本稿では、ホーチミン市5区の宗教施設「亭」の一隅で晩年を暮らした高齢者Aの生活を描き、高齢者の「居場所」と「ケア」のあり方を捉え直すことを試みる。
高齢者Aが拠点とした亭は、人間関係や祖先の記憶が堆積した「腐葉土」のような空間であり、人々に加え、物や建築空間、音や匂いといった感覚的要素が交錯しながら「ニッチ」としての居場所を形づくっていた。Aは失明した後、亭の回廊で臥床生活を送ったが、そのケアは妻や次男夫婦、隣人、地域住民に加え、場に残されたモノや環境要素も含む多層的な「網細工(メッシュワーク)」によって支えられていた。そこでは、制度に則った明確な責任分担ではなく、場当り的でありながら補完的に関与する、固定化されない「パッチングケア」が展開されていた。またAの語りにみられる記憶の虚実やアイデンティティ表明は、関係を結び直すための創造的実践であると同時に、曖昧さや弱さを包み込む亭という場によって受け止められていた。
Aの晩年の暮らしは、国の制度や一般的な家族のケアの枠組みに全面的に依存するのでも、そこから完全に切り離されるのでもなく、その周縁に関わりながら成り立っていた。Aをとりまく関係のつながりや場のありようは、制度に依存せずとも高齢者が「棲む」ことができるニッチとしての空間を形成しており、そこで暮らすAの姿は、既存のケアの枠組みにとらわれない共同体と価値観の存在を具体的に示していた。