1980年代の後半以降、歴史は人類学における中心的な研究テーマのひとつになった。その背景にはポストコロニアリズムの人類学への広範な浸透が大きく作用していた。今後、人類学における歴史研究がどのような方向に進んでいくのか、あるいは、進んでゆくべきなのか、筆者にはよくわからない。しかし、臨地調査にもとづく民俗誌研究が今後とも人類学のなかで重要性を保つとすれば、人類学の歴史研究は、歴史学とは異なり、現在の理解と迂遠な関係しかもたない過去に関心をむけることはないだろう。本稿は、こうした現在を理解するためにおこなわれる歴史研究の試みであり、具体的には中部フローレスにおいて20世紀初頭までおこなわれていた奴隷交易と戦争が現在に因果的に関わる様態をとりあげる。そして、混乱と例外の集積のようにみえる中部フローレス最大の政治領域であるリセを例にとりあげ、その内的構成を理解するうえで、上記の奴隷交易と戦争を考慮することがいかに重要であるかを明らかにする。