教育心理学研究
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諸民族に対する好悪の態度の研究
葛谷 隆正
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1969 年 3 巻 1 号 p. 39-57,5

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抄録

以上18民族に対する学生層及び成人層の態度に関する所見を要約すると次の通りである。
(i) 好意度の順位と各順位の度数分布状況から18民族を分類すると次の6型式が得られる。
第1型式と第6型式とは著るしい好悪に対するstereotyped attitudeがあるものと考えられ, 第3型式及び第4型式は各個人に於て好悪の評価に著るしい個人差があつて, 未だ好悪の態度におけるstereotyped tendency は見られない。第2, 第5の型式は前二者の中間型と見られ, 全体的に言えば十分なstereotyped attitudeは形成されるに至つていないが, ある程度の固定化傾向を示していると思われる。
(ii) 各型式の主要特長を述べてみると,
(イ) 第1, 第6の型式の特長-第1型式では接触源が多面的且つ豊富であり, 従つて理由根拠もその数が多く, 各理由条項において凡て好ましいものと評価される。自国民を除いて成人層も学生層も共にドイツ人, フランス人, イギリス人に対してこの第 1型式の範疇に於て評価しているが, 之は明治初期以来約百年間に亘り凡ゆるマス・コミュニケーションによつて浸みこまされた我が国民の彼等諸民族に対する凡ゆる面に於ける卓越性のために根強く喰いこんだ彼等への先進民族観, 優秀民族観, 逆に言えば彼等諸民族への自己民族の根深い民族的劣等感 racial inferioity complexに由るのであると考えられる。アメリカ人に対しては成人層は依然前述の事情により更には太平洋戦争 (第二次世界大戦) 及び炉の後のアメリカ人との急激な直接的接触を通して益々彼等を優等視することが強化されるに至つたことにより圧倒的に好意度が高くなつていると思われる。併し学生層では成人層とはその米人観に於て著るしく異つた排米教育を受け, 戦後の日本の歩みが彼等によつて束縛され支配され利用されていると感じ, 特に政治的に経済的に操つられていると感ずるところから, 成人層のもつているような好意的な stereotyped atdtudeは崩壌しつつあると考えられる。特に国際的にも米国がその平和政策に於てどちらかと言えば失敗しつつあるとの印象が強く, その為愈々米人への不信を強めていると思われる。
第6型式の特質は特に朝鮮人に於て最も典型的に現われていて, その接触源は直接経験が新聞と共に圧倒的で, 好悪の理由も凡ゆる条項に於て好ましくないものが多く, 而もその評点差も著るしく高い。朝鮮民族は同一民族系統であり, 而も時間的にも空間的にも最も緊密な関係にあり乍ら, 氷炭相容れない犬猿の仲ともいうべき緊張関係にある。空間的に近接している場合の親密関係は相互に採長補短して全を成す関係に於て成立つが, 絶えず利害得失が衝突し, 相互にその接触に於て不当な圧力を感じ合つている時は強い嫌悪感と緊張感を生ぜしめる。特に従来劣者の立場にあつて一応の均衡が保たれていたものが俄かにその立場を代えて優者となつた時, そこに大きな社会的緊張の起るのは当然であろう。こうした関係が不幸にして朝鮮人に対する好悪の態度の形成の重大な因子となつていると考えられる。
黒人ユダヤ人については, 朝鮮人に対するのとはかなり趣を異にしている。黒人とはかなり直接観察による接接源はあるが, ともに全体的には接触源も乏しく, 従つて理由数も少い。黒人では特に「容貌」「学問・芸術」「思想・文化」に於て好ましくないが故に又, ユダヤ人では主として「民族性」に於て好ましくないが故に好意が持てない, 否何となく嫌いだという嫌悪感情が支配的である。ソ連人に対しては成人層では依然かなり強い非好意的態度をもつているが, 学生層では成人のこうした態度は相当に崩壌して来ていると思われる。この事実は米人に対する態度と正に対照的であつて, ソ連人に対する教育は米人程排斥的でなかつたことと, 戦後におけるソ連人の国際的活躍, 中共の目覚ましい勃興などが陰に陽に彼等に対する好悪の態度形成に大きく影響していると想像される。
(ロ) 第3型式の特長
好悪順位の度数分布に於て波状水平型を示すところからも察せられるように, この型を示すものは被験者において当該民族に対する好悪の態度に著るしい個人差のあることを物語つている。支那人及び学生層について見られるソ連人の場合何れも接触源も理由数もかなり多いが, その好悪の評定に著るしい相違があり, 好意的なものと非好意的なものとに二分されるような凹型の図式をとる傾向さえ見られる。併し両者とも何れかと言えば非好意的態度が依然濃厚ではあるにしても今後の態度の変化が期待されよう。
(ハ) 第4型式の特長
この型式に入るものはブラジル人が代表的である。成人層でのインド人ビルマ人もこの範疇に入る。接触源は大体新聞が主要なものであり, 次いでラヂオがかなりな役割を演じている。従つて理由数も少く, 何れも政治的, 民族性の上から好意を寄せ文化学問の点では非好意的で, いわば好悪の中間的民族と評価されるわけである。
(ニ) 第2, 第5の型式の特長
第2型式は当該民族に対しより好意的傾向を, 第 5型式はより非好意的傾向を示すものである。前者ではスイス人イタリー人後者ではインドネシア人フィリッピン人濠洲人が代表的である。学生層における「映画」を除いては一般に接触源は新聞以外は極めて少く, 又理由数も少い。スイス人, イタリー人に対しては凡ての理由条項に亘つて好ましいとされ特に前者では政治面と民族性に於て, 後者では芸術学問, 民族性に於て好意が持たれている6非好意的傾向の強い濠洲人に対しては殆んど凡ゆる理由条項について好意が持たれず, インドネシア人では文化, 学問に於て, フィリッピン人では政治面及び学問の上で特に好意が持たれていない。インド人については, ネール首相の中立的平和世界政策, 東西両陣営の平和斡旋者としての活躍が特に学生層に好感が持たれているようであり, 又ビルマ人については日本との賠償問題に関する寛大なビルマ人の態度が成人層においてより好感を抱かれているようである。併しこの両型とも好悪の態度に於て矢張り相当の個人差があり, 未だstereotyped attitudeの確立にまでは達していないと思われる。
(iii) 更に世界地図を開き今一度民族に対する好意度順位を回想してみると, 第1, 第2の型式に入るのは自国民と学生層におけるインド人を除いて独, 佛, 英, 米伊, スイスの欧米諸民族であり, 第5, 第6の型式には濠洲人, ソ連人, ユダヤ人を除いては殆んどのアジア民族であり, 黒人である。支那人と雖もその順位に於て学生層で9位, 成人層では更に低く11位という情況である。この事は一面に於て白色人種の優位, 有色人種の劣位という歴史的な人種的偏見が今日尚わが国民の血脈中に生きて流れていることを示し, 又他面においてアジア諸民族に対するわが国民の優越性の信念の表現ではなかろうか。そして日本の周辺にある近接諸民族-米, ソ, 朝鮮, 支那, フィリッピン, インドネシア, ビルマ, 濠洲などの諸民族-に対しては米人を除きすべて非好意的態度乃至傾向を持ち, 遙か彼方の西欧諸民族に対して好意的態度乃至傾向を持つているわが国民は何としても国際的に不幸であると考えざるを得ない。併し既に見て来たようにインド人, ソ連人, 支那人アメリカ人等に対する好悪の態度には昨今かなり変動を来しつつある事実に鑑み, 日本の国際的地位や国際情勢の変化に伴い, 各民族に対する好悪の態度も逐次変動していくだろうと予想される。国際的緊張関係が一日も早く緩和されるためには相互の深い理解と心からの尊敬が絶対に必要である。そのためには相互の民族が直接, 間接の接触源を多面的且つ豊富にしてよく相互の立場を理解し, 唇歯輔車, 相互依存の関係に於て互いに全を成すという国際的在り方が実現されることが強く希求されるのである。
(iv) 学生層と成人層に於ける好意度順位は高い一致を示し, その列位相関は0.941である。但し米人とソ連人に対しては前者の反米的やや親ソ的なのに対し, 後者は著るしく親米的, 反ソ的である。各層の男女差も極めて小さい。
(v) 自国民に対しては当然乍ら極めて好感的であるが, 之は所謂自己愛的なものというべき点が多く, 理由条項を見てもかなり自己反省的なもの, 更には自己嫌悪的なものもあり, 特に学生層に於てこの点が強く示されている。われわれは国際的に真に信頼され, 敬愛される民族とならねばならない。

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© 日本教育心理学会
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