2018 年 83 巻 3 号 p. 337-357
本稿の目的は、ナミビアの牧畜民ヒンバとヘレロの放牧地争いに焦点をあて、いわゆる伝統的権威の土地争いへの関与の仕方を、高等裁判の判決と実際の追い出しの事例を用いて明らかにすることである。1990年代以降のアフリカ諸国では、土地利用者の権利安定を目的とした土地改革がおこなわれ、それまで曖昧であった慣習地の権利を明確化する動きがある。先行研究では、植民地支配期に創設された伝統的権威が土地に関する権限を国家法によって認められるがゆえに影響力を保持していることが指摘されてきた。特に南部アフリカにおいては、アパルトヘイト期の間接統治政策の経験と、その後の「ホームランド」の統合という問題が、民主主義との関係から論じられてきた。それに対して本論文で提示する事例から明らかになるのは、伝統的権威の土地への「権限」が国家法での承認だけではなく、土地改革と同時期に導入された「コミュニティ・ベースの自然資源管理(CBNRM)」という新たな概念と結びつき、野生動物の保全をおこなう土地区分の中にも間接的に保持されている実態である。国家法によって認可された彼らの権限は、マイノリティの人権保護といった新たな権利によって当事者を擁護する状況においては弱まる傾向にあり、国家に内包されているがゆえに規制を受けやすいものである。一方、保全地区に関わる「権限」は、伝統的権威自身がコミュニティの一員であるため、規制を回避することが可能となっている。本稿では、こうした直接的、間接的に土地に関する「権限」を有する伝統的権威が放牧地争いにいかに関与しているのかを検討することを通して、近代国家であるナミビアが伝統的権威をいかに扱うか模索している現状を考察する。