生活大学研究
Online ISSN : 2189-6933
ISSN-L : 2189-6933
戦時下における自由学園の教育(1)各種学校・自由学園の存続問題を中心に
村上 民
著者情報
ジャーナル オープンアクセス

2021 年 6 巻 1 号 p. 76-90

詳細
抄録

本稿を含む二つの論考によって、戦時下における自由学園の教育を二つの観点から検討する。(1)学則変更や各種認定申請といった制度整備が各種学校たる自由学園にとって存続問題に関わる課題であったことを明らかにし、(2)戦時下の「生活即教育」の諸相を学徒勤労動員も含めて概観する。こうした制度と教育実践の両面から、戦時下における自由学園の全体像の把握を試みる。ここで取り扱う「戦時」とは、1937 年7 月7日の盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が全面化していく時期から1945 年8 月15 日の終戦前後までの時期とする。羽仁もと子、吉一夫妻の教育事業は、1921年創立の自由学園(高等女学校相当と高等科)から始 まり、1930年代にかけて、初等教育、男子中等教育へと広がっていた。1937年時点で、自由学園(女子教育)、同小学校(1927年設立)、同男子部(1935年設立)の計3つの学校が設立されていた。女子部および男子部は高等女学校令・中学校令に拠らない各種学校の7年制中等教育で、専検指定(上級学校への接続、兵役上の特権等)を受けていなかった。自由学園は当時の学校教育制度の周縁部に位置し、教育行政の規制を受けにくく自由度が高かった一方、制度的には脆弱な立場にあった。戦時体制下の教育政策は統制を強め、自由学園は学校存続の危機に複数回直面した。青年学校男子義務化(1939年)に伴う男子部存続問題や、中等教育令(1943年)による各種学校整理(廃止)方針に伴う自由学園存続問題、校名変更要求がそれであり、その都度自由学園は学則変更等を試みつつ、教育の独立性や校名「自由」についてはあくまで堅持する姿勢を貫いた。

著者関連情報
© 2021 自由学園最高学部
前の記事 次の記事
feedback
Top