2005 年 32 巻 2 号 p. 74-81
バッファー層というのは便利なものである.基板と化学的に異質な材料を薄膜成長するときに表面の濡れ性を制御する「のり」の役目を果たすし,基板と格子不整合を有する薄膜を成長する前に導入することで不整合を緩和する役目も果たす.本稿では後者について,酸化物のヘテロエピタキシーを舞台に,厳密にバッファー層の格子工学を検討した結果を紹介する.まず,格子不整合による薄膜中の歪みと界面に導入されるミスフィット転位について平衡論と速度論の観点から説明する.応用の観点からも重要な材料として,強誘電体であるBaTiO_3と紫外発光材料であるZnOのヘテロエピタキシャル薄膜をとりあげ,格子歪みとその緩和メカニズムを詳しく調べた.それらの知見をもとに,わずかな格子不整合を完全に歪みとして薄膜に取り込んで面内の格子が基板と完全にそろった「コヒーレント界面」と,格子不整合を界面のミスフィット転位で全て吐き出した「完全緩和界面」を作り分けることに成功した.双方の間に存在する活性化エネルギーの山を越える新しい手法も紹介する.この完全緩和薄膜をバッファー層として利用すれば,薄膜の歪み制御による格子工学に新しい可能性が広がる.