文化人類学
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原著論文
被傷性=脆弱性の生-政治
東日本大震災後の人類学的災害研究
竹沢 尚一郎
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2022 年 86 巻 4 号 p. 543-562

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抄録

私は東日本大震災の発生の翌月に、被災地の1つである岩手県大槌町にボランティアとして行き、その後10年にわたって岩手県や福島県の被災者を支援しながら研究をつづけてきた。震災の2年後の2013年に、震災後の1年半に被災地で何が起きたかを描いたモノグラフを発表したが、本稿はそこでもちいたデータを基礎とし、その後に得た知識と人類学的災害研究で活用される諸概念を加えることで、人類学的災害研究の新たな総合を試みる。

災害とそれへの対応は長く自然科学の管轄とされてきたが、1980年代に災害を自然環境と社会の相互作用の結果と見なす視点が確立された。そのときキイになったのが「脆弱性(vulnerability)」の概念であった。それぞれの社会が抱える脆弱性を測定し明確化することで、それを管理・改善し、あわせて住民の行動を訓育することで、災害のリスクを縮減しようという発想および政策である。そのことは、近現代の統治形態としての「生−政治」が災害を取り込んだことを意味している。

この脆弱性の概念は管理者的な発想にもとづくが、それを自分たちの生きられた経験に即して「被傷性」としてとらえ、たがいの被傷性を意識することで共同性を立ち上げて危機を乗り切った集落がいくつか存在する。本稿はそれを、東日本大震災後に顕著になった新自由主義的な復興政策への対抗実践としてとらえ、その可能性について理解を試みるものである。

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2022 日本文化人類学会
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