武蔵野南沢の自然誌(I)に記した自由学園女子部18回生による『南澤花鳥暦』(1940年完成)とほぼ同時期から男子部2回生によって行われた武蔵野百花園と、その後の染料植物・薬用植物の栽培について、当時の『学園新聞』(自由学園出版局発行)の戦時下(1939~1941)の記事から紹介する。武蔵野の美しい植物を残そうという努力であったと言えるが、次第に空き地農業による食料増産に移っていく。自然誌の学びが伺える。なお、この武蔵野南沢の自然誌についいて、さらに南沢キャンパス移転後の自由学園の自然誌資料を紐解くことになり、連載として報告を重ねることになった。そのため、現在および今後の武蔵野地域の自然誌研究に資することを願って、戦後の自由学園の自然誌報告から紹介した。