日本金属学会誌
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論文
Cyclic-HPT加工により得られる定常結晶粒径に及ぼす1パスひずみの影響
佐藤 宏和足立 望戸髙 義一
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2021 年 85 巻 2 号 p. 67-74

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Abstract

The effect of one-pass strain, |±Δε|, on grain refinement was systematically investigated by cyclic - HPT straining with a repetitive deformation process in which positive and negative shear strain are introduced. The steady-state grain size, dss, depended on |±Δε| rather than the given total strain, ΣΔε|. The unstable dislocation cell walls formed by positive strain, +Δε, was discomposed by negative strain, −Δε. The stability of dislocation cell wall increased as the number of dislocations introduced by applying |±Δε| in a grain, n, increased. The decrease in n was caused by decreasing +Δε and grain size. It was found that n affected the stability of dislocation cell walls and was an important factor in determining dss.

1. 緒言

塑性変形による結晶粒の微細化はHansenらによって提唱されたgrain subdivisionモデルにより理解される1,2.このモデルによると,塑性変形によって結晶粒内に転位が蓄積することで転位セルが形成される.塑性変形の進行と共に転位セルサイズが微細になり,転位セル壁が高角化することで結晶粒の微細化が生じる.grain subdivisionモデルに基づき,結晶粒の微細化についての研究が広く行われており,結晶粒径は与えられたひずみ量の増加と共に微細になることが明らかにされてきた.その過程で,より大きなひずみを与えることを目的とした巨大ひずみ加工と呼ばれる加工法が提案された.巨大ひずみ加工として,Equal-Channel Angular Pressing(ECAP)加工3やMulti-Directional Forging(MDF)加工4,High-Pressure Torsion(HPT)加工5が挙げられるが,いずれの加工法においても形状不変の加工を前提としており,試料に対して無限大のひずみを与えることができる.

IwahashiらはRoute CのECAP加工を用い,純Alにおけるひずみ量の増加に伴う転位セルの発達過程を調査した6.Route CとはECAP加工の加工経路の1つでパス毎に試料を180°回転させ加工を行うため,正負のせん断ひずみが交互に試料に導入される.また,ECAP加工のように一定ひずみ量の導入を繰り返す加工では,1パスで与えるひずみ量|±Δε|の積み重ねによって試料に与えられる総ひずみ量ΣΔε|が増加する.|±Δε| = 1.1の加工条件で1パスの加工を施した試料では結晶粒内に多くの転位セル壁が観察され,試料中の平均方位差は5°であった.4パスの加工によりΣΔε| = 4.2が与えられた試料では,平均方位差は15°に上昇し,転位セル壁の高角化が認められた.これはgrain subdivisionモデルにおける,転位の導入による転位セルの発達に相当する.

結晶粒微細化にΣΔε|が寄与することは明らかであるが,結晶粒微細化過程における|±Δε|の重要性についても議論されている.下川らは分子動力学を用いて,せん断変形後に同ひずみ量かつ逆向きの剪断変形を加える加工(2パスのRoute CのECAP加工を模擬した加工)によって導入される高角粒界と低角粒界の比率と|±Δε|の関係についての調査した7.このシミュレーションにより,|±Δε|が小さい場合,試料中に導入される粒界は主に方位差の小さな低角粒界であるが,|±Δε|が特定の値を超えると,高角粒界の比率が急激に上昇することが明らかとなった.これはRoute CのECAP加工のように正負のひずみを交互に導入する加工の場合,ΣΔε|に加えて|±Δε|も結晶粒の微細化に重要な因子であることを示している.

また,Route CのECAP加工のように正負のひずみを交互に導入する加工に限らず,ひずみの導入方向がパス毎に変化する繰り返し加工においても,塑性加工による結晶粒微細化過程は|Δε|に依存して変化すると報告されている8.パス間に試料を90°回転させるRoute BのECAP加工により,|Δε| = 1.1の加工をΣ |Δε| = 4.2まで加えた純Alでは高角粒界に囲まれた結晶粒が多数認められたのに対して,|Δε| = 0.23の加工を同Σ |Δε|まで加えた純Alでは,|Δε| = 1.1の試料の結晶粒よりも粗大なサブグレインが多く認められた.

以上のように,ひずみの導入方向がパス間で変わる繰り返し加工の場合,塑性変形により得られる組織が|±Δε|によって変化することが報告されているが,その理由については明らかになっていない.転位セルの発達は,塑性変形により結晶粒内に転位が蓄積されることによって生じるため,結晶粒中に導入される転位の本数が影響している可能性が考えられる.そこで本研究では,試料に+Δεおよび−Δεを交互に繰り返し与える加工法を用いることによって,ΣΔε|および|±Δε|を独立に制御し,結晶粒微細化に及ぼす両パラメーターの影響を系統的に調査すると共に,変形中に導入される転位の本数の観点から,塑性変形によって得られる結晶粒径に及ぼす|±Δε|の影響について検討することを目的とする.

2. 実験方法

同じΣΔε|を与えた場合であっても,塑性加工後の組織は供試材の初期粒径や化学組成によって異なることが知られている.そのため,供試材として合金元素や析出物の影響を極力排除した純Fe(Fe-11ppmC)を用いた.供試材の均質化のために,1000℃で3.6 ksの焼鈍を行った.焼鈍後の純Feの平均粒径daveは190 µm,Vickers硬さHVは0.6 GPaであった.本研究では,試料に与えるΣΔε|を制御するためにHPT加工を用いた.HPT加工とは円板状の試料に上下のジグにより高い静水圧をかけた状態で,ねじりによりせん断ひずみを導入する加工法である.ΣΔε|および|±Δε|の制御は,Monotonic-HPT(m-HPT)加工とCyclic-HPT(c-HPT)と呼ばれる2種類の加工経路を用いて行った.加工経路の模式図をFig. 1に示す.それぞれの加工経路で作製した試料をm-HPT材およびc-HPT材とする.m-HPT加工では一定方向のねじり加工をN回転与えるのに対して,c-HPT加工では任意の回転回数ΔNで回転方向を反転させ,総回転数ΣΔN|を付与する.従って,c-HPT加工は,Route CのECAP加工と同様に,正回転+ΔNによる正のせん断ひずみと負回転−ΔNによる負のせん断ひずみを繰り返し導入する加工である.HPT加工の相当ひずみ量は$\varepsilon = 1/\sqrt{3} \ln ((2 + \gamma ^{2} + \gamma \sqrt{4 + \gamma ^{2}} )/2)$で表される9,10.せん断ひずみ量$\gamma $$\gamma = 2\pi rN/t$で与えられ,rは試料中心からの距離,tはHPT加工中の試料厚さである.ここで,HPT加工における|±Δε|は|±ΔN|により導入されるひずみ量と定義する.c-HPT材においては,+ΔNおよび−ΔNにより,+Δεと−Δεが繰り返し導入される.c-HPT材におけるΣΔε|は,ΣΔN|を上述の式に代入することで求められる.m-HPT加工では回転方向の反転は行わないためΣΔε|と|±Δε|は等しい.HPT加工では,|±ΔN|に加えて,rの増加と共に|±Δε|が連続的に増加するため,|±Δε|を容易に独立制御できる.従って,c-HPT加工は,塑性加工による組織発達過程に及ぼすΣΔε|と|±Δε|の影響の調査に適する加工法と言える.本研究では,初期試料厚さt0 = 0.85 mmの円板状試料(直径d = 20 mm)をHPT加工用試料とし,圧力P = 5 GPa,回転速度ω = 0.2 rpm,室温下でHPT加工を行った.

Fig. 1

Difference between Monotonic-HPT and Cyclic-HPT with a schematic diagram. In the HPT-straining, the relationship between the shear strain γ and the equivalent strain ε is expressed by $\varepsilon = 1/\sqrt{3} \ln ((2 + \gamma ^{2} + \gamma \sqrt{4 + \gamma ^{2}} )/2)$.

m-HPT材およびc-HPT材の評価方法として,Vickers硬さ試験とXRDによる転位密度測定,SEM/EBSDによる組織観察を行った.XRDおよびSEM/EBSD用試料は機械研磨による加工変質層の除去を目的として,過塩素酸メタノールを用いて電解研磨を行った.Vickers硬さ試験には㈱島津製作所製HMV-1ADWを用い,荷重500 g,負荷時間10 sの条件で得られた値の3点平均を測定値としてプロットした.XRD測定装置には,㈱リガク製Ultima-IVを使用し,入射X線にはCu-Kα1線源(40 kV-40 mA,波長0.15418 nm)を用いた.Cu-Kα2の影響はRachingerの方法11により分離を行った.得られたX線ラインプロファイルをVoigt関数でフィッティングすることで半価幅を求めた.半価幅に含まれる装置由来の影響は1000℃,24 hの焼鈍を行ったFe粉末(純度99.998%)の半価幅を用いて除去した12.転位密度測定にはWilliamson and Hall法13を用い,方位パラメーターΓ14,15が等しい(110),(211),(220)の回折ピークの半価幅から転位密度を算出した.SEM観察には㈱日立ハイテク製SU-5000を使用し,加速電圧20 kV,スポット強度70の条件で観察を行った.結晶方位の解析には,㈱TSLソリューションズ製のEBSD測定装置を用い,解析には同社製OIM Analysisを用いた.

3. 結果

3.1 硬度測定

種々の条件で作製したm-HPT材およびc-HPT材のVickers硬さHVrの関係を調査した結果をFig. 2(a)に示す.HPT材の中心部は,回転軸のずれによる誤差の影響を受けやすいため,本研究ではr ≧ 1.0 mmの範囲でデータ整理を行った.

Fig. 2

Change in Vickers hardness HV with (a) distance from center r and (b) total strain ΣΔε| in m-HPT (N = 1, 5 and 10) and c-HPT (|±ΔN| = 1/8, ΣΔN| = 1, 5 and 10).

m-HPT材において,N = 1のHVr = 1.0 ∼ 3.5 mmにおいて,N = 5, 10のHVより低い値であったが,r = 4.0 ∼ 9.0 mmではNによるHVの差異は認められなかった.N = 5と10のHVを比較するといずれのrにおいても同程度の値を示した.HVΣΔε|の関係をFig. 2(b)に示し,HVの上昇が飽和していない領域をオープンマーカー,飽和した領域をソリッドマーカーで示す.以後,HVの上昇が飽和した際のHVを定常硬さHVssHVsteady-state)とする.Fig. 2(b)からm-HPT材はΣΔε| = 4.5でHVHVssに達していることがわかる.一般に,HPT加工によるHVの変化は相当ひずみにより整理できる16,17.本研究のm-HPT材においても同様に,ひずみの導入に伴うHVの変化は,ΣΔε|を関数とする一本の連続的な曲線で整理できた.

ΔN| = 1/8で,それぞれΣΔN| = 1, 5, 10まで加工を行ったc-HPT材では,いずれのΣΔN|においてもrの増加に伴いHVが上昇することがわかった(Fig. 2(a)).ΣΔN| = 5, 10のc-HPT材においてHVの差異は認められず,c-HPT加工をΣΔN| = 5まで行うことでHVssとなることがわかった.ΣΔN| = 10のc-HPT材とN = 10のm-HPT材のHVの比較を行うと,r = 6.5 ∼ 9.0 mmにおいて同程度であったが,r = 1.0 ∼ 6.0 mmにおいてはc-HPT材はm-HPT材よりも低い値を示した.また,Fig. 2(b)からわかるように,+Δε, −Δεの繰り返し変形を受けるc-HPT材では,HV変化はm-HPT材のようにΣΔε|で整理できなかった.ΣΔN| = 1のc-HPT材がHVssに到達したΣΔε|は5.2であったが,ΣΔN| = 5のc-HPT材では4.5においてHVssに到達している.従って,c-HPT材がHVssに到達するためには,ΣΔε|だけでなくc-HPT加工における|±Δε|の繰り返し回数も重要であると考えられる.

c-HPT加工の|±ΔN|を1/8,1/4,1/3と変化させ,|±ΔN|がHVssに与える影響を調査した結果をFig. 3(a)に示す.各c-HPT材のΣΔN|およびHPT材のNは10回転に統一しており,全測定点においてHVssに到達しているため,ΣΔε|の影響は無視できる.c-HPT材におけるHVssの最大値はいずれの|±ΔN|であっても,m-HPT材と同程度の3.5 GPaであるが,3.5 GPaに到達するrは|±ΔN|が大きくなるに従って減少した.同じrで比較した場合,|±Δε|は|±ΔN|の増加に伴い大きくなるため,|±Δε|がHVssに影響していることが示唆される.c-HPT材とm-HPT材のHVssと|±Δε|の関係をFig. 3(b)に示す.HPT加工によって得られるHVssは,|±Δε| < 3の範囲で|±Δε|の増加と共に上昇し,|±Δε| > 3の範囲では一定となることが明らかとなった.

Fig. 3

Change in saturated Vickers hardness HVss with (a) distance from center r and (b) one-pass strain |±Δε| in m-HPT (N = 10) and c-HPT (|±ΔN| = 1/8, 1/4 and 1/3, ΣΔN| = 10).

3.2 転位密度測定

N = 10のm-HPT材のHVssr > 1.0 mmで一定であるため,ΣΔε| = 7.2を中心としてϕ = 8.0 mmの範囲でXRDによる測定を行った.c-HPT材は|±Δε|によってHVssが異なるため,測定範囲をϕ = 5.0 mmと小さくし,|±Δε| = 1.8,2.2,2.6の3箇所を中心として測定を行った.N = 10のm-HPT材のΣΔε| = 7.2におけるρは3.4 × 1015 m−2であった.また,|±Δε| = 1.8,2.2,2.6におけるc-HPT材のρはそれぞれ1.4 × 1015 m−2,1.6 × 1015 m−2,2.3 × 1015 m−2であった.一般に転位強化量はBailey-Hirshの関係18を用いて議論されるが,高木らは結晶粒径がサブミクロンの多結晶鉄に冷間加工を加えた際に強度の上昇が粗大粒(結晶粒径20 µm)の試料と比較して非常に小さかったことから,転位強化の寄与はサブミクロン結晶粒を有する材料では小さいと述べている19.対して,結晶粒微細化強化の影響は結晶粒径がサブミクロンの領域において,より顕在化する.従って,XRDで認められたm-HPT材とc-HPT材のρの差がHVに及ぼす影響は小さいと考えられる.

3.3 組織観察

Fig. 4(a)にN = 10のm-HPT材と|±ΔN| = 1/8とΣΔN| = 10のc-HPT材の各|±Δε|のInverse Pole Figure(IPF)map,Fig. 4(b)に各試料のEBSDより求めた平均結晶粒径daveと|±Δε|の関係を示す.daveはJIS G0551に従い,Planimetric method20-22により求めた.N = 10のm-HPT材においては,ΣΔε| = 6.6の組織を示す.ΣΔε| = 6.6におけるm-HPT材のdaveは250 nmであった.c-HPT材のΔε = 1.0,1,6,2.4におけるdaveはそれぞれ2230 nm,620 nm,320 nmであり,|±Δε|の増加に伴い微細となった.従って,Fig. 3(b)でみられた|±Δε|の増加に伴うHVssの上昇は結晶粒が微細になることで生じたと考えられ,|±Δε|によって塑性変形によって得られる定常状態となった際の結晶粒径が変化することを示している.以降,定常状態となった際の結晶粒径を定常結晶粒径dssdsteady-state)とする.

Fig. 4

Comparison of (a) the inverse pole figure maps and (b) the average grain size with one-pass strain |±Δε| in m-HPT (N = 10) and c-HPT (|±ΔN| = 1/8, ΣΔN| = 10).

塑性変形において,ひずみ速度$\dot{\gamma }$と転位密度ρの間には$\dot{\gamma } = \rho bv$が成り立つことが知られている.ここで,$b $はバーガースベクトル,$v$は転位の平均移動速度である.従って,$\dot{\gamma }$の上昇した場合,ρもしくは$v$が上昇する必要がある.そのため,塑性変形によって得られる結晶粒径は一般に$\dot{\gamma }$の上昇に従い,微細となると考えられている.HPT加工における$\dot{\gamma } $$\dot{\gamma } = 2\pi r\omega /t$で表され,ωが一定であってもrの増加によって$\dot{\gamma }$は上昇する.しかしながら,Fig. 2(a)から明らかなようにN = 10のm-HPT材において,rの増加($\dot{\gamma }$の増加)によるHVssdss)の差異は認められなかった.また,Fig. 3(b)よりrの異なるc-HPT材であってもHVssが同じであることが認められており,これはc-HPT材においても$\dot{\gamma }$の増加によってdssが変化しないことを示している.オロワンの式$\dot{\gamma } = \rho bv$から見積もったHPT加工中(ρ = 1 × 1015 m−2)の転位の平均移動速度$v$は1.2 µm/sで,比較的低速である.従ってrの増加に伴う$\dot{\gamma }$の上昇に対して,$v$の上昇によって対応できたために,ρの変化は小さく,その上昇量は結晶粒径の微細化に寄与しない程度であったことをFig. 2(a)とFig. 3(b)は示している.

また,Fig. 4(a)のIPF mapに着目すると,高角粒界に囲まれた結晶粒内に存在する低角粒界の存在が認められた.この低角粒界は転位によって形成された転位セル壁であると考えられる.Fig. 5N = 10のm-HPT材と|±ΔN| = 1/8,ΣΔN| = 10のc-HPT材の観察視野内における低角粒界と高角粒界の総長さを示す.|±Δε|の減少による低角粒界の総長さの変化はみられなかったが,高角粒界の総長さは|±Δε|の減少と共に短くなった.これは結果は|±Δε|の減少に伴い低角粒界(転位セル壁)の高角化が困難になることを示唆している.

Fig. 5

Change in total length of grain boundaries with one-pass strain Δε in c-HPT (|±ΔN| = 1/8, ΣΔN| = 10) and m-HPT (N = 10).

4. 考察

Fig. 3(b)より,|±Δε| < 3のc-HPT材では,|±Δε|の減少と共により粗大な結晶粒径で定常状態に達することが明らかとなった.これは,|±Δε|の減少により転位セル壁の高角化が困難になったことによると示唆された(Fig. 5).結晶粒微細化は転位セルサイズが微細になり,転位セル壁が高角化することによって生じるため,|±Δε|の減少に伴い転位セル壁の高角化が困難になる現象とdssの大きさは関連していると考えられる.まずは,c-HPT加工の負回転時の転位セル壁の変化についての考察を行う.

Al多結晶を用いて,正負のひずみを交互に加えた際の転位セル組織の変化が調査されている.TEM観察から,引張により4.5%のひずみを付与したことで形成した転位セルが,圧縮により約3.5%のひずみとなるまで負のひずみを付与することで一部分解することが明らかになった23.これに対して,正負のひずみを交互に与えた場合であっても,転位セル壁の分解が生じないとの場合もある.単結晶Al-9at%Cu合金において,13%のひずみにより形成した転位セル壁は0.4%の逆方向のひずみによって分解しなかった24.転位セル壁の分解の有無を決める要因として,方位差を生む転位セル壁内の転位密度の大小が挙げられる.従って,結晶粒内に多くの転位が導入されることで転位セル壁の安定度の向上に繋がると考えられる.c-HPT加工において,|±Δε|が低下すると|±Δε|により導入される転位の本数は減少し,形成される転位セル壁の安定度は|±Δε|が大きいときと比べて低くなると予想される.

そこで,無加工の純Feに対して+Δεおよび−Δεを与え,HVの変化から−Δεによる転位セル壁の分解の可能性を検証した.+Δεとして+N = 1/8のm-HPTを施した試料A,および,試料Aに対し−ΔN = 1/32,1/8の−Δεを付与した試料(試料B,試料C)のHVFig. 6(a)に示す.試料Bは,試料Aと比較して,ΣΔε|が増加しているにも関わらず,HVの上昇は認められなかった.この結果は,−Δεによる転位セル壁の分解が生じ,結晶粒微細化が進行していないことを示唆している.試料Aと試料Bを比較すると,HVr = 4.0 ∼ 9.0 mmにおいて大凡0.3 GPa上昇しており,結晶粒微細化が進行していると考えられる.以上の結果より考えられる試料Aから試料C間の微細組織の変化の模式図をFig. 6(b)に示す.試料Bでは,−ΔN = 1/32によって安定度の低い一部の転位セル壁が分解し,粒内に分散すると考えられる.従って試料Aと比較して試料Bの転位セルサイズは粗大となる.しかしながら,試料Cでは試料A,試料Bと比較してHVが上昇しており,転位セルサイズが微細になったことを示唆している.これは分解された転位(粒内に分散した転位)が転位セルを再形成することに加え,既存の転位セル内に新たな転位セル壁が形成されたことに起因すると考えられる.TEM観察より,4.5%の引張ひずみを与えたAl多結晶に対して圧縮ひずみを加えると,ひずみ方向を反転させた初期には一部の転位セル壁の分解が生じたが,反転前よりも転位セルサイズが微細になると報告23されており,Fig. 6においても同様の現象が生じたと考えられる.緒言で述べたようにRoute BのECAP加工における|±Δε|を小さくすると微細組織の発達が緩やかになるが8,これは1パス目と2パス目に導入されるせん断ひずみに対する負のせん断ひずみがそれぞれ3パス目と4パス目で導入されることで,転位セル壁の分解が生じているためと考えられる.

Fig. 6

(a) Influence of a magnitude of −ΔN after applying +ΔN of 1/8 on Vickers hardness. (b) Schematic diagram of the change in microstructures in each condition.

c-HPT加工中に生じる転位セル壁の安定度の観点から|±Δε|によってdssが変化する理由を検討する.転位セル壁の分解が生じないm-HPT材では結晶粒微細化に伴い,粒界での転位の消滅や異符号の転位同士の消滅の頻度が上昇し,導入されたρと消滅するρが釣り合うことで結晶粒径はdssとなる.|±Δε| < 3のc-HPT材においても転位セル壁の分解が生じずに同様の理由で結晶粒径が定常状態となるのであれば,|±Δε|に依存せずm-HPT材と同程度のdssとなるはずであるが,実際にはFig. 3(b)からわかるようにΔε < 3のc-HPTにおいてはm-HPT材と比較して粗大な結晶粒径で定常状態に達しており,転位セル壁の分解の影響が生じている.c-HPT加工の負回転時に生じる転位セル壁の分解は,転位セルのサイズの微細化および転位セル壁の高角化を阻害するため,|±Δε|により安定な転位セル壁を形成できなくなることで転位セルの発達が止まり,結晶粒径は定常状態になると考えられる.転位セル壁の安定度を決定する一因として転位セル壁内に蓄積された転位の本数が考えられるため,結晶粒内に導入される転位の本数が減少することで,転位セル壁の分解は生じやすくなる.各|±Δε|によって1つの結晶粒内に導入される転位の本数nと結晶粒径dの関係をFig. 7に示す.|±Δε|の大小はカラーバーで表す.HPT加工のようにせん断変形によって転位が導入される場合,導入される転位密度$\rho _{\text{cal}}$$\rho _{\text{cal}} = 4\gamma /bL$で示される25.ここでLは転位がすべり運動を行う距離であり,本研究ではL = dである.結晶粒を一辺の長さがdの立方体,転位の平均長さをdと仮定することで,|±Δε|によって1つの結晶粒内に導入される転位の本数$n$$n = V\rho _{\text{cal} }/ d$で示される.ここで,$V$は結晶粒の体積である.このnの内訳として,回復により減少する転位の本数nrecと結晶粒内に残る転位の本数ndisの2つの要素が考えられるため,本研究ではnnrec = ndisであると仮定する.Fig. 7からわかるようにいずれのΔεであってもdの微細化と共にnは減少するため,ndisも次第に減少し,負回転時に分解しない安定な転位セル壁の形成が次第に困難になり,結晶粒径が定常状態になったと考えられる.同様に,|±Δε|の減少によってnは減少することから,|±Δε|が小さい程,安定な転位セル壁の形成が困難となった際の粒径が大きくなると考えられる.Fig. 7に|±Δε| < 3のc-HPT材のdssとなった際のnをプロットした.各dssについては,無加工材とc-HPT材,m-HPT材のHV$d_{\text{ave}}^{ - 1/2}$間において最小二乗法を用いることで導出したHall-Petchの式26,27$HV = 850 + 1.4d^{ - 1/2}$を用いてHVssから算出した.dssに到達した際のnは,いずれの|±Δε|においても104程度で整理でき,dssnに決定されることを示唆している.従って,nは転位セル壁の安定度に影響を与え,dssを決める重要な因子であると考えられる.また,dssの減少に伴ってnは増大する傾向にあり,より微細なdssを得るためには,余剰にnを導入する必要があることがわかる.dssの減少に伴うnの増大はFig. 7中に点線で示した結晶粒の微細化に伴う粒界密度Svの上昇傾向と概ね一致しており,これは粒界での転位の消滅の影響を示唆している.Svの上昇は粒界での転位の消滅頻度を上昇させるため(nrecの上昇),同じnを導入した場合であってもndisは減少し,安定な転位セル壁の形成は困難になる.そのため,粒径が定常状態となった際のnSvには相関があったと考えられる.現時点ではnrecに与える転位の対消滅の影響を考慮することができていないため今後の課題として検討したい.

Fig. 7

Relationship between the number of dislocations introduced by one-pass strain |±Δε| in one grain n and grain size d. The n at the steady-state grain size dss in c-HPT (|±Δε| < 3) were plotted. Each |±Δε| is indicated by a color in the color bar.

5. 結言

本研究では,m-HPT加工とc-HPT加工を用いることによりΣΔε|および|±Δε|を独立に制御し,純Feの結晶粒微細化に及ぼす両パラメーターの影響を調査した.また,塑性変形中に1つの結晶粒内に導入される転位の本数nに注目し,塑性変形によって得られる定常結晶粒径dssに及ぼす|±Δε|の影響についても検討した.本研究にて得られた結果を以下にまとめる.

(1) ひずみの導入に伴うm-HPT材のHV変化は,ΣΔε|を関数とする1本の連続な曲線で整理できた.一方,+Δε, −Δεの繰り返し変形を受けるc-HPT材では,HV変化はΣΔε|で整理できなかった.

(2) Vickers硬さ試験の結果から,|±Δε| < 3の場合,+Δε, −Δεの繰り返し変形を受けるc-HPT材では逆方向の変形時に転位セル壁の分解を生じることが示唆された.これが,ひずみの導入に伴うc-HPT材のHV変化をΣΔε|で整理できなかった理由と考えられる.

(3) m-HPT加工,c-HPT加工の別を問わず,HPT加工によって得られるHVssdssは|±Δε|によって決まることが明らかとなった.本研究におけるHPT加工の条件(ω = 0.2 rpm,室温)では,HVssdssは,|±Δε| < 3のときに|±Δε|の増加に伴って微細になり,|±Δε| > 3で一定の値となった.

(4) |±Δε| < 3におけるdssは,|±Δε|の塑性変形により1つの結晶粒内に導入される転位の本数nで整理することができた.nは転位セル壁の安定度に影響を与え,dssを決める重要な因子であることがわかった.

本研究は,日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究(B)18H01750の支援を受けて行われたものであり,ここに深甚なる謝意を表します.

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