理後,両試料はレーザ照射後に比べ酸素原子数濃度が有意に高いことが確認できる(p < 0.01).このことからCe-TZPの黒化は還元による表面の酸素欠損が原因であると考えられる.また,Y-TZPもレーザ照射後に酸素原子数濃度は低下しているが,試料の様子に変化は確認されない.このことからジルコニアが黒化に至るための酸素原子数濃度には閾値が存在し,その閾値は含有物によって異なるため,Y-TZPは黒化に至らなかったと考えられる.

酸素欠損ジルコニアの生成については,パルスレーザ照射に伴う下記の機構が考えられる.レーザ照射により材料が気化・蒸発することによりプラズマを形成し,このプラズマがレーザ光と結合し衝撃波を発生させ,爆発的な材料の除去が生じる31,32).照射部周辺において,昇温による燃焼や衝撃波による飛散のため,瞬間的に酸素分圧が低い領域が発生すると考えられる.酸素欠損ジルコニアの生成機構の模式図をFig. 13に示す.このようにジルコニア表面のレーザ照射部では,高温かつ低酸素分圧という還元雰囲気での熱処理と同様な状態が得られたため酸素欠損ジルコニアの生成に至ったと考えられる.なお,レーザ照射による酸素欠損ジルコニアの生成は,酸素雰囲気下でレーザ照射を行うことで抑制可能であると考えており,今後の検討項目である.

Fig. 13

Generation mechanism of oxygen-deficient zirconia by laser irradiation.

3.4 レーザ照射後の表面帯電性評価

インプラント表面に電荷をもたせることで,体液中の電荷を有するイオンやタンパク質が静電引力的作用により表面に誘導され,細胞組織の成長促進や接着力強化が期待できる.ゼータ電位は固体表面の帯電状態を表す値であり,生体適合性の表面組成による寄与を評価できる8)Fig. 14にゼータ電位の測定結果を示す.Fig. 14において,レーザ照射前後でジルコニア表面は負に帯電している.体液中において,負帯電表面にはCa2+など2価の正イオンが優先的に吸着し,その後HPO42−などの負イオンや負帯電した骨性タンパク質が順に吸着しアパタイトを析出する33).この吸着機構をFig. 15(a)に示す.ここではジルコニア表面の静電引力的作用の大きさを議論するため,ゼータ電位の絶対値に着目した.ゼータ電位の絶対値はレーザ照射後に5分の1以下まで優位に低下したことが確認できる(p < 0.01).一般に,酸化物表面の帯電に寄与しているのは,水の解離吸着により生じるOH基の存在である34).このことから,ゼータ電位低下の原因は以下の2点が考えられる.1点はレーザ照射によるCe-TZP表面の酸素原子数低下であり,もう1点は材料内の酸素イオンが酸素欠損により増加した空孔間を移動し,ジルコニア表面に導電性が発現したことである.以上の2点により水の解離吸着が生じにくくなり,Fig. 15(b)に示すようにOH基の形成量を減少させたため,ゼータ電位の絶対値が低下したと考えられる.ゼータ電位の絶対値低下によりCe-TZP表面の静電引力的作用も低下するため,体液中において生体組織析出に悪影響を及ぼすことが示唆された.Y-TZPについては,Fig. 10に示すように表面酸素原子数濃度が低下するが黒化には至らないため,ゼータ電位がCe-TZP同様に低下を示すかは検討課題である.著者らは6週齢Wistarラット脛骨に同試験片を埋入し,光学顕微鏡にて埋入4週後のインプラント-骨の接触率を測定したところ,レーザ照射を行ったY-TZPの接触率が増加し,Ce-TZPは低下したという結果を得た35).レーザ照射Ce-TZPインプラントに対して骨接触率が低下した原因が黒化とそれに伴う変化であるならば,3.2で述べたように,黒化に対し加工雰囲気を調整することで解決することが可能であり,それを適切に利用することで,ゼータ電位の調整により生体適合性の改善も可能であると考えている.

Fig. 14

Zeta potential of irradiated Ce-TZP (p < 0.01).

Fig. 15

Difference of deposition behavior. (a) Before laser irradiation; (b) After laser irradiation.

4. 結言

骨芽細胞の骨形成を活性化させる形状,およびハイドロキシアパタイト析出を向上させる組成の付与を目的に,新規歯科用インプラント材料として注目されるジルコニアに対し,ナノ秒パルスレーザを用いた表面改質に試みた.Y-TZPおよびCe-TZPに対し,ナノ秒パルスレーザ照射を行い表面形状および表面組成の変化を確認するとともに,本手法の有用性について検討・考察を行った.以下に本報で得られた結論を示す.

(1) 矩形整形したナノ秒パルスレーザの照射スポットを変化させることで,ジルコニア表面に微細形状の創成と形状制御が可能であることが明らかとなった.

(2) ナノ秒パルスレーザの照射により,結晶相は試料作成時に変態した単斜晶から母材と同じ正方晶に戻るため,結晶相劣化を緩和できることが明らかになった.

(3) ナノ秒パルスレーザの照射により,Ce-TZPの照射面は黒化した.これは酸素欠損ジルコニア(ZrO2−x)の生成が原因であり,この黒化は熱処理により緩和できることが明らかになった.

(4) ナノ秒パルスレーザの照射により,Ce-TZPの表面ゼータ電位は低下するため,体液中において生体組織析出に悪影響を及ぼすことが示唆された.

本研究の粗さ測定にあたり,ご協力いただいた株式会社KEYENCEに謝意を表する.本研究のXPS分析にあたり,ご協力いただいた東北大学 工学部・工学研究科 技術部 赤尾昇 様,大比良由紀絵 様に謝意を表する.本研究のゼータ電位測定にあたり,ご協力いただいた大塚電子株式会社に謝意を表する.本研究はJSPS科研費JP17K17225,JP17K06074,JP17KK0126の助成を受けたものである.

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