Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
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Exploratory Study of Substitutional Elements in Mg2Si for Inducing State of Negative Chemical Pressure
Yoji ImaiNaomi HirayamaAtsushi YamamotoTsutomu IidaKen-ichi Takarabe
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2019 Volume 83 Issue 7 Pages 243-249

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Abstract

First-principles calculations were used to investigate the effects of substituting a Mg atom in Mg2Si with a foreign atom. The aim was to chemically induce a state of negative pressure for Mg2Si, which would theoretically increase its thermoelectric power factor. First, density of states (DOS) calculations were performed for Mg2Si with a Mg atom substituted with Group 3-12 elements (Sc to Zn). The results suggest that Group 3 and 4 elements are good candidates because the main features of the DOS curves for the substituted Mg2Si were the same as that of the undoped semiconductor. Structural optimization and energy calculations were then performed for Mg2Si substituted with Sc, Y, La, Ti, Zr, and Hf. Only Sc and Y showed negative energy changes as a result of the substitutional reaction. The volume changes indicate that only Y is an appropriate substitutional element for inducing a state of negative pressure for Mg2Si.

 

Mater. Trans. 59(2018)1417-1422に掲載.図面軸の標記を本会誌の規定に従って変更した.

1. 緒言

地球温暖化,大気汚染,化石燃料エネルギー資源の枯渇または不安定化などの環境・エネルギー問題に対処するため,熱電エネルギー変換を利用することに対して新たな関心が寄せられている.新しい熱電材料を見つけようとする努力に加えて,伝統的な熱電材料の性能を大幅に改善するために,キャリア密度を制御するための不純物ドーピング,ナノ構造化,アモルファス化,および低次元化などの幾何学的構造変化を含む多くの技術が考案されているが,それらに加えて,熱電材料作成の際の圧力変化も検討されている.

最後に述べた圧力変化法は,IV-VI族化合物(PbTeおよびPbSe)1-3),V-VI族化合物(Bi2Te3およびSb2Te31,4),II-VI族化合物(CdTe,CdSおよびZnS)5),クラスレート6),スクッテルダイト7)について詳細に検討されてきたが,大気圧下,600-900 Kの温度範囲において最も有望,且つ環境に優しい熱電材料の一つであるMg2Siについての研究報告は,Moriらによるもの8)以外にはない.彼らの報告によると,残念なことに,高圧下で合成されたMg2Siのゼーベック係数は,大気圧下で合成されたMg2Siのそれの約4分の1の値である.

2014年,Baloutらは,Mg2Siの電子特性および熱電特性に対する引張および圧縮歪みの効果について密度汎関数(DFT)法を用いた理論的研究を行った9).彼らは,僅かにn型ドーピングされたMg2Siに引張り歪みが印加された場合に,30-40%程度のゼーベック係数の増大が認められると予測した.このことは,α2σ<但しα:ゼーベック係数,σ:電気伝導度>で定義されるパワーファクター(PF)は,引張り歪の無い場合の約2倍に達することを意味する.フォノンの不純物散乱によって格子熱伝導が減少することが期待されるので,無次元性能指数であるZT値(Z = α2σ/kkは熱伝導度,Tは絶対温度)は,さらに向上することが期待される.

実際に等方性引張り歪の状態(つまり負圧状態)でMg2Siを生成することはできないが,原子置換によって負の化学圧力状態を実現できれば,負の静水圧力と同様にバンド構造を変化させる可能性がある.Mg2Siの化学的負圧状態は,その格子定数を何らかの方法で増加させることによって達成され,これは,Mgをより重い元素に置換するか,SiをGeまたはSnで置換することによって達成されるであろうと考えられる.

しかしながら,これまでの研究から,後者の方法(SnまたはGeによる置換)ではバンドギャップの減少が生じる10)ために,不適切であると考えられる.Mg2Siの間接バンドギャップは,静水圧が増加するにつれて減少することが知られており11),したがって負の圧力はバンドギャップを広げると想定されるが,このバンドギャップの広幅化が熱電パフォーマンスを増加させると考えるため,SiをSnまたはGeで置換することによってもたらされるバンドギャップの狭小化(Sn,Geの貴な性質に起因する)は熱電PFの増大に対して不利に働くであろう.

一方,Ca,Sr,またはBaという重元素でMgを置換するという別のアプローチに対する考察を,我々は以前試みた12,13).しかしながら,これら重元素のMg2Si格子への溶解度は,これらの重元素がMg2Siとは異なる結晶構造を有するX2Si(半ケイ化物:half-silicide)を形成するため,限定されたものとなる.実際,Mg2SiにCa,Sr,Baを導入すると,XMgSi(X = Ca,Sr,Ba)またはX2Mg4Si3(X = Sr,Ba)が生成するものと予想される13)

本研究では,Mg2Si格子中のMg原子を3~12族の金属元素で置換するという別種のアプローチを検討した.金属系における置換元素の固溶度の決定因子としては,構成元素の電気陰性度と価数の差,および原子半径比が重要であることを主張するHume-Rothery規則が著名である.しかしながら,金属系に対するこの経験則が,いくらかイオン性を有する半導体相であるMg2Siにも適用可能であるかどうかは不明である.

そのため,本研究では,Mg2Si格子中のMgを3~12族金属元素によって置換してMg2Siの負圧状態を誘起する可能性があるかどうかについて,第一原理計算による電子構造評価とエネルギー論的な考察を行うこととした.

2. 方法

2.1 計算の対象とした化合物

Mg2Siは逆螢石型構構造を持ち,空間群225番に属する.Mg2Siの単位格子は,単純立方構造の8個のMg原子と面心立方構造の4個のSi原子から構成される.MgはWyckoff記法での8cサイト(1/4,1/4,1/4)を占め,Siは4aサイト(0,0,0)を占める.したがって,Mg2Siの単位格子は4つの化学式単位(formula unit)から成り,Mg8Si4という組成式で表現される.この単位格子の,頂点サイトから3つの面心サイトのいずれかに指向する基本ベクトルの組を用いることによって,Mg8Si4単位格子は菱面体基本格子(Mg2Si)に還元することができる.この菱面体基本格子の2 × 2 × 2の超格子を作ると,24原子からなるMg16Si8セルができるが,このセルと,Mg16Si8の16個のMgサイトの1つを異原子Xで置換したセル(X1Mg15Si8)について今回の計算を行った.

2.2 計算方法

計算方法は,以前Ca2Si-Mg2Si系の研究12)で用いたものと同様である.すなわち,Payneらによって開発されたCASTEPコード14)を用いた.このコードは,密度汎関数理論(DFT)に基づく第一原理計算法で,電子-コア(core)相互作用は擬ポテンシャルによって記述され,系の波動関数は平面波展開されたものを用いる.擬ポテンシャルとしてはVanderbiltのスキーム15)によって生成されたウルトラソフト擬ポテンシャルを採用したが,Mg2p状態は原子価の一部として明示的に扱われる.但し,計算結果を表示する場合には,簡単のため,Mg3sのみを価電子として扱った.したがって,Mg16Si8のバンド図の表示においては,Mgから16x2電子と,Siから8x4電子の合計64個の価電子を持つものとして取り扱われる.

DFT計算での交換相関項はPerdew-Wang一般化勾配近似(GGA)16)を用いて近似している.

本コードを採用するにあたって,自己無矛盾である波動関数を得るための反復計算の収束判定条件としては,反復計算前後における全電子エネルギーの計算値の差が1原子当たり0.001 eV未満である場合に収束したものと仮定した.従って,計算されたエネルギーの最大誤差は,Mg16Si8について約 ± 0.02 eVと推定される.また波動関数の平面波展開における最高遮断周波数としては,エネルギー値310 eVに対応する周波数を設定した.

電子エネルギーを計算するための逆格子空間におけるk点サンプリングにはMonkhorst-Pack(MP)スキーム17)を用いた.但し逆格子空間におけるサンプリング間隔は0.5 nm−1である.

構造最適化のためのエネルギー最小化アルゴリズムとしてはBroyden-Fletcher-Goldfarb-Shannonの最適化手順を用いた.またMPスキームで生成したk点での離散的エネルギーレベルを,半値全幅0.07 eVのガウシャン型の平滑化(smearing)関数によって広げ,これを各k点について積算することによって状態密度(DOS)曲線を得た.DOS曲線の図示にあたっては,フェルミ準位を基準(0 eV)としたエネルギーを用いている.

ドーピングによって新たに生成されるエネルギー準位を知るために,得られた全電子波動関数の,構成する全ての原子のすべての角運動量(spd,...)軌道に対する射影を計算し,部分状態密度(PDOS)を得た.全DOSの単位は,電子数/(セルeV),PDOSの単位は電子数/(atom eV)である.

Mg2Siのバンド構造(BS)に対する置換元素の効果は,ブリルアンゾーンのいくつかの高対称軸に沿って電子エネルギーを計算することで算出した.BS線図を描く際には,伝導帯の底(bottom)と価電子帯の最上部(top)の中間値をエネルギーの基準(0 eV)としている.

3. 結果と考察

3.1 Mg16Si8のX置換(X = Sc,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn)による状態密度曲線の変化

最初に,X1Mg15Si8(X = 3~12族元素:Sc,Ti,V,Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Zn)に対する状態密度(DOS)計算を行うことで可能な置換候補元素を探ることにした.その結果を以下に記述する.

Fig. 1は,Sc1Mg15Si8およびTi1Mg15Si8の計算されたDOSを示す.比較のためにMg16Si8のDOSも併せて示す.ドープされた元素(この図ではScまたはTi)の原子軌道からの全状態密度に対する寄与は部分状態密度(PDOS)で示されるが,この図および後続の図においては破線で示されている.

Fig. 1

Calculated densities of states (DOSs) of Mg16Si8, Sc1Mg15Si8, and Ti1Mg15Si8. Contributions from atomic orbitals of substituted elements (Sc or Ti in this figure) are shown by broken curves in this and succeeding DOS figures.

Mg2Siは,間接ギャップ値が約0.77 eVの半導体であるが 本計算におけるMg16Si8のフェルミ準位(EF)(エネルギーの基準としたため0.0 eV)は,DOS曲線の窪みの中に位置し,Mg16Si8が半導体であることを示している.今回計算されたギャップ値は,のちにFig. 5で示すように0.258 eVであり,これは観測値の34%程度の値である.

Sc1Mg15Si8およびTi1Mg15Si8のDOS曲線の形状の主要な特徴は,ドープされていないMg16Si8曲線のそれと同じであるが,EFは伝導帯の底部のすぐ上に位置し,これらの材料がn型挙動を示すこと意味している.ドープされた元素(ScまたはTi)のPDOSは主にMg2Siの伝導帯に寄与している.

Fig. 2は,V1Mg15Si8,Cr1Mg15Si8,およびMn1Mg15Si8の計算されたDOSを示す.上記の場合とは対照的に,置換元素(V,Cr,およびMn)の原子軌道はMg2Siのそれとは明確に分離されず,ホストであるMg2Siの価電子帯,伝導帯の軌道と混成する.DOS曲線上には明確なエネルギーギャップは現れず,フェルミ準位は伝導帯へと上方にシフトした.これは,これらの置換元素がMg2Siの金属的挙動をもたらすことを示している.

Fig. 2

Calculated densities of states of V1Mg15Si8, Cr1Mg15Si8, and Mn1Mg15Si8.

一方,8-10族の元素でMgを置換すると,Fig. 3に示すようにDOS曲線にはエネルギーギャップが再び明確に現れれる.しかしながら,FeまたはCoをドープしたMg2SiのEFは,価電子帯のトップよりもはるかに下に位置していた.これは,Fe,Co,(およびNi)でMgを部分的に置換した系が金属として挙動することを示唆している.

Fig. 3

Calculated densities of states of Fe1Mg15Si8, Co1Mg15Si8, and Ni1Mg15Si8.

Fig. 4は,11族,12族による置換:Cu1Mg15Si8およびZn1Mg15Si8のDOS計算結果を示す.DOS曲線のエネルギーギャップは,Fe,Co,またはNi置換Mg2Siの曲線のエネルギーギャップよりもさらに明瞭であった.

Fig. 4

Calculated densities of states of Cu1Mg15Si8 and Zn1Mg15Si8.

Cu置換Mg2SiのEFは価電子帯のトップの直下に位置し,p型半導体的な挙動を示唆している.このことはMg:2価とCu:1価の差からも理解されるが,この推測とは異なり,Sakamotoらは,CuドープMg2Siが300~800 Kで負のゼーベック係数を有することを報告している18)

彼らの実験結果と本予測との不一致の原因については,ドープされたCu原子がMg(またはSi原子)を置換するよりも,Mg2Si格子の4bサイトへ侵入する可能性が高い(侵入反応のほうがエネルギー的に有利である)という予測19)も含めて考慮しなければならない.ドープしていないMg2Siはn型挙動を示すが,これは,Mg:Si = 2:1という化学量論比からMg-rich側に組成が偏奇することによって引き起こされると考えられている.Mg2Si中へCuをドープしても,Mg2Si中の全てのn型キャリアを補償するのに十分ほどの濃度でCuがMgサイト(またはSiサイト)を置換するには至らないと考えられる.

なお,Cuと同族(11族)のAgについては,我々は以前に,Mg2Siの4bサイトへのAgの侵入とSiのAgによる置換とは,ほぼ同程度のエネルギー利得を伴うことを示した19).しかしながら,Mg2Si格子へAgを取り込むと,伝導帯(主としてMg3s原子軌道から構成される)が価電子帯(主にSi3s及び3p軌道から構成される)の頂点を基準として下方にシフトする.この作用により,バンドギャップは狭くなり,負圧によって期待されるバンドギャップの広幅化とは逆方向になる20)

12族元素による置換については以下のようになる.

Mg2SiのMgの一部をZnで置換した系のDOSも,Cuの場合と同じく明確なエネルギーギャップを有する.MgとZnの両方が2価であるので,ZnでMgを置換してもEFはそのギャップ中に引き続き位置することになる.

Znドーピングについての実験的研究は,知る限りでは,行われていないが,イオン径(Paulingのスケール)は,Zn2+が74 pmであって後述するY3+の93 pmと比較すると,Zn置換によるバンドギャップの広がりはY置換の場合よりも起こりにくいと考えられ,以後の詳細な検討は行っていない.ちなみにMg2+のイオン径は65 pmである.

Znと同じ族に属し,Znより大きなイオン径をもつCdとHg(Cd2+:97 pm,Hg2+:110 pm)は,バンドギャップの広域化には有利であるが,いずれも毒性元素であり,ドーパントとして使用すべきではない.したがって,これらについても,以後の検討は行っていない.

以上述べてきたDOS計算の結果を要約すると,

(1)Mg2Siは,3族(Sc)および4族(Ti)元素で置換された場合,そのn型半導体特性は維持される.

(2)他族元素で置換した場合は,n型半導体としての特性は,維持されない.

3.2 X1Mg15Si8(X = Sc,Y,La,Ti,Zr,Hf)の生成エネルギー

3.1節で議論したDOS計算の結果は,3族のScまたは4族のTiによってMg原子が置換されても,Mg2Siのn型半導電性が維持されることを示している.ここには記述してはいないが,YとLa(3族)またはZrとHf(4族)によるMg置換を行った場合も,それらのDOS曲線の計算結果は同じことが当てはまる.

しかしながら,実際にMgを置換することが可能かどうかを判断するためには,置換反応のエネルギー変化を調べる必要がある.したがって,以下の置換反応のエネルギーを計算することにした.   

\[\begin{array}{l}{\rm Mg_{16}Si_{8}}+{\rm X}\to{\rm X_{1}Mg_{15}Si_{8}}+{\rm Mg}\\(但し{\rm X}={\rm Sc,Y,La,Ti,Zr,Hf})\end{array}\](1)

まず,MgとSiの純粋な金属(半導体)状態,およびドープされていないMg2Siの結果を簡単に説明する.同様の計算は以前Mg2Si-Ni系についてもすでに行った22)が,式(1)で用いたMg2Siセルの大きさは,以前の研究とは異なるため,再計算することにした.

Table 1は,本研究での結果を示す.Mg金属の1つの格子定数(a)とSiの格子定数は,若干過小評価され,Mgの他方の格子定数(c)は過大評価される23).Mg16Si8の格子定数(実測値0.8980 nm)は,計算では0.9003 nmと極わずかに過大評価される.したがって,過小評価または過大評価の程度は,物質によって異なるが,今回採用したGGA計算は,様々なタイプの構造間のエネルギー差を定性的に評価する場合に良好な結果を与えることが知られているので,引き続き,本研究でもこの近似を採用することにした.

Table 1

Optimized structural data and electronic energies for optimized structures of metallic Mg with a hexagonal close-packed structure, semiconducting Si with a diamond structure, and Mg16Si8 with an anti-fluorite structure for comparison with the observed structural data.

Table 2は,X = Sc,Y,およびLaを有するX1Mg15Si8の最適化の結果を示し,Table 3は,X = Ti,ZrおよびHfの結果を示す.

Table 2

Optimized structural data and electronic energies for optimized structures of X and X1Mg15Si8, where X = Sc, Y, or La.

Table 3 Optimized structural data and electronic energies for optimized structures of X and X1Mg15Si8, where X = Ti, Zr, or Hf.

Table 13に列挙した電子エネルギー値を用いて,置換反応のエネルギー変化を得ることができる.

例えば,Scについては   

\[{\rm Mg_{16}Si_{8}+Sc}\to{\rm Sc_{1}Mg_{15}Si_{8}+Mg}\](2)
に対するエネルギー変化は,   
\[\begin{array}{l}(-16832.4324)+(-978.5386)-(-1280.2533)\\\quad{}-(-16530.2167)=-0.5010({\rm eV})\end{array}\](3)
となる.エネルギーが減少するので,この反応はエネルギー的に有利であると推察される.

Table 4は,Y,La,Ti,ZrおよびHfの同様の置換反応に対する結果をまとめたものである.計算されたエネルギー変化は,ScおよびY以外の元素については正値であった.したがって,Mg2Si格子中のMg原子を3族元素または4族元素で置換する反応は,ScおよびYの場合を除いて,エネルギー的に不利である.

Table 4

Energy changes for reaction Mg16Si8 + X → X1Mg15Si8 + Mg.

Mg2Si格子中のMg原子の置換によるセル体積の変化は,Mg16Si8の最適化構造のセル体積(= 515.9444 × 10−3nm3)とX1Mg15Si8のそれを比較することによって予測することができる.

予想されるように,Sc置換によって生じる体積増加は,Y置換によって生じる体積増加よりも小さい.Laの置換は著しい体積増加(負圧)をもたらすが,今回のエネルギー計算の結果からも予測されるように,La原子が大きすぎるため,Mg2Si格子のMgサイトをLa原子が置換することはエネルギー的に不利な過程である.

以上,本節での計算結果から,Mg2Si格子中のMgに対してのY置換は,エネルギー的に有利であると予測され,セル体積の増加の結果,負の化学的圧力を誘発するであろうと想定される.

なお,緒言で言及した,Hume-Rotheryの第1~3規則(電気陰性度の差,原子半径の差,およびイオン価数)について簡単に考察した内容を,以下に記述する.

(1)MgとYの間の電気陰性度の差は,Mgと他の候補置換元素との間のそれに比べて大きくはない.

(2)Mg2+とY3+のイオン径の間には大きな差があり,Hume-Rothery規則で規定された置換型合金の限界(= 15%)を超えているが,金属格子にみられる稠密構造に比べてMg2Siは緩い構造をしているため許容されるのであろう.

(3)Yは遷移金属の中で最も原子価が低いため,「溶質原子の価数が小さいほど,より有利な固溶体形成である」という価電子濃度則の点では有利である.

したがって,Hume-Rothery則の観点からも,イオン半径の差以外の要素では,Y置換は有望であると推定される.

3.3 X1Mg15Si8(X = Y,Zr)のバンド構造

前節までの結果,YがMg2Siの置換元素として有望と予測されたが,置換に伴うバンド構造(Band Structure,BS)の変化をさらに検討することにした.あわせて,エネルギー的には不利であるZr置換についても比較のために計算を行った.

Y置換Mg2SiのBSと,Zr置換Mg2SiのBS,およびドープしていないMg2SiのBSを比較してFig. 5(a)~(c)に示す.それぞれMg16Si8,Y1Mg15Si8,Zr1Mg15Si8のBS図である24).BS図を描くためのエネルギー基準は,伝導帯の底部と価電子帯のトップの中間の値に設定している.

Fig. 5

Calculated band structures (BSs) of X1Mg15Si8, where X = Mg, Y, or Zr. The numbers plotted in the BS diagrams express the order counted from the bottom of the valence bands. Note that bands mainly composed of Mg2p and Y4p atomic orbitals are omitted from the numbering, although they are explicitly treated as part of the valence bands.

ドープしていないMg16Si8は64個の価電子(各Mg原子から2電子,各Si原子から4電子)を有するので,0 Kにおいては32バンドを占有することになる.価電子帯と伝導帯の間の計算されたバンドギャップ値(Eg値)は0.258 eVであり,電子と正孔の有効質量が同じであれば,そのフェルミ準位(EF)はエネルギーギャップの中央と一致する.

MgをYに置換すると,実線で表記されたEFは伝導帯中に上方シフトした.この系のEg値は0.498 eVと計算され,Y置換による体積膨張から予想される値よりもはるかに広い.実際,Y1Mg15Si8の最適化構造の体積は0.524 × 10−3nm3であり,この値は負圧約−0.7 GPaのもとでのMg16Si8の体積に相当する.ドープしていないMg2Siの場合,この体積はEg = 0.263 eVに対応する.

両者の値の差は,元素の化学的性質によるものである.すなわち,PaulingのスケールでのYの電気陰性度は1.22であり,Mg(1.31)より陽性である.Mgをより陽性の原子で置換すると,Mgの原子軌道を主体とする伝導帯は上方にシフトし,伝導帯と価電子帯との間のEgが広がることになる.

次に,エネルギー分散について述べると,Fig. 5(a)と(b)の比較から分かるように,Y置換は大きな影響を与えなかった.したがって,Y1Mg15Si8の電子の有効質量は,ドープされていないMg2Siの場合と同じような値になると推定される.

一方,Zr置換はエネルギー分散に大きな影響を与えた.Fig. 5(c)に示すように,Zr1Mg15Si8の電子エネルギーの分散は,Fig. 5(a),(b)よりもはるかに少ない.これは,電子の有効質量が,ドープされていないMg2Siの場合よりもはるかに大きいことを意味し,熱電PFの増加が期待される.ただ,前述したように,Mg2Si中へのZrの溶解はエネルギー的に不利であり,配置エントロピー項の増加のみがZr置換を可能にすると考えられるため,可能な固溶濃度は,相当小さいものであろう.

以上,本研究での議論を終える前に,将来の研究課題として2つの問題が残っていることを指摘しておかなければならない.第1に,ドープされた材料の熱電性能は,マトリックス材料のBSが改変されることに拠るものだけではなく,ドーピングによって引き起こされるキャリア密度の変化によっても決定されるということである.Y置換を行うと,ドープされたMg2Siのキャリア濃度は増加する.さらに,置換されたMg原子の割合によってバンドギャップ値そのものが変化することも考慮されなければならない.現在,置換されたMg原子の濃度の影響の計算が進行中であり,その結果は,近い将来報告されるであろう.

第2に,元素XによるMg原子の置換は,(1)Xのシリサイド,(2)Mg-X合金,(3)3元系Mg-X-Si合金の形成を引き起こす可能性があることに留意しなければならない.これらの化合物および合金相の形成は,XによるMg置換そのものにも影響を及ぼす可能性があり,将来の研究および実験的な確認が必要である.

4. 結言

本研究では,Mg2Si格子中のMg原子を異種原子で置換することで熱電(TE)変換のパフォーマンスを増大させる可能性を検討した.負圧の状態がTE性能を高めることを指摘したBaloutらの研究に基づいて,負圧の状態を化学的に誘起する可能性のある置換元素の候補を選択するため,第一原理計算を行った.

まず,Mg2Si中のMg原子を3~12族元素(Sc~Zn)に置換したX1Mg15Si8について,DOS計算を行った.X = ScまたはTiの場合のDOS曲線の主な特徴は,ドープされていない半導体Mg2Siのものと同じであるため,3族および4族の元素が置換元素の候補として選択された.次に,X1Mg15Si8(X = Sc,Y,La,Ti,Zr,Hf)について構造最適化およびエネルギー計算を行った.ScおよびYのみがこれらの置換反応に対しては負のエネルギー変化であると予測された.置換に伴う体積変化を考慮すると,Yでの置換のみがMg2Siの負圧状態を誘起すると考えられる.Zr置換は,電子の有効質量を増加させることによってTEパフォーマンスを向上させる可能性があるが,Mg2SiへのZrの溶解度は小さいと考えられる.

この研究は,国立研究開発法人・産業技術総合研究所および学校法人・東京理科大学,同・岡山理科大学の職務の一環として遂行されたものであり,関係各位に謝意を表する.なお,その他の如何なる公的機関,商業機関,非営利機関からの特別の資金提供は受けていない.

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