2012 年 23 巻 11 号 p. 781-786
症例はバングラデシュから帰国した37歳の日本人女性。発熱,下腹部痛を自覚し当院を受診した。骨盤内感染症を疑われ,婦人科で試験開腹術が施行されたが感染症は否定的であった。稽留熱,海外渡航歴,脾腫,好酸球消失などから腸チフスが疑われた。第3病日に血液培養からSalmonella typhiが検出されたため,抗菌薬をdoripenem(DRPM)からceftriaxone(CTRX)に変更した。開腹術後,酸素化は徐々に悪化し,第3病日にARDS(acute respiratory distress syndrome)を合併した。そのためNPPV(non-invasive positive pressure ventilation)を施行したところ,呼吸状態は改善した。腸チフスは,現在本邦では輸入例を中心に年間60例程度しか発生していない比較的稀な感染症で,敗血症を呈する割には肺傷害を来しにくいとされる。ARDS合併は非常に稀であるが,致命的になりうる。本例では,手術侵襲がARDS合併の一因と考えられた。NPPVによる呼吸管理を含めた集学的な管理により救命が可能であった。