本研究では,ヒューリスティックス&バイアスアプローチ(e.g.,Kahneman&Tversky,1973)に対してGigerenzer(e.g.,1991)が行った批判をもとに,課題解決におけるコンピテンス要因として確率量化操作を想定する立場(e.g.,伊藤,2008)から,個数表記版(伊藤,2008),頻度表記版,割合表記版の3表記からなる「ベイズ型くじびき課題」に対する中学生と大学生の推論様式を発達的に分析した。その結果,個数表記版,頻度表記版,割合表記版のいずれにおいても,正判断率は低く,基準率無視解の出現率も低く,大学生であっても課題構造P(H|D)を正しく把握していないと考えられる連言確率解が頑強に出現すること,また,中学生と大学生の判断タイプの水準には発達的な違いがみられること,が明らかになった。これらの結果から,ベイズ型推論課題の難しさの本質は,Gigerenzer(e.g.,1991)のいうような課題の表記法などのパフォーマンス要因の問題にあるというよりも,P(H|D)という課題構造の把握そのものの難しさというコンピテンス要因の問題にあることが示唆された。