文化人類学
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特集 現代世界における人類学的共生の探究
共生の実際
中国西部における民族間の擬制親族関係
シンジルト
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2016 年 81 巻 3 号 p. 466-484

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抄録

中国西部の内モンゴル自治区アラシャ地域では、モンゴル族と漢族は大きな葛藤もなく共に暮らし、一種の民族共生を実現している。それが可能になった理由としてまず考えられるのが、乾親という擬制親族関係である。アラシャの乾親関係は民族内部だけではなく、異なる民族間で結ばれることが期待される。多くの研究者は、民族間の乾親は民族境界を消失させ、民族共存を可能にする制度だと理解する。だが、その内部を吟味すると、民族間の乾親関係の締結はむしろ民族境界の存在を前提とし、締結によって民族境界が強化されることに気づく。

乾親は、血縁関係のない他親族集団に子どもを帰属させれば、自親族集団に降りかかった不幸から子どもが守られるという論理に基づく実践である。乾親実践において、血縁は自他集団を境界づけており、血縁を基盤におく境界を越えること、積極的な自己の他者化が重要視されている。自己の他者化は民族間の乾親でもみられた。漢人にとって、モンゴル人は自分と血縁関係がなく、文化的にも接点がない。その他者性故に、モンゴル人は漢人から乾親になることが期待される。しかし、他者性を欲する乾親実践には、民族境界の消失を前提とする民族の共生は期待できない。

民族の共生を考える上で重要なのは、モンゴル人にとって乾親は必ずしも魅力的ではないものの、それでも乾親関係の締結を望む漢人の要請を断れず受け入れる点である。彼らの認識では、万物に絶対的な幸運であるケシゲは遍在しながら増減もする。ケシゲを増やすべく、他者に対する否定的な言動は「エブグイ(不和)」と理解されやすい。エブグイを回避すべく、他者の要請をなるべく拒絶しないように配慮する。配慮の結果、漢人側の要請を受け入れる。この配慮は彼らの論理の産物だが、その論理に必ずしも共感しない漢人からは、「寛容」だと評価される。この寛容さこそ、乾親関係を超えたところに、共生という効果を生み出す。これが一地域社会における共生の実際である。

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2016 日本文化人類学会
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