日本金属学会誌
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論文
水素チャージ下低速度引張せん断試験による高張力鋼板のスポット溶接部の迅速水素脆化評価法
北原 学松岡 秀明浅田 崇史
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2021 年 85 巻 2 号 p. 75-83

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Abstract

Automobile manufacturers are accelerating adoption of spot welding of Advanced High-Strength-Steels (AHSS) sheets to reduce weight of automobile bodies. Rapid evaluation of the hydrogen embrittlement (HE) resistance for the spot-welds of AHSS sheets is required, since it is worried that the HE resistance of the nugget will deteriorate compared to the base metal due to the difference in microstructure caused by rapid cooling and solidification during spot welding. However, evaluation of the HE resistance for the spot-welds have not been established. In this study, we prepared spot-welded specimens using AHSS sheets and performed tensile shear tests with varying tensile rates under hydrogen charging to evaluate the relationship between diffusible hydrogen content and tensile shear strength. As a result, the tensile shear strength of spot welds decreased as the amount of diffusible hydrogen increased. The quasi-cleavage fractured surface and intergranular fractured surface were observed at the nugget and inside the crack generated at the nugget-heat affected zone interface. Furthermore, as the results of crack growth behavior and hydrogen thermal desorption spectroscopy analysis, hydrogen embrittlement in spot welds can be attributed to the stress-induced diffusion of hydrogen and the hydrogen trapped in dislocation and vacancy clusters at the crack tip.

1. 緒論

自動車ボディの軽量化を目的に980 MPa級の高張力鋼板や1500 MPa超級のホットスタンプ材が車体に適用されつつある1.これらの接合には,従来鋼板と同様にスポット溶接が用いられる.しかし,スポット溶接した高張力鋼板の溶融部(ナゲット)は,急冷凝固されるため,水素脆化感受性が比較的低い高張力鋼板であっても,組織変化や硬さの増加により2,ナゲット周辺の水素脆化感受性が高まることが懸念される.実際,溶接部の硬さおよび残留応力が高くなる条件でアーク溶接などの溶融接合を行った場合,環境中の水分や溶加材から発生・侵入した水素により,水素割れ(Hydrogen cracking)が発生することが知られている3.高張力鋼板のアーク溶接部の水素割れについて,多くの先行研究4-10がなされており,溶接金属の強度,拡散性水素量,残留応力が水素脆化感受性に大きな影響を及ぼすとされている.しかし,厚板のアーク溶接中の水素脆化現象や要因解明に関する研究が多く,薄板のスポット溶接部の耐水素脆化特性に関する評価事例は少ない11,12.多種多様な材料組合せをスポット溶接する上では,塗装工程や使用環境から侵入する水素によって引き起こされる水素脆化挙動を鑑みて,設計要件を満足する適正溶接条件を決定する必要がある.したがって,スポット溶接部の耐水素脆化特性評価を把握するために,接合強度に対する拡散性水素量の影響を定量的かつ迅速に評価可能な手法が望まれる.

一方,高張力鋼板の評価法としてはU曲げ13-16,4点曲げ17,18および各種引張試験17-19が用いられている.特に引張試験では,10−5/s以下のひずみ速度で試験を行う低ひずみ速度法(SSRT:Slow Strain Rate Technique)20,1 mm/min程度の引張速度で試験を行う通常のひずみ速度引張試験法(CSRT:Conventional Strain Rate Technique)21および一定荷重で保持して破断/未破断を評価する定荷重試験(CLT:Constant Load Test)22,23がよく用いられ,破断応力と拡散性水素の関係を示す限界拡散性水素量(Hc)もしくは破壊限界線図19,22-24を得ることができる.特に,鋼板の平滑試験片19では,部材の使用環境に比較的近いと考えられるCLTとSSRTから得た破壊限界線図が極めてよく一致したことから,SSRTが最も有効な迅速評価法に位置づけられると考える.

さて,薄板のスポット溶接部の静的強度評価として,十字引張試験,L字引張試験および引張せん断試験が主に実施されている25.L字引張試験について陰極水素チャージ下で実施したところ,陰極水素チャージ下では,大気中に比べ,破断荷重が低下することを報告している11が,他の主要試験法については水素の影響について検討された例はない.

そこで,本研究では,高張力鋼板同士をスポット溶接した試験片を作製し,拡散性水素を導入した状態で引張せん断試験を実施し,拡散性水素量と引張せん断強さの関係を定量的に評価することを試みた.また,引張速度を変化させて水素導入下で引張せん断試験を行い,拡散性水素量と引張せん断強さに対する引張速度の依存性について評価した.さらに破壊形態や破壊過程を評価し,高張力鋼板のスポット溶接部における水素脆化挙動について考察した.

2. 実験方法

2.1 試験片の作製方法

既報19で水素脆化感受性が明らかになっている1500 MPa級高張力鋼板を供試材とする.Table 1に,供試材の化学組成を示す.

Table 1 Chemical composition of AHSS sheet (mass%).

本実験では,引張せん断試験時の引張速度の影響だけを抽出するために,後述する2種の試験機とFig. 1およびFig. 2に示す2種の試験片を用いる.試験片1は一般に引張せん断試験で用いられる試験片形状であるが,セッティング時の試験者の力量によりねじれや曲げの影響を受けやすい.一方,試験片2では,φ10 mmの穴部を絶縁ピンで支持する方法のため,それらの影響が軽減されると考えた.また,両試験片は全長,チャッキング部の形状こそ異なるが,接合部は同じ形状となっている.Fig. 1の接合試験片1では,幅30 mm × 長さ100 mm × 厚さ1.2 mmの供試材を使用し,Fig. 2の接合試験片2では,幅30 mm × 長さ60 mm × 厚さ1.2 mmを使用する.両者とも,供試材を30 mm重ね合わせた状態で,先端径φ6 mmの電極を用いてスポット溶接した.溶接条件は,荷重3.5 kN,電流5 kA,および通電時間を60 msとした.スポット溶接の溶融部(ナゲット)径は約3.1 mmであった.

Fig. 1

Illustrations of the spot-welded specimen 1.

Fig. 2

Illustrations of the spot-welded specimen 2.

2.2 組織観察およびビッカース硬さ測定

スポット溶接により作製した試験片のスポット溶接部の組織観察およびビッカース硬さ試験を実施した.試験片からナゲットを含むように切り出し,エポキシ樹脂で埋め込んだ後,鏡面研磨を実施した.組織観察を行うため,2.5%ナイタール液によりエッチングを行い,光学顕微鏡にて観察した.その後,マイクロビッカース硬さ計により荷重4.9 Nで圧子を打ち込み,ビッカース硬さ(以後,硬さと表記する)を測定した.

2.3 水素脆化特性評価

強度は引張せん断試験にて評価を実施した.引張せん断強さに対する水素の影響を評価するために,事前に水素を接合試験片内に飽和させるプレ水素チャージを実施した後,水素チャージ環境下で,引張速度を変えて引張せん断試験を実施した.

2.3.1 水素チャージ

プレ水素チャージおよび引張せん断試験中の水素チャージには陰極電解水素チャージ法を用いた.水素チャージはTable 2の条件で行った.水素チャージ条件に関し,条件Aでは水素チャージを実施せずに室温大気中で試験を行った.今回実施した水素チャージ条件として,試験片の腐食を抑制し,水素量を制御するために,試験片を0.1 M NaOH水溶液に浸漬し,ポテンショスタット(HA-151B,北斗電工㈱)を用いて1 V vs. Ag/AgClで定電位分極する方式(条件B)と,3%NaCl水溶液にNH4SCN(Ammonium thiocyanate)を0-30 g/Lとなるように添加した水溶液に試験片を浸漬し,電流密度が1 mA/cm2で定電流分極する方式(条件C, D, EおよびF)の2種を採用した.なお,NH4SCNは水素侵入促進剤として添加した.

Table 2 Hydrogen charging conditions.

スポット溶接部のみの水素脆化特性を評価するために,試験片に導線をスポット溶接し,板合わせ部(Fig. 1およびFig. 2のa部)を除き,マスキングテープおよびマスキングゴムで被覆した.水素チャージはマスキングがされていない部分のみ(面積:18 cm2)に対し実施した.水素チャージに用いる水溶液は試験片1つに対し,1 Lとし,試験片を浸漬させ,ポテンショスタット(北斗電工㈱,HB-151)にて一定の電位あるいは電流密度になるように制御し,水素チャージを行った.

2.3.2 引張せん断試験

プレ水素チャージを24 h実施後,引張せん断試験に供した.引張せん断試験は引張速度を1 mm/minと0.005 mm/minとして変化させて実施した.ここで,1 mm/minは一般に引張せん断試験で行われる引張速度,0.005 mm/minは,既報19の鋼板の遅れ破壊評価で実施したSSRTの引張速度に相当する.本報では,1 mm/minで実施した引張せん断試験をC-TST(Conventional Tensile Shear Testing),0.005 mm/minで実施した引張せん断試験をS-TST(Slow displacement rate Tensile Shear Testing)と称する.S-TSTの概略図(自社設計・製作品)をFig. 3に示す.S-TSTでは,試験片および試験治具は試験溶液を貯められる槽の中に設置してあり,プレ水素チャージした試験片を試験治具に設置後,槽内に試験溶液を入れ,槽内の試験片,参照極,対極とポテンショスタットをつなぎ,プレ水素チャージと同条件で水素チャージを実施しながら,試験を実施した.C-TSTでは,10 min以内の短時間で試験が終了し,水素拡散の影響が少ないと考えられたため,プレ水素チャージした試験片(Fig. 1およびFig. 2)を試験治具に設置し,試験中の水素チャージを行わずに試験を実施した.C-TSTは万能試験機(AG-50KNI,㈱島津製作所)およびサーボパルサー(NJ-30kNV-50,㈱島津製作所)によって実施した.試験終了後の試験片は,即座に液体窒素中に入れ,拡散性水素の散逸を防止した.試験後の試験片に対して,拡散性水素量の測定のために水素昇温脱離分析と,破壊形態および破壊過程を評価するためにスポット溶接部の破面およびき裂発生・進展挙動の観察(フラクトグラフィ)を実施した.

Fig. 3

Illustration of hydrogen embrittlement resistance evaluation method in S-TST.

2.4 水素昇温脱離分析

試験後,液体窒素中で保管しておいた試験片のナゲットを含む部位を約7 mm × 30 mmの大きさで切断し,水素分析を行った.分析には,ガスクロマトグラフ式水素昇温脱離分析装置(SGHA-P2/NISSHAエフアイエス㈱製)を用いた.400 cc/minのAr気流中で室温から200℃まで,2℃/minで昇温し,昇温脱離スペクトルを得た.その際,25-150℃までの範囲で得られた昇温脱離スペクトルを積分し,試験片内に吸蔵された拡散性水素量とした.また,試験後のスポット溶接部に吸蔵された拡散性水素量の水素トラップサイトの考察のために,より高分解能な拡散性水素分析を実施した.装置には,高周波加熱型昇温脱離分析装置(IH-TDS1700/電子科学㈱)を使用し,測定条件は,高真空中で−50℃から150℃まで2℃/minで昇温し,昇温脱離スペクトルを得た.

2.5 破面およびき裂発生・進展挙動の観察(フラクトグラフィ)

試験後の破面形態を調査するために走査電子顕微鏡(SEM,Scanning Electron Microscope)にて観察した.また,条件CでS-TSTを行った試験片については,き裂発生・進展挙動の調査のため,所定の荷重で試験を中断した試験片の長手方向の断面を光学顕微鏡にて観察した.

3. 結果

3.1 スポット溶接部の金属組織および硬さ

Fig. 4にスポット溶接部の金属組織を示す.母材,HAZ,ナゲットのいずれもラス状のマルテンサイト組織が主であることを確認した.ナゲット内部においてHAZとの界面から最終凝固部に向けた凝固方向を反映した柱状様組織が観察された.最終凝固部周辺は等軸晶であった.また,硬さはナゲットおよび母材ともにその平均値は約500HV4.9であった.一方,HAZは溶接時の熱により焼きなまされ,300HV4.9程度まで低下していた.

Fig. 4

Optical micrograph and SEM images of spot welds.

3.2 引張せん断試験結果

Fig. 5に,各条件下で試験したときの引張せん断強さを示す.引張せん断強さは,最大荷重を破断後のナゲットの面積で除して算出した.C-TSTでは,条件Cおよび条件Dで水素チャージを行っても,大気中と変わらない引張せん断強さを示したが,条件Eおよび条件Fで引張せん断強さの低下が見られた.一方,S-TSTでは,水素チャージを実施したB, C, D, EおよびFの全条件で引張せん断強さは低下した.

Fig. 5

Tensile shear strength of spot welds obtained by C-TST and S-TST.

Fig. 6に,各条件下で引張せん断試験後の試験片に吸蔵されていた拡散性水素量を示す.C-TSTおよびS-TSTの両者とも拡散性水素量に違いは認められなかった.0.1 M NaOH中の定電位分極した条件よりも3%NaCl中で定電流分極した条件の方が,拡散性水素が多く吸蔵された.また,3%NaCl中で定電流分極した条件では水素侵入促進剤としてNH4SCNが水溶液中に添加されることで大幅に拡散性水素量が増加し,NH4SCN量が多くなる条件ほど,拡散性水素量は増加した.

Fig. 6

Diffusible hydrogen content of spot welds after C-TST and S-TST.

Fig. 7に,各種引張せん断試験における引張せん断強さと拡散性水素量の関係を示す.C-TSTでは拡散性水素量が0.5 wt. ppmまでは引張せん断強さの低下が見られなかったが,それ以上では拡散性水素量が増加するにつれ,引張せん断強さが低下した.一方,S-TSTでは拡散性水素量がわずか0.003 wt. ppmで引張せん断強さの低下が見られ,それ以上では,拡散性水素量が増加するほど,引張せん断強さが漸減した.確認のため,C-TSTでは試験片2についても評価(印)を行ったが,試験片1と同じ強度レベルであったため,両試験に試験片形状の影響は少ないものと判断する.以上より引張速度が遅いS-TSTの方が,少ない拡散性水素量で強度が大きく低下する,すなわち,水素脆化感受性が高く評価されることが明らかになった.

Fig. 7

Dependence of tensile shear strength on diffusible hydrogen content for difference in evaluation methods.

3.3 引張せん断破面のフラクトグラフィ

Fig. 8に,引張せん断試験で得られた各試験片のマクロ破面観察結果を示す.S-TSTの条件の試験片を除き,いずれも写真の上下方向が負荷方向であり,写真の上部(ナゲット上端部)が本試験片の応力集中部となっている.まず,C-TSTの破面については,条件A-条件Eではナゲット界面で破断しているのに対し,条件Fは応力集中部から発生した主き裂がナゲット内の板厚方向へ迂回しながらナゲット内部を進展したような隆起した破面形態となっている.また,水素チャージしていない条件Aと,強度低下が見られなかった条件Cおよび条件D(拡散性水素量として~0.5 wt. ppm相当の水素チャージ条件)は,比較的平坦な破面形態となっている.一方,強度低下が見られた条件Eの破面には,応力集中部付近およびナゲットとHAZ界面に破面直交方向に進展したき裂が多数観察された.条件Fも同様で,応力集中部付近にき裂が多数観察され,またナゲット内部にも大きなき裂が確認された.つぎに,S-TSTの破面を見ると,条件Aおよび条件Bではナゲット界面で破断しているのに対し,条件C-条件Eは応力集中部から発生した主き裂がナゲット内の板厚方向へ迂回しながらナゲット内部を進展したような隆起した破面形態となっている.また,条件Fは他の試験片とは異なり,ナゲット界面から板厚方向に進展した主き裂によって母材破断となっていた.

Fig. 8

SEM images of macro fracture surfaces of spot welds after tensile shear tests in various hydrogen charging conditions.

Fig. 9には,応力集中部近傍(Fig. 8の上部)の破面のミクロ観察結果を示した.また,このミクロ観察結果をもとにFig. 8のマクロ破面を延性破面(Ductile,赤色の点線で囲った部分)と粒界破面および擬へき開破面が多く観察された部分(それぞれIGおよびQC,青色の破線で囲った部分)で分類し示す.強度が低下しなかった試験片については,負荷方向に伸長したディンプルが確認されたことから,これらは延性破壊していることがわかった.C-TSTとS-TSTの両試験で,同程度の強度を示した試験片(C-TST:条件E,S-TST:条件B)は,いずれも負荷方向に伸長した延性破面がナゲット内部で確認され,またき裂内部には粒界破面や擬へき開破面が混在していた.比較的大きな強度低下が確認された試験片(C-TST:条件F,S-TST:条件C,条件Dおよび条件E)では,破面の大部分で粒界破面や擬へき開破面が確認できた.特に,C-TSTの破面では,ナゲット端部で粒界破面,ナゲット内部で擬へき開破面が大部分を占めるような傾向となった.なお,C-TSTの条件Fや,S-TSTの条件C,条件Dでは,ナゲット内部の一部に延性破面(写真下部付近)が混在することを確認している.また,強度が低下した条件ほど,延性破面の面積が減少しているように見える.S-TSTにおいて,母材破断した条件Fの試験片では,き裂発生の初期段階,つまり応力集中部付近が擬へき開破面であったのに対し,母材破断部は粒界破面となっていた.

Fig. 9

SEM images of micro fracture surfaces of spot welds after tensile shear tests in various hydrogen charging conditions.

以上,C-TSTの条件EとS-TSTの条件Bや,C-TSTの条件FとS-TSTの条件Cのように,同等な引張せん断強さを示す試験片の破面形態は,マクロ,ミクロともに同様となっており,引張せん断強さと破面形態は関連性が強いと言える.

3.4 S-TSTにおけるき裂発生・進展挙動

Fig. 10に,S-TSTから得られた条件Aおよび条件Cの引張せん断応力-変位線図を示す.条件Aは,最大引張せん断強さを示した後,局所変形(応力低下に相当する領域)を生じ,急速破断に至っている.一方,条件Cでは,低応力(400 MPa以上)付近から,条件Aよりも引張せん断応力-変位線図の傾きが小さくなるのがわかる.なお,条件Aも条件Cと同様で,最大引張せん断応力を示した後,局所変形を生じて破断に至っていた.

Fig. 10

Typical S-TST results of spot welds in air (condition A) and hydrogen charging in condition C.

条件Aよりも条件Cの試験片の方が,引張せん断強さが低くなった原因を明らかにするため,Fig. 10に示した条件Cの引張せん断応力-変位線図を基に,a点:引張せん断応力-変位線図の傾きが小さくなった応力,b点:最大引張せん断応力,c点:最大引張せん断応力を示した後~破断前,の3つの応力レベルで試験を停止し,き裂の発生・進展状況を確認した.Fig. 11は,それぞれの応力レベルで停止した試験片のスポット溶接部断面の観察結果である.まず,a点(Fig. 11(a))ではナゲット端部から発生し,せん断方向となる45°方向へ進展した長さ200 µmほどの初期き裂(主き裂)が確認できる.b点(Fig. 11(b))では,主き裂が板厚方向に成長しており,最大引張せん断応力を示した時点で既に試験片表面にまで達していることがわかる.また,局所変形中のc点(Fig. 11(c))では,主き裂とは別に,ナゲット界面からHAZ部を進展するき裂,主き裂から分岐したき裂や,ナゲット中央のブローホールから発生するき裂など,多数発生している.

Fig. 11

Hydrogen induced cracks in spot welds in S-TST specimens in condition C.

(a) Region in which the slope of tensile shear stress-displacement curve is smaller than that in condition A (see Fig. 10(a))

(b) Maximum stress (see Fig. 10(b))

(c) Before rapid fracture (see Fig. 10(c)).

以上の結果より,最大引張せん断応力は主き裂が試験片表面に達する過程で示していることから,主き裂の発生,進展に対して水素が関与し,それによって引張せん断強さが低下していることが明らかとなった.なお,Fig. 11(a)に示す主き裂がナゲット端から45°方向に発生,進展した理由については,Fig. 12に示す応力集中部の塑性降伏挙動を考えることで説明できる.Fig. 12(a)は,ナゲット端部で生じる応力集中によって初期き裂が発生するときの模式図である.通常,ナゲット端部に応力集中が生じると,Fig. 12(b)に示すように45°方向にすべり変形が生じ,塑性域が形成される.水素環境下では,ナゲット端部の極近傍に水素集積域が形成されることが知られている.転位は,すべり線と結晶粒界が交差する点で多く集積するため,粒界が特に脆化し,粒界破壊が生じやすくなる.本実験のように,応力集中部に水素が供給され続ける環境下では,応力集中部や進展したき裂先端において水素による粒界脆化現象が連続的に生じるため,大気中よりも低応力レベルで破壊に至ることになる.また,局所変形中に発生する別のき裂は,主き裂が試験片表面に達した後も高応力で水素が供給され続けるために,応力誘起拡散した水素によって脆化した粒界を進展経路として成長したものである.

Fig. 12

Illustrations of stress concentration at the nugget edge and crack generation and growth due to hydrogen diffusion.

4. 考察

C-TSTとS-TSTとで,同等な引張せん断強さを示した試験片は,同様の破面形態になることがわかった.したがって,両引張せん断試験の基本的な破壊様式は同じと判断できる.しかしながら,S-TSTの方が低い拡散性水素量で引張せん断強さが大きく低下しているため,両者では水素脆化感受性が異なって評価されたことになる.本章では,C-TSTとS-TSTにおける水素脆化感受性の差異が生じた理由を考察し,どちらが拡散性水素量の影響を定量的かつ迅速に評価できる手法か考察する.

本結果から,拡散性水素量,引張せん断強さおよび破面の関係を整理すると,Fig. 13のようになる.一般的に,C-TSTは1 mm/minほどの引張速度(ひずみ速度)で行うため,試験時間が1 min程度と短い試験法である.この場合,転位の移動に拡散性水素が追従できないため,応力集中部に集積する水素量は少なくなる.一方,S-TSTのように引張速度(ひずみ速度)が遅い場合は,水素が応力誘起拡散する時間を十分に有し,また,転位の移動に拡散性水素が追従できる24.そのため,同一の拡散性水素量であっても,引張速度(ひずみ速度)が遅い方が応力集中部での水素集積が多くなるため,強度低下する19,24.本報で実施したスポット溶接部の引張せん断試験についても,同様の現象が起きていると考えられ,S-TSTではナゲット端部の応力集中部,き裂発生後はき裂先端部への拡散性水素の応力誘起拡散および転位への拡散性水素のトラップにより水素集積が起こったため,低い拡散性水素量で引張せん断強さが低下し,また,初期き裂,2次き裂が擬へき開破面または粒界破面になったと考えられる.C-TSTでは,発生したき裂先端に水素集積が起こらないうちに破断していると仮定すると,初期き裂は試験時に均一に導入された拡散性水素による格子脆化が主な要因となり破壊したと考えられる.つまり,ナゲット端部近傍の初期クラックに水素脆化の影響が及ぶのに必要な水素量は,約1 wt. ppmと推定される.しかしながら,発生したき裂が進展する際に,拡散性水素が追従できないため,延性破壊をしやすくなる.一方,S-TSTでは試験環境から供給される水素が十分に拡散できるため,平均濃度が0.003 ppm程度の拡散性水素量であっても応力集中部では水素が濃化して集積(1 wt. ppm程度まで集積されると予想)し,水素脆化すると考えられる.また,本供試材の材料物性の既知データを用いて,既報26において,Orianiの理論27に基づき鈍化き裂周りの水素集積についてシミュレーションしているが,き裂先端で応力誘起拡散に加え,転位などにトラップされた水素が1000倍程度集積する結果を得ている.既報の結果を用いてき裂先端における集積した水素量を見積もれば3 wt. ppmとなり,本実験からの予想値と大きな差がないため,本考察の妥当性を示していると考える.ただし,実験的に水素集積に関する妥当性を検証するためには局所部位における水素分析手法が必要であり,今後の検討課題と考える.したがって,引張速度による水素脆化感受性の違いは,応力集中部における応力誘起拡散および転位などのトラップサイトにトラップされた水素の集積の程度によって生じたものと判断できる.転位の移動に追従して,水素が応力集中部に濃化すれば,わずかな拡散性水素でも引張せん断強さは低下することになる.そのため,スポット溶接部のナゲット端部やき裂先端など,応力集中係数が高く,局所的に水素集積が起こりやすい部位では,特に注意が必要である.

Fig. 13

Relationship between diffusible hydrogen content, tensile shear strength and fracture surface.

また,変位速度の違いによる水素集積に関し,さらに考察を深めるため,Fig. 14に条件CでC-TSTおよびS-TSTを実施した試験片のナゲットと母材の昇温脱離スペクトルを示す.C-TSTおよびS-TSTともに,同一水素チャージ条件(条件C)で母材に吸蔵された昇温脱離スペクトルの形状,ピーク温度,およびピーク強度に差は認められなかったが,ナゲットについては両者で形状が異なった.C-TSTでは,母材と同じピーク温度(約60℃)を有するピークとそれよりも高温側(約80℃)にピーク温度を有するシャープなピークの2つが重なりあったような昇温脱離スペクトルが得られたのに対し,S-TSTでは,母材よりも高温側(80℃)に比較的ブロードなピークが見られた.低温側(約60℃)のピークは格子間や空孔などの弱いトラップサイトにトラップされた拡散性水素,高温側(約80℃)のピークは,応力と水素の相互作用により生成され,水素脆化と強く関連する空孔クラスターの水素と考えられる28.C-TSTでは,引張速度が速いため,空孔クラスターが多くできないため,大部分が格子間や空孔などの弱いトラップサイトにトラップされた拡散性水素であった.それに対し,S-TSTでは,変位速度が遅く,応力誘起拡散する時間を有する.また,転位の移動に拡散性水素が追従できるため,空孔クラスターがき裂先端部にて生成し,そこに多くの拡散性水素がトラップされたため,Fig. 14のような昇温脱離スペクトルになったと考えられる.このように,昇温脱離スペクトルによる拡散性水素のトラップサイトの同定,拡散性水素量と引張せん断強さおよび破面形態が包括的に説明できる.したがって,高張力鋼板のスポット溶接部の水素脆化についても一般的な鋼の水素脆化メカニズムと同様に説明でき,引張せん断試験の引張速度依存性を示すことが明らかになった.また,スポット溶接部を引張せん断試験によって評価した場合,引張速度を遅くしたS-TSTで評価した方が,水素脆化感受性が明確に判定できるため,スポット溶接部の迅速な水素脆化評価として適していると言える.

Fig. 14

Hydrogen thermal desorption spectra of spot welds and base materials after performing various tensile shear tests under the hydrogen charging in condition C.

5. 結論

本研究では,高張力鋼板にスポット溶接を実施した試験片を作製し,拡散性水素を導入した状態で引張速度を変えて引張せん断試験を実施し,水素脆化特性評価した結果,下記の結論を得た.

(1) スポット溶接部においても,拡散性水素量の増加に伴い,引張せん断強さの低下が見られ,クラック内部および破面に擬へき開破面および粒界破面が観察される.

(2) スポット溶接部を引張せん断試験によって評価した場合,引張せん断試験の引張速度が遅いほど,少ない拡散性水素量で引張せん断強さの低下が見られる.すなわち,水素脆化感受性が高く評価されるため,スポット溶接部の水素脆化を安全サイドで評価可能と言える.

(3) 初期き裂の発生・進展が引張せん断強さを決める.また,引張速度を変化させても同等レベルの引張せん断強さを示した試験片ではマクロ破面およびミクロ破面が同様の破面形態となる.

(4) 引張速度の違いによる水素脆化感受性の違いは,フラクトグラフィおよび水素のトラップサイト解析から水素・転位の移動・集積によるものと考えられ,高張力鋼板のスポット溶接部の水素脆化についても一般的な鋼の水素脆化と同じメカニズム,すなわち,き裂先端部への水素の応力誘起拡散と転位や空孔クラスターをトラップサイトとした拡散性水素の集積により説明される.

実験に協力頂いた電子科学株式会社前島邦光氏および株式会社豊田中央研究所中垣貴紀氏,加納大樹氏および清水富美男氏に感謝する.

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