Journal of the Japan Institute of Metals and Materials
Online ISSN : 1880-6880
Print ISSN : 0021-4876
ISSN-L : 0021-4876
Special Issue on The Front Line of Superconducting Materials -Advances in Organizational Control Techniques toward Practical Use
New Microstructure Control for Internal Tin Processed Nb3Sn Wires through Element Addition to Matrix
Nobuya BannoTaro MoritaZhou YuTsuyoshi YagaiKyoji Tachikawa
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2019 Volume 83 Issue 9 Pages 305-313

Details
Abstract

Further performance improvement in Nb3Sn conductors is strongly demanded towards realization of upcoming high-field magnet applications such as the Future Circular Collider (FCC) and the DEMOnstration power plant (DEMO). However, we are facing the problem that the Jc performance of the Nb3Sn strands are almost fully optimized in terms of Nb/Cu/Sn area ratio, cross-sectional design, Nb filament diameter, and so on. We thus need some breakthrough to overcome the problem. In this context, we have been studying the new microstructure control by the element addition into the Cu matrix of the internal tin processed Nb3Sn conductors. In this paper, some results of the more fundamental study on the effect of the Zn addition are reported. In addition, results of the simultaneous addition of Zn and a small amount of Mg, and the influence of Ti-doping position on the microstructure and Jc performance are reported. It was found that significantly different diffusion behaviors happen in the Cu-Zn/Sn diffusion reaction. For instance, in the Cu-Zn/Sn diffusion, a solid ternary Cu-Sn-Zn phase widely forms at the outermost reaction front at 400℃ heat treatment, whereas the porous ε phase widely forms in the Cu/Sn diffusion. A small addition of Mg into the brass matrix resulted in finer grain size and better Jc performance. Ti doping to the Nb filaments but not Sn cores leads to elimination of Ti-rich layer at the boundary that forms in Ti doping to Sn cores. The absence of Ti-rich layer contributes significantly to improvement of Sn and Ti distribution across the cross-section.

1. 緒言

Nb3Snは,臨界温度が約18 K,臨界磁場はTiやTa等の第3元素の添加により約26 Tとなり1,2),今やNb-Tiではカバーできない10 T以上の高磁場領域で不可欠な材料となっている.近年,欧州原子核研究機構(CERN)が提唱するFuture Circular Collider(FCC)計画において,Nb3Sn線材は加速器マグネット用材料の第一候補とされ,既存の最高性能を大きく超える要求性能が提示されている3).FCCの開発が進められるとなれば,相応の物量が必要となることから,昨今,FCC計画がNb3Sn材料開発4-7)の大きなモチベーションにもなっている.

Nb3Sn相の生成は,主にNb芯とCu-Sn合金母材との固相拡散反応を利用した“ブロンズ法”とブロンズ法におけるSn固溶限の問題を解決した“内部スズ拡散法”(Cu-Snブロンズではなく,SnをCuと別に組み込み,十分なSn供給を可能にした製法)の2製法が主流である.内部スズ拡散法では,最終的なNb/Cu-Sn拡散によるNb3Sn相の生成の前に,CuとSnを相互拡散させる予備熱処理が必要であり,組織制御はブロンズ法と比べてより複雑であるが,Sn供給量の増大が可能で臨界電流密度(Jc)は非常に高い値が得られる.昨今,Bruker-OST社のRestacked-Rod-Process(RRP)®線材8)がハイパフォーマンス線材の代表格として認識されているが,16 Tの磁場中において同線材では約1300 A/mm2の非銅部Jc(non-Cu Jc)が得られている.

従来内部スズ法では,Nb(もしくはNb-Ti)芯とSn(もしくはSn-Ti)芯を埋め込む母材として,純Cuが使用されてきた.Sn芯をそのまま複合しているため中間焼鈍を適用することができず,母材への元素添加からくる加工硬化により伸線加工性が低下するのを避けることがその大きな理由の1つである.そのため,これまでのブロンズ法の研究において様々な合金添加効果が報告されてきたものの9-19),内部スズ法における母材への元素添加に関する研究は,盲目的にこれまでほとんど注目されてこなかった.内部スズ法では,ブロンズ法に比べて元素添加量の制限が小さく,比較的自由度の高い元素添加が可能であり,母材への元素添加によりこれまでにない新しい拡散反応現象の発見も期待できる.

こうした背景から,著者らは内部スズ法における母材への合金添加に着目し,伸線加工方法を改善するとともに,それにより誘発される様々な拡散反応現象について研究を行ってきた20-25).本稿では,従来のCu母材を用いた内部スズ法線材の熱処理中に起こる拡散反応現象(Cu/Sn相互拡散およびNb3Sn生成反応)を対比させつつ,母材への合金添加が組織形成に与える影響・効果26-28)を考察し,そこから見えてくるNb3Sn組織制御に関するキーファクタについて考察する.

2. 実験方法

2.1 線材作製

線材作製方法については,文献に詳しく記述してあるのでそちらを参照されたい22,24).特徴は,多芯線材作製にあたり,Sn芯線とNb芯線を別々に作製し,最後にそれらを束ねて前駆体線材化する,スズ分離型の手法を採用している点である.Sn芯には純Cu母材,Nb芯にはCu合金母材を使用することで,Sn芯線は中間焼鈍なしに,Nb芯線は必要に応じて中間焼鈍を行い,蓄積された加工歪みを緩和して伸線することが可能となる22).これにより多芯前駆体線材の作製が格段に改善され,母材への元素添加による新しい組織制御研究への展開へとつながった.

2.2 組織観察および臨界電流密度評価

得られた試料を導電性の硬化樹脂に埋め込み,一般的な機械研磨手法により断面研磨した.最終研磨は0.05 μmのアルミナ研磨剤を用いて行った.研磨断面において,電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM),電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA)ならびにエネルギー分散型X線分析(EDX)を用いて,断面観察,組成分析を行い,熱処理における各元素の拡散挙動とNb3Sn層の生成過程を研究した.

結晶粒径の解析は以下の手順により行った.まず室温で破断した線材の断面をFE-SEMにより観察する.次に画像解析ソフトを用いてNb3Sn結晶層の面積を求め,その領域内の粒数をカウントする.そののち,結晶粒を円状に仮定して,画像解析により得た面積と粒数から粒径を計算して求めた.

臨界電流(Ic)測定は,標準的な4端子抵抗法により4.2 Kで25 Tまでの垂直磁界中で行った.1 μV/cmの電圧が発生した電流値をIcとした.我々の試料は,ラボラトリースケールのものであり,比較的厚いNbバリア層を有するため,実用線材に即した非銅部領域における等価的なNbバリア占積率を用いることとした.実用線材のバリア占積率は,概ね6~8%であったため,本稿の計算では少し過剰評価気味に10%とした26,27).この等価バリア占積率を用いて等価的な非銅部領域面積を導出し,Icをその値で除してnon-Cu Jcを求めた.

3. 各元素の添加効果

Nb3Sn線材の臨界電流密度特性は,長年の注意深い最適化により性能が頭打ちの状態が続いているが,最近結晶粒の微細化4)と化学量論性の改善5-7)で新しい知見と共に大きな成果が見られている.一方,母材への元素添加は,別の観点から新しい反応ルートを探索する研究の1つであり,興味深い材料組織形成が確認される21)

これまでのブロンズ法の研究成果も含めて,Ti添加以外に,結晶成長論的に興味深い母材への添加元素として,Zn,Ge,Ga,Mgが挙げられる9-19).ZnはNb3Sn層の生成を促進する効果が認められるとともに,母材に均一に残留することが特徴である.Znが母材に残留することで固溶強化による機械的特性の向上も期待できる10,21,29).GeはBc2を向上させ,結晶粒の微細化に寄与すると報告されている.またGeはNb3Sn層の周りにGeリッチの化合物相を形成することも報告されている11,25).GaはむしろNb3Sn層の内部へと浸透し,Geと同様にTcBc2を向上させるが,結晶組織をやや粗大化させる12-17,25).層成長の効果はあまり見られず,粒成長を引き起こすことが報告されている17).Mg添加では,結晶組織の粗大化を大幅に抑制するとともに18,26),層成長も促進されることが報告されている18)

根本的に内部スズ法では,Nb3Sn生成前のCu/Sn相互拡散過程,およびNb3Sn生成反応過程が必要である.内部スズ法における母材への元素添加についても,前段熱処理時のCu/Sn相互拡散過程,およびNb3Sn生成過程の2点で整理するとわかりやすい.

内部スズ法では,前段熱処理がある分,ブロンズ法と比べて拡散挙動が複雑である.内部スズ法線材の高Jc化は,この各段階の処理の最適化が必要となるが,特に前段熱処理では,幾何学的な線材断面構造(例えばSn芯配置,Nb芯間隔,Ti添加場所など)もSnおよびTi(TiがNb芯以外に添加される場合等)拡散パスに大きく影響を与える.また通常Cu/Sn相互拡散では,カーケンダルボイドの発生が顕著となり,これもSn拡散に大きな影響を与え,現象がより複雑となる.ここでは,それらの影響をできる限り単純化してわかりやすく整理する.以下,特にNb3Sn線材の高Jc化が特に期待されるZn添加,およびMg添加の効果について述べる.

3.1 Zn添加

予備熱処理時の母材中のSnおよびTi拡散(すなわちSn,Ti分布)の改善は,Nb3Sn層の生成過程における結晶粒径や組成のばらつきを抑制するのに重要である.Sn拡散は,母材中の拡散速度だけでなく,ボイドの形成にも関わってくる.ボイドが生成すれば,それだけSn拡散経路が限定されるためである.ここでは,予備熱処理中のCu/Sn相互拡散について,従来のCu母材を用いる場合と共に,Zn添加した場合について,どのような拡散挙動を示すのか,ボイド形成も含めて詳細に調べた結果を示す.

現象をより単純化するために,Cu-Zn/Sn合金単芯複合材を準備し,各熱処理条件における反応挙動およびボイドの形成の様子を調べた28).ここでSn芯には,Ti添加をSn芯に行うことを想定して,Sn-1.6 mass%Ti材を用いた.単芯材は,外径/内径が20/12 mmのCu-Znロッドを準備し,外径11.5 mmのSn-Tiロッドを挿入してスエージングおよびダイス伸線によって線径0.6 mmまで加工して得た.Cu合金母材として,純Cu,Cu-15 mass%Zn,Cu-12 mass%Znの3種類を用意した.熱処理は,210℃,400℃,および550℃で行い,反応の様子を光学顕微鏡,FE-SEM,EDXで観察した.所定の温度までは予備加熱なく,2 hで上げた.

Fig. 1に,純CuおよびCu-12 mass%Zn母材試料における,210℃ × 50 h,400℃ × 30 h,550℃ × 10 h後の反応組織の反射電子(BSE)像を示す.まず特徴的なのは,210℃においては,純Cu母材では反応最前線でε相が生成されるのに対し,Cu-Zn母材ではε相が生成されない点である.さらに400℃まで温度を上げると,純Cu母材ではε相が大きく成長するのに対し,Cu-Zn母材ではε相の外側にさらに3元のCu-Sn-Zn相が生成される.EDX分析によれば,この相のCu,Sn,Zn組成はそれぞれ約64 at%,14 at%,22 at%であった.Cu-Zn/Sn相互拡散に関する過去の文献30)では,220℃ × 64 hの熱処理において,X線回折でη-CuSn相,β-CuZn相のピークが見られること,後に示すように550℃の熱処理でβ-CuZnと思われる相が見られることから,この3元の相はSnが固溶したβ-CuZn相だと考えられる.強調すべき点は,ε相には多数のボイドが見られるのに対し,β-CuZn相は極めて密で,層厚が一定し,より均一にSnが外側に向けて拡散している点である.一般にボイドの形成は,反応相中のCuの拡散速度が反対向きのSn拡散速度を大きく上回ることから生じると考えられている31).つまり,Cu側から移動したCu原子の数に対し,反対側からくるSn原子の数が不足するために,空孔が生じる.従ってε相にボイドが多いのは,ε相中でのCu拡散速度がSnに比べて非常に大きいことを意味している.これに対しβ-CuZn相ではCu拡散速度が抑えられ,相互の拡散速度のバランスが良いと考えられる.

Fig. 1

BSE images of reaction layer of (a) Cu/Sn-1.6 mass%Ti and (b) brass (Cu-12 mass%Zn)/Sn-1.6 mass%Ti diffusion couples after heat treatment at 50 h/210℃, 30 h/400℃ and 10 h/550℃28).

550℃まで温度を上げると,純Cu母材ではデンドライト状のε,αの混合相が不均一に広がっていく.純Cu母材では,(ε+α)混合相の成長と共に最前線でボイドも大きく成長する.過去の文献において,440℃以上の熱処理では,δ相(ε相よりややCuリッチな相.Cuとε相の間にできる)の成長と共にボイドが急成長すると指摘されている32).ボイド生成のメカニズムから考えれば,δ相中のCu原子の拡散速度もまた非常に大きいことを示唆している.このδ相は,ε相に喰われる形で,ε相の成長と共に消滅する.今回の550℃の熱処理後の組織にはδ相は見られていないが,これは,極初期段階でδ相が生成されると同時に,多数のボイドが生成され,熱処理が進むにつれて急速にδ相が消滅してε相が成長したことが,理由の一つとして考えられる.そしてさらにCuの拡散が進んで,ε相の中にα相が析出し,結果的にε相,α相と共に多数のボイドが残存した組織になったと考えられる.

これに対し,Cu-Zn母材ではεと3元のCu-Sn-Znの島状混合相が均一に広がっていく.この時のCu-Sn-Zn相のCu,Sn,Zn組成はそれぞれ約71 at%,15.5 at%,13.5 at%となり,過去の文献に掲載されている600℃の3元系平衡状態図によれば,β-CuZn相に最も近い33).反応最前線の元β-CuZn相であった(ε+β)混合相は,非常に密でボイドの形成がほとんど見られない.これは,Cu母材の際に見られるδ相の生成が,β相の生成によって抑制されたためではないかと考えられる.ボイドは元β-CuZn相と元ε相の界面に形成されるが,これはε相中に形成されたボイドが,その界面で成長したためと考えられる.δ相の生成を伴っていないと考えられ,またε相の領域自体も減少したため,ボイドの占積率はCu母材に比べて非常に小さい.

次に多芯線での拡散反応について示す.多芯線においては,Snはまず周囲のCuと相互拡散する.Cu-Zn母材線の場合には,Cuを消費し切ってCu側でη相が形成されるはずであり,さらに続けてCu-Znと相互拡散する.この時の結晶組織は,Fig. 1(b)のようになり,基本的に,単芯の拡散対と同様の拡散現象が起きると考えられる.従って,単芯材と大きく違う点を挙げるとすれば,外側に向けたCu/Snの拡散経路が制限される点である.

多芯線試料は,国立研究開発法人物質・材料研究機構においてホームメイドで作製されたラボスケールのものであり,前駆体線材においては,複数のSn芯がNbサブバンドルと分離され,中心部に配置されている.さらにSn芯にはCu,Nb芯にはCuもしくはCu-Zn母材が用いられている.こうした構造は加工性改善のためである24).実用線材と比較してSn拡散長は大きいが,予備熱処理及びNb3Sn生成熱処理時の拡散反応最前線での反応現象は,実用線材と本質的には同様と考えられる.線径は0.6 mm,Nb芯数は684,Nb芯径は約8 μm,芯間のバリア厚は約0.5 μm程度である.フィラメント領域におけるNb占積率は約36%であり,実用線材と比較して約30%低い.Nb/Sn面積比は約1.8である.

Fig. 2に,純Cu,Cu-15 mass%Zn,Cu-12 mass%Znを母材にした多芯前駆体線材(試料名をCu-ST1.6,15Zn-ST1.6,12Zn-ST1.6とする.STはSn芯へのTi添加を意味し,1.6はTiのmass%を表わす)における,550℃ × 100 h(550℃までの昇温時間は24 h)後のSEM組織を比較したものを示す.

Fig. 2

SEM images of the microstructures of (a) Cu-ST1.6, (b) 15Zn-ST1.6 and (c) 12Zn-ST1.6 after the heat treatment at 100 h/550℃.

Fig. 2に示される通り,Cu-ST1.6においては,ボイドがNb芯からなるサブエレメント間だけでなく,サブエレメント内部のNb芯間にも広く生成していることがわかる.550℃後の母材組織は,中心部に単相のε相とその外周部にα相が形成され,ボイドは両相の間に形成されている.先の単芯の拡散対の場合には,非常に大きなボイドが形成された場合でも,外側から中心に向けてのCuの拡散経路が確保されており,中心部はε+αの島状組織となった.しかし多芯線の場合には,フィラメント間,およびサブバンドル間の幅が狭く,ボイドの形成によりCu拡散経路がほぼ完全に遮断されたため,中心部はε相のままとなったと考えられる.また外側のα相は,逆にSnがほとんど拡散せず,Sn濃度の非常に低いα相のままである(Fig. 3).

Fig. 3

SEM images and EDX maps on the cross-section of (a)Cu-ST1.6 and (b) 15Zn-ST1.6 heat-treated at 100 h/550℃.

一方で,Cu-Zn母材試料では,Nb芯間にボイドの形成は見られず,ボイドの形成が大幅に抑制されている.これは,先に述べたように,β-CuZn相の生成が大きく寄与したためと考えられる.Fig. 2にはβ-CuZn相は見られないが,これは,Fig. 1(b)のように550℃の熱処理の初期段階で島状ε+β混合相が生成されたのち,ボイドの形成が抑制されたために,Cu/Sn相互拡散が阻害されず,熱処理の進行によるCuの拡散に伴ってβ相がα相に変化したためと考えられる.

15Zn-ST1.6と12Zn-ST1.6を比較してみると,12Zn-ST1.6の方がよりボイドの生成が抑制され,Snが全体にわたって均質に拡散しているように思われる.Cu/Sn単芯材の結果では,Cu-15 mass%Zn母材試料の方がβ相の成長速度が速い,すなわち,Cu/Snの相互拡散が促進される結果が示されており,加えて若干ボイドの生成が多かったことも示されている28).これは,Zn増加によって,CuとSnの拡散速度の差が大きくなったことを示唆している.こうしたことから,Snの均一拡散という点では,Cu/Snの相互拡散が速いことが決して望ましいわけではなく,あくまでCuとSnの拡散速度のバランスをとることが重要であると言える.

ここで話が変わるが,CuとSnの相互拡散に影響を与える要因としては,Sn芯にTiを添加した際の,Nbサブエレメント界面におけるTiリッチ層の形成も考慮しておかなくてはならない26,28,34)Fig. 4に,12Zn-ST1.6における550℃ × 100 h後のEDXマップを示す.TiはSnと化合物を作りやすく,Sn-Ti化合物としてSn中を拡散する.このSn-Ti化合物は,内側サブエレメント界面に到達すると,フィラメント間に侵入できずにTiリッチ層を形成し,Tiの拡散を大幅に低減させる.このTiリッチ層は薄いため,正確な組成分析は困難であったが,おそらくSn-Ti化合物が堆積してサブバンドル界面に成長したものと考えられる.我々の試料では,このTiリッチ層は650℃の熱処理後も見られている26,28)

Fig. 4

EDX maps on the cross-section of 12Zn-ST1.6 heat-treated at 100 h/550℃.

Fig. 5は,Nb芯数を684芯から1980芯に増やした(すなわち,フィラメント径が細くなるのと同時に,フィラメント間隔が狭まった)試料(12Zn-ST1.6-1980とする)における,550℃ × 100 h熱処理した後のEDXマップである.同じ12 mass%Znであっても,フィラメント間が狭まると,Tiの拡散は抑制され,サブバンドル間にも厚いTiリッチ層が形成される.これが拡散障壁となり,Snの拡散も不十分となって,外側までSnが行き渡らない様子がうかがえる.その改善については次の節で述べる.

Fig. 5

EDX maps on the cross-section of 12Zn-ST1.6-1980 heat-treated at 100 h/550℃.

3.2 Ti添加方法の影響

Tiは,古くからBc2およびJcの向上を促す添加元素として詳細な研究がなされてきた1,2).Tiの添加方法については,ブロンズ法の場合はNb芯,もしくはブロンズ母材への添加が行われた.ブロンズ法でのTi添加場所によるNb3Sn結晶組織,Jc-B特性への影響はロシアのグループで詳しく研究されてきた35-37).彼らはその中で,Tiを母材に添加する方が,Nb3Sn層内の等軸晶領域を増大する傾向があり,NbへのTi添加に比べてより微細な結晶組織が得られると報告している.

内部スズ法ではNb芯,もしくはSn芯への添加に加え,母材への添加が考えられる.先に示した通り,内部スズ法では,Sn芯へのTi添加により,Tiリッチ層が形成されることが新たに問題となる.Nb3Sn層の特性改善にはその解決が不可欠である.

Fig. 6に,Sn芯ではなくNb芯に0.8 mass%Tiを添加した,ST線材と同様の断面構成の試料(試料名を15Zn-NT0.8とする.NTはNb芯へのTi添加を表わし,0.8はその組成を表わす)および12Zn-ST1.6の,100 h/550℃ + 100 h/650℃の熱処理後のEDXマップを比較する.Tiはボイドのエッジに偏析する傾向はみられるものの,NT試料では,ST試料で見られたTiリッチ層の形成は全く見られず,サブエレメント内のSn及びTi分布も,ST線材に比べて著しく改善されていることが確認できる.ST線材では,外側Nb芯に多数の未反応Nbが確認される.このように,TiをNb芯に添加することで,Tiリッチ層の問題は大きく改善される.結果的に,Sn,Ti分布の均一性が改善されることで,主にその後生成されるNb3Sn層の結晶粒径の均一性,濃度勾配の均一性が改善されることが期待される.

Fig. 6

EDX maps on the cross-section of (a) 15Zn-NT0.8 and (b) 12Zn-ST1.6 after the heat treatment at 100 h/550℃ + 100 h/650℃28).

次にFig. 7には,12Zn-ST1.6,15Zn-ST1.6,15Zn-NT0.8,Cu-ST1.6におけるNb3Sn結晶粒径の最終追加熱処理温度依存性を示す.前段熱処理として,100 h/550℃ + 100 h/650℃の熱処理が施されている.650℃の粒径は前段熱処理直後の値を示している.一般的に実用線材の予備熱処理は550℃以下で行われ,650℃辺りでNb3Sn生成処理が行われている.本試料で追加熱処理を行うのは,本ラボラトリー試料では,フィラメント径が実用線材に比べて大きく,またSn拡散長が大きいため,650℃の熱処理だけではNb3Snの生成が不十分なためである.従って,ここで議論している最終熱処理の温度領域は,実用線材ではもう少し低い温度領域を指していると考えてもよい.

Fig. 7

Grain size as a function of final heat treatment temperature for 12Zn-ST1.6, 15Zn-ST1.6, 15Zn-NT0.8 and Cu-ST1.6 after the pre-annealing of 100 h/550℃ + 100 h/650℃. The data for 650℃ is the value just after the pre-annealing. The holding time for the final heat treatment is 100 h.

粒径解析を行ったフィラメントは,いずれも最内層サブバンドル内からいくつか選定したフィラメントである.ブロンズ法ではSn供給量が少ないために,Nb芯中心に未反応部が残り,その隣に柱状晶,さらにその隣の母材側に等軸晶が形成される.一方反応が進みやすい内部スズ法のNb3Sn層の結晶組織は基本的に等軸晶で構成されるが,Ti量が少ないと,Nb芯の中側に柱状晶が形成される27).今回のST試料ではTi量は十分多く,解析対象のフィラメントはすべて等軸晶Nb3Sn層であった.NT試料でも同様であった.従って粒径解析はいずれも,対象のフィラメントにおいて,フィラメント中心から外側バリア界面までの領域を選択し行っている.参考までに,本試料では線材中心にSn芯を集中的に配置しているために,外側サブバンドルではSnの拡散距離が長く,Sn供給が低下しており,フィラメント中心に柱状晶的にNb3Sn結晶粒が粗大化する傾向が見られることも付記しておく.

Fig. 7に示されているように,680℃以下の低い温度領域では,外挿されたST線材のNb3Sn結晶粒径はNT線材に比べて小さくなるように見える.この傾向は,これまでブロンズ法の研究で報告されてきた結果と一致する35-37).一方,それ以上の温度領域になると,NT試料の方が結晶粒の粗大化が抑制される傾向にあることがわかった.またCu母材試料では,Zn添加線材に比べて結晶粒径が大きい傾向が見られた.

3.3 Jc-B特性に対する結晶組織的考察

Fig. 8に各試料の代表的なJc-B特性をまとめる.試料は,100 h/550℃ + 100 h/650℃の熱処理に加え,100 h/670~715℃の追加熱処理を行った.先に述べた通り,650℃の熱処理だけではNb3Snの生成が不十分なためである.

Fig. 8

Jc-B characteristics for 12Zn-ST1.6, 12Zn-ST1.6-1980, 15Zn-ST1.6, Cu-ST1.6 and 15Zn-NT0.8.

Nb3Sn線材の主要な磁束ピンニングセンターは結晶粒界と考えられているが,これまでの結果からもわかるように,必ずしも非銅部Jc-B特性と粒径に完全な相関があるわけではない.それは,非銅部Jc-B特性が粒界の磁束ピンニングに加えて,Bc2の値(すなわち化学量論性)やNb3Sn層の体積分率(主に等軸晶領域)にも依存しているためである.エピタキシャル成長によるレアアース系超伝導薄膜の生成と異なり,拡散反応によるNb3Sn層は非常に複雑な多結晶組織となり,粒径や濃度勾配,Nb3Sn体積分率,組成などの物性値は,仕込み組成や断面構成,熱処理条件に大きく依存し,かつその影響の程度が異なっている.従ってNb3Sn線材の性能最適化は,個々の変化の傾向を理解しつつ,バランスを保った製造条件の最適化が重要となる.

例えばNb/Cu-Sn拡散反応によるNb3Sn層の生成過程においては,Snの拡散に伴ってNb3Sn層の成長(反応最前線での核生成頻度の向上,および化学量論組成の改善)と共にNb3Sn結晶粒の成長が起こる.ともに高Jc化にとって重要な層成長と粒径微細化は,いわばトレードオフの関係にある.重要な点は,層と粒の成長速度が互いに異なるという点である.成長速度は温度だけでなく,Cu母材中のSnの化学ポテンシャルや熱処理前のNb結晶組織(例えばNb中の微細析出物の存在)にも依存している.従って高Jc化は,極めて単純化して見れば,これらを制御して,層成長を促進しつつ,粒成長を抑制する条件を見出すことであるといってもよい.最近話題となっているNb芯におけるZr内部酸化法は,熱処理前のNb結晶組織を制御することにより,粒成長の抑制と,Snの粒界拡散の促進による層成長を両立した方法といえる4)

加えて高Jc化にとっては,これまで考察してきたとおり,Nb3Sn層の生成熱処理前に,いかに均一にSnを母材中に分布させるかという点も重要である.Nb3Sn層の生成熱処理前において,Snが不均一に分布していると,Nb3Sn層の生成過程において,結晶粒径や組成のばらつきを誘発し,それがJc特性に影響するためである.Snの均一拡散は,予備熱処理中の母材内におけるSn拡散をいかに促進するかにかかっているが,それにはボイドの形成も大きく関わっている.ボイドの形成によってSnの拡散が阻害されるためである.

本研究におけるCu母材へのZn添加は,母材中のSn化学ポテンシャルの向上を図り,反応最前線でのNb3Sn結晶粒の核生成を促進して層成長を向上する効果がある.Fig. 7に示すように,Cu-Zn母材の場合,同じ熱処理温度でも,Cu母材試料に比べて結晶粒が微細なのは,Nb3Sn結晶粒の核生成がより早く行われるためと考えられる.従って熱処理温度を少し高めることによって,結晶粒の粗大化を抑制しつつ,Nb3Sn層の化学量論組成を改善する効果も期待できる.加えてZn添加には,Snの均一拡散を促進する効果もある.

Fig. 8において,まずST線材の特性を比較すると,12Zn-ST1.6で最も特性が高かった.Fig. 3-5を比較すると,12Zn-ST1.6で最もボイドの生成が少なく,Snがより均一に全体的に行き渡っている様子がわかる.こうしたSn拡散の改善がJc向上の要因と考えられる.Cu-12 mass%Zn母材でも,フィラメント数が多い(フィラメント間隔が狭い)試料(12Zn-ST1.6-1980)ではSn拡散が不十分となり,Jcは低かった.

Cu-ST1.6のJcは,最終熱処理700℃ × 200 hのものしか測定しておらず,厳密な比較はできない.この条件の結晶粒径は約250 nmであり,Cu-ST1.6のJcが著しく低かった理由として粒粗大化の影響は無視できない.しかし一方で,仮に熱処理時間を短くしても,Cu母材ではNb3Sn生成反応前のSn分布の不均一さの問題は残る.本試料は予備熱処理を550℃で実施しており,先に考察したように,440℃以上の熱処理では,δ相が生成すると指摘されており,この影響で想定以上にボイドの形成を促進したと考えられる.その結果Nb3Sn層の生成熱処理前のSn拡散が不十分となっている.これを改善するためには,予備熱処理の温度を440℃以下にしてδ相の生成そのものを回避することが必要である33).ただしそれでも,Cu母材の場合にはε相の成長に伴うボイドの成長の問題は残る.Cu母材の場合には,より細かな予備熱処理条件の制御(たとえばε相が形成されてもボイドの成長が抑えられる熱処理条件を見出すなど)が必要と考えられる.

ST線材とNT線材を比較すると,NT線材で大幅なJc向上が認められた.例えば16 Tでは,15Zn-ST1.6のJcが約585 A/mm2であるのに対し,同じZn量の15Zn-NT0.8では約800 A/mm2であった.これは,Tiリッチ層の形成がないこと,それによってSnおよびTiの分布が大きく改善されたことが,非常に大きな影響を与えたことを示唆している.加えて700℃以上の熱処理では,NT線材の方が微細な結晶組織が得られていることも影響していると思われる.

今回の結果では,Tiリッチ層の抑制効果が非常に大きく,Nb芯へTiを添加した方が優れたJc特性が得られることが明らかとなったが,ブロンズ法での報告にもある通り,母材にTiを添加する方がNb3Sn層の結晶粒が微細化できるとの報告もある.最も望ましいのは,Tiリッチ層を抑制しつつ結晶粒の微細化を実現することであり,その意味で,TiをSn芯ではなく母材に添加することも新たなTi添加方法として考えられる.ただしこの場合には,Cu-Zn母材へのTiの低い固溶限の問題を新たに解決しなくてはならない.

3.4 Zn+微量Mg同時添加

本節では,Zn添加と微量のMgの同時添加の効果について示す.本試料では,TiはSn芯に1.6 mass%添加されている.まずFig. 9に,Cu-12 mass%Zn-0.2 mass%Mg母材のNb 1980芯線材(試料名を12Zn-0.2Mg-1980とする)の,100 h/550℃ + 100 h/650℃の熱処理後のEDXマップならびにその後,これまでと同様に100 h/700℃の追加熱処理を施した後のEDXマップを示す26).本来,Nb芯径を細くした方が,Nb3Sn生成時のSn拡散距離が短くなるので,熱処理温度の低下,それに伴う結晶粒の微細化が期待できるが,前節で述べたように,1980芯線材ではフィラメント間隔が狭く,またTiをSn芯に添加した場合には,Tiリッチ層の形成により,著しくSn拡散が抑制されることが予想される.しかしながらMgの同時添加ではSnの母材中への拡散が大幅に改善されることが新たにわかった.まず大きな要因として,母材に微量のMgを同時添加すると,Tiリッチ層の形成が抑制される傾向にあることがわかった26).すなわち微量Mg添加では,TiをNb芯に添加しなくても,SnおよびTi分布が大幅に改善できることが示唆される.これまで行ったCu-Mg母材線に関する研究では,MgがTiと結合しやすい傾向が見られている25).それによって,粗大なSn-Ti化合物の形成が抑制された可能性は考えられる.このように微量Mg添加では,Nb 1980芯の場合でもSn拡散が良好であった.

Fig. 9

EDX maps on the cross-section of 12Zn-0.2Mg-1980 after the heat treatment at (a) 100 h/550℃ + 100 h/650℃ and (b) 100 h/550℃ + 100 h/650℃ + 100 h/700℃26).

Fig. 10には,粒径の熱処理温度依存性をまとめたものを示した.図には比較のため,12Zn-ST1.6-1980の粒径の温度依存性も示した.微量のMg添加はまた,結晶粒径の粗大化の抑制にも効果があることがわかる.

Fig. 10

Grain size as a function of final heat treatment temperature for 12Zn-ST1.6-1980 and 12Zn-0.2Mg-1980 after the pre-annealing of 100 h/550℃ + 100 h/650℃. The data for 650℃ is the value just after the pre-annealing. The holding time for the final heat treatment is 100 h26).

Fig. 11は,12Zn-0.2Mg-1980における最終熱処理温度に対するJc-B特性を示したグラフである.12Zn-ST1.6-1980のJc-B特性と,同じ670℃(12Zn-ST1.6-1980の最適熱処理温度)の条件で比べると,高磁界特性がやや低い.微量のMgを添加すると,結晶粒が微細化される一方,化学量論性がやや低下し,Bc2が低下する傾向があるように思われる.これを改善するために,熱処理温度を685℃とした.その結果,高磁界特性だけでなく低磁界特性も大幅に改善した.Jc-B特性は急峻さを保っており,12Zn-ST1.6と比べても12 Tの値では約2割程度の向上があった.これはTiの偏析が少なく,Sn,Tiの拡散が改善されたこと,さらに結晶粒が微細化されたことが大きな要因と考えられる.

Fig. 11

Jc-B characteristics for 12Zn-0.2Mg-1980 with respect to the final heat treatment temperature26).

4. まとめ

本研究では,Nb3Sn線材の新しい組織制御方法の1つとして,内部スズ拡散法におけるCu母材への元素添加に関して,従来のCu母材の場合の拡散反応現象と対比させて論じた.Nb3Snの組織制御では,制御パラメーターが豊富で複雑である.従って高Jc化には,個々の影響を理解しつつ,バランスを保った製造条件の最適化が重要となってくる.母材への元素添加は,組織形成を大きく変えることが可能であり,組織制御において新たな自由度を生む.

内部スズ法におけるCu母材への元素添加の研究は,新しいテーマであり臨界電流密度特性の向上だけでなく,固溶強化による機械的強度の向上など,機能性の創成も期待できる.本稿がNb3Sn開発をさらに活性化し,Nb3Snの新しい道を切り開くきっかけとなれば幸いである.

本研究の一部はJSPS科研費JP18K04249の助成を受けたものです.

文献
 
© 2019 The Japan Institute of Metals and Materials
feedback
Top